◆ 第四章 真相(7)
「潤王を失脚させて、次の皇位継承者は劉家の娘が産んだ子供にするため?」
「そのとおりだ。陛下にはまだお世継ぎがいらっしゃらない。あやかし騒ぎを起こすのに十分な理由だろう?」
玲燕は天佑が調べた書類を捲る。
劉家は鋳鉄の鉱炉に投資を行い多額の富を得ており、懇意にしている錬金術師も多いようだ。玲燕が明らかにした鬼火の原理を知っている者がいたとしても不思議ではない。
「それで、調査した結果はどうだったのですか?」
「部下に極秘に劉家を調査させた結果、劉家を出入りする錬金術師の姿と、その錬金術師が夜更けに怪しげな行動をしている現場を取り押さえた。取り押さえの表向きの罪状は、放火だ」
「では、犯人はもう捕まっているではないですか?」
玲燕は呆れた。犯人が捕まっているなら、自分がこんな格好をしてここにいる必要などないのに。なんですぐに教えてくれなかったのか。
「そう、捕まった。だが、おかしいのだ。日が合わない」
「日が合わない?」
先ほども天佑は『日が合わない』と言っていた。
(一体何を仰っているのかしら?)
玲燕が訝しげに眉を寄せると、天佑は続きを話し始める。
「劉家が贔屓にしていた錬金術師は随分と几帳面な性格をしていてね。何月何日に、どこで鬼火を飛ばしたかを事細かに竹簡に記載していた。その一つ一つを今までの記録と照らし合わせたのだが、どうも日にちが足りない。これだ」
天佑は背後の書棚から、書類を取りだして玲燕に差し出す。
先ほどからしきりに『日が合わない』と言っているのは、鬼火が目撃された日の記録と劉家が贔屓にしている錬金術師から押収した記録が合わないということのようだ。
「劉家が錬金術師を複数人使っていたのでは?」
「私もそれを疑ったのだが、それはない。出入りしていたのはこのひとりだけだ。それに決定的なことがひとつ、現在劉家ゆかりの者には宦官や医官がいない。後宮には入れないはずだ」
「では、その錬金術師からやり方を教えてもらった別人が行ったのでしょう」
「それならそれでよいのだが、何か見落としてはいないかと思ってな」
天佑は腕を組む。
「見落とし……」
天佑の心配も理解できた。
ここで『あやかし騒ぎは劉家の策略だった』として劉家を断罪した後に、また同様の事象が起きれば今度こそ本当にあやかしの仕業にちがいないと大騒ぎになるだろう。
『我らは錬金術を用いて物事の真理を見極め、あらゆる世の不可解を解明し、また、世の不便を解決するのだ』
父の言葉を思い出す。
(物事の真理を見極め──)
天佑の言っているとおり、何か見落としていることはないだろうか。もし自分が劉家の当主の立場だったら──このようなことをしていたことが明るみになれば一大事なので、むやみに関係者を増やしたりはしないはずだ。
玲燕はもう一度、目の前にある資料を見る。
「ん?」
そのとき、玲燕はあることに気が付いた。
「どうした?」
「よく見てください。劉家の錬金術師が関わったことが疑われるあやかし騒ぎの日は素早く横切ったという証言が多いです」
「確かにそうだな。気付かなかった」
玲燕は顎に手を当てる。
「これはもしかして……」
「何か気付いたのか?」
「はい、天佑様。至急で調べていただきたいことがございます。もしかすると、力試し大会は絶好の機会になるかもしれません」
「絶好の機会?」
「はい。鬼火の謎を、多くの人々の前で明らかにして見せましょう」
玲燕はそう言うと、自信ありげに笑みを深めた。