◆ 第四章 真相(12)
◇ ◇ ◇
元々殆どなかった荷物はあっという間に詰め終わった。
忘れ物はないかと、玲燕はがらんとした部屋の中を順番に確認してゆく。
「本当に戻るのか?」
「ええ。動物達が心配ですし」
「きっちり世話を頼んであるから、心配することないのに」
「でも、ずっと任せっきりというわけにはいきません」
「玲燕には大明にいてほしいのだが」
「また何かあればご相談にお越し下さい。あの地をすぐに動く気もありません」
家に戻るという玲燕の意思が固いことを見て取ると、天佑は残念そうに眉尻を下げた。
「そういう意味ではないのだがな」
「はい?」
「……いや、なんでもない。英明様と鈴々も寂しくなると悲しんでいた」
天佑は懐から鮮やかな織物でできた小袋を取り出すと、それを玲燕に手渡す。
玲燕はそれを受け取ると、その場で開けた。中からは金貨がバラバラと落ちる。今回の件の報酬だ。
「こんなにたくさん頂いてよろしいのですか? 棒禄もいただいていたのに」
「もちろんだ。英明様もとても助かったと言っていた。見事な推理だった」
「お役に立てて光栄です。最後、鬼火の犯行は別の家門がそれぞれ別に行っていると気づけてよかったです」
玲燕は微笑む。
鬼火の事件は、先に劉家が行ったものだった。さらに、その騒ぎを利用しようと画策した高家が模倣犯として暗躍し始めたので、事件を複雑にしていたのだ。
(少しは、天嶮学の汚名を晴らせたかしら?)
潤王が臣下達の前で玲燕を労ったときの周囲の反応は、皆一様に驚きに包まれていた。十年以上も前に禁じられたはずの天嶮学の名が現皇帝の口から出て、さらにはその素晴らしさを認めたのだから。
玲燕は手元の金貨を見つめる。実際の重さ以上に、それは重く感じられた。
唯一の心残りは、力試しの大会で優勝できなかったことだ。ひと悶着あったものの、最終的な潤王の判断は『道具の使用は認められない』というものだった。
「これは、私塾を作る時の資金にいたします」
玲燕は天佑に深々と頭を下げると、それを自分の懐へとしまう。
「東明には学ぶ場所が少ないか?」
「そうですね。官学はある程度の階級の家の者しか通えませんから、一般の子供が通う場所はほとんどありません」
「そうか……。自宅まで送ろう」
「片道二日かかります。送りの車を用意していただけただけで十分です」
「なに、遠慮するな」
天佑はふっと微笑むと、立ち上がる。そして、玲燕に片手を差し出した。
「なんでしょう?」
玲燕は小首を傾げる。
「男から手を差し伸べられたら、そこに手を重ねろという意味だ」
そういうものなのだろうか。貴族の作法に疎い玲燕には、よくわからない。
おずおずと手を重ねると、力強く引き寄せられた。
行きはとても遠く感じた大明と東明の距離は、帰りはあっという間だった。見慣れた古びた家屋の前で、犬が体を丸くして昼寝をしている。
「約束通り、動物の世話をしていただけたようです。ありがとうございます」
「約束は守ると言っただろう?」
天佑が笑う。
屈託なく笑うと少年のような表情になるのだな、と思った。
「私が帰った後、鍵をしっかりと閉めるのだぞ」
「わかっております。子供ではないのですから」
「子供ではないから、心配しているのだ」
困ったように眉尻を下げる天佑を見つめ、玲燕は首を傾げる。
(ひとりで食べる食事って、こんなに味気なかったかしら……)
その日久しぶりに自炊をした玲燕は、夕食を一緒に食べていけと天佑を誘わなかったことを密かに後悔したのだった。




