◆ 第四章 真相(1)
廊下を歩きながら、玲燕は身に覚えのない呼び出しに困惑していた。一度も交流したことがない蘭妃が、玲燕に会いたいと言っているというのだ。
「一体何の用かしら?」
「さあ? 私にはわかりません」
言付けを預かった鈴々に聞いても、首を傾げるだけだ。
蘭妃がいる香蘭殿に向かう最中、長い回廊を歩きながら理由を考える。
しかし、一切思い当たることがない。
香蘭殿の手前には、美しく手入れのされた庭園が見えた。
木々の向こうにある大きな池には、鯉が悠然と泳いでいる。そして、池の中央にある小島には四阿があり、その小島に渡るための橋があった。
(あまりこちらには来たことがなかったけど……。後宮は、皇帝と皇妃様の私的な空間だけあってどこも美しいわね)
蘭妃が住んでいる香蘭殿はこの後宮の中でも大きな殿舎だ。蘭妃の父親は国内有数の大貴族──連家の当主であり、この後宮内の妃としては最も実家の身分が高い。そのため、殿舎もよい場所をあてがわれているのだ。
たった数人のためだけに整備されたその美しい庭園を通り過ぎ、玲燕は蘭妃がいる香蘭殿へと向かった。
「恐れ入ります。蘭妃様のお呼び出しにより、菊妃様が参ったとお伝え下さい」
香蘭殿の前で、鈴々が女官に声を掛ける。襦裙姿の宮女の襟元には蘭の花が刺繍されていた。
「まあまあ、菊妃様でいらっしゃいますか? お待ちしておりました」
本日玲燕がここに来ることは既に女官達に周知されていたようで、すぐに建物の奥へと案内された。
後宮の中にあるいくつもの殿舎はそれぞれに門と塀があり、ひとつの屋敷のような造りをしている。香蘭宮も門を抜けるとすぐに母屋があった。女官はその母屋に入ることなく、ぐるりと庭を回って母屋の裏側、即ち門とは反対側に向かった。玲燕は黙ってその後ろをついてゆく。
「蘭妃様。菊妃様がいらっしゃいましたよ」
女官がひとりの女性に声をかける。縁側に腰掛けて庭の景色を眺めていたその女性──香蘭殿の主である蘭妃はゆったりとした動作で顔をこちらに向けた。
まだ十代のなめらかな頬はほのかに赤みを帯び、やや上がり目の目元からは気が強そうな印象を受ける。
蘭妃は鮮やかな赤の長襦を身に纏っていた。黒く艶やかな髪は緩やかに結い上げられ、後ろに垂れていた。頭上には金細工の髪飾りが輝いている。
「はじめまして、蘭妃様。私は菊妃でございます。お呼びでしょうか?」
「ええ、呼んだわ。ねえ、この中に本物の金と鍍金が混じってしまって困っているの。どれが本物の金か調べられる?」
「は?」
蘭妃は挨拶もそこそこに、黒い漆で塗られた盆を差し出す。
「……本物の金と鍍金?」
玲燕は面食らった。
鍍金とは、金ではない金属に金の薄膜を被膜することにより、本物の金のように見せる技術だ。一見すると本物の金と鍍金は見分けが付かないが、中身は金ではないので価値は全く違う。




