◆ 第五章 事件、再び(1)
光麗国では日に日に日差しが温かなものへと変わっていたが、日によっては冷え込みが厳しいこともある。そんな日は、暖かい鍋を作って暖をとるのが玲燕の日常だった。
「天佑様、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
お椀によそった具入りのスープを差し出すと、目の前に座る秀麗な男──天佑はにこりと微笑んだ。
「こう冷える日は、温かい物が身に染みる」
「それはようございました。でも、明明が作るものの方が手が込んでいるでしょう?」
「それはそうなのだが、これも素朴な味がしてうまいよ」
古びた民家にはおおよそ似つかわしくない男は、美しい所作で椀の中身をぺろりと食べるとおかわりまで要求してきた。
「天佑様、最近はお暇なのですか?」
「いや、そうでもないよ」
「では、こんなところに来ていていいのですか?」
玲燕は呆れて、天佑を見る。
玲燕が大明を去り早三ヶ月が経つが、天佑は数週間と置かずに東明にいる玲燕を訪ねてくるのだ。大明と東明は馬車で二日かかる距離だ。往復するだけで四日かかり、かなりの負担になるはずだ。
「私が来ると迷惑かな?」
「いえ、そんなことはございません。ただ、こんなに頻繁に往復していては体に負担がかかるでしょう?」
「そうか、心配してくれているのか」
「まあ、そうですね」
「案ずることはない。こちらに仕事で用があるのだ」
「それならよいのですが」
なんでこんなに嬉しそうなのだろうと不思議に思いながらも玲燕は頷く。
当の天佑はと言えば、玲燕と世間話をして数時間を過ごすと、馬車に乗ってどこかへ去って行くという具合だ。
いつもそんな様子だったので、その日訪ねて来た天佑の表情を見た瞬間、玲燕は何か只事ではないことが発生したと悟った。
「天佑様、どうされましたか?」
「玲燕、知恵を貸してほしい」
天佑は開口一番にそう言った。その美しい顔にいつもの穏やかさはない。
何が起きたのかと、玲燕はキュッと表情を引き締めた。
「何がありましたか?」
「……英明様の食事に毒が盛られた」
「え!? 容態は? 陛下はご無事なのですか?」
玲燕は驚いて、聞き返す。
「ああ、無事だ。飲む前に異変に気付いて捨てたからね
「飲む前に? 刺激臭のある毒だったのですか?」
「銀杯が変色した」
「銀杯が変色……。ということは、砒霜でございますね?」
「そのとおり。さすがだな」
砒霜とは毒物の一種で、無味無臭のため毒殺によく用いられる。ただ、その成分に硫黄を含んでいるため銀食器に反応する性質があり、銀食器に注ぐと食器が変色する。皇族が銀食器を好むのはこのためだ。
「その犯人を捕らえるのを手伝ってほしい。もちろん、報酬は十分に払うし動物の世話もする」