◆ 第四章 真相(10)
声の主は、玲燕がいなければ優勝だったはずの大男、黄家に仕える浩宇だった。
「力自慢の勝負にこのような小道具を使うとは、武の道に反する。俺は認めん」
怒りで顔を赤くした浩宇は興奮気味に叫ぶ。
「その通りです。甘殿もこんないんちきを使うとは、落ちぶれられたものだ」
続いてそう抗議したのは、黄家と同率一位だった高家の当主──高宗平だった。
「あなた達が認めるかどうかは、関係がありません」
玲燕がふたりに対してきっぱりと言い切る。
「なんだとっ」
「お前、誰に向かって口を利いている!」
それぞれが怒り、辺りに緊迫した空気が流れた。周囲で見物していた者達も、これはどうしたものかと騒めく。
「陛下。このような正義の道を踏み外すような真似は断じて許すべきではございません。甘殿もどういうおつもりだ!」
高宗平は潤王の元に歩み寄ると、顔を赤くして玲燕の行った行為は不正だと訴える。そして、横にいる天佑を睨み付けた。
潤王は高宗平と浩宇を見下ろし、ふむと頷いた。
「確かに、その者が用いた方法は正攻法とは言い難いな。しかし、あいにく〝道具を認めない〟とは書いていなかった」
「しかしっ」
潤王は片手を上げ、更に言い募ろうとした高宗平を制する。
「ところで高よ。今しがた、『正義の道を踏み外すような真似は断じて許すべきではない』と申したな。では、そなたは『正義の道』を踏み外したことがないと?」
「は?」
高宗平は潤王の返しが予想外だったようで、怪訝な顔をした。
「もちろんでございます」
高宗平は頷く。
「なるほど。……最近、皇城や外郭城では不思議な火の玉が現れ、天帝の怒りであると人々が恐れている。おぬしはそれを解決すべく、大規模な祈祷を行うべきだと主張していた。ところで、私や妃達が暮らす宮城ではその鬼火は目撃されない。なぜだと思う?」
「それは、偶然でございましょう」
高宗平は、なぜ今そんなことを、と言いたげに眉を寄せる。
「偶然ね。本当に? 天帝が怒っているのであれば、私がいる宮城にこそ鬼火が現れそうなものだが?」
「…………」
何も答えない高宗平から目を逸らすと、潤王は玲燕へと視線を移した。
「菊妃よ。そなたはなぜだと思う?」
潤王の呼びかけに周囲からどよめきが起きる。「あれが菊妃なのか?」「女官かと思った」という声がそこかしこから聞こえてきた。
「はい。それは、鬼火を起こす人間が宮城に立ち入ることができないからでございます」
辺りがさざめく。
「あれは人の仕業なのか」
「天帝の怒りではないのか」
どよめく周囲の人々を、潤王は片手を上げて制する。
「では玲燕。説明してくれるか?」