◆ 第三章 皇城(16)
「そういえば、桃妃様より天佑様は以前、錬金術を嗜んでいらしたと聞きました」
玲燕はこの空気を変えたくて、違う話題を振る。
(あら?)
その瞬間、天佑の表情が少し曇ったような気がした。
「錬金術を嗜んでいたのは、俺ではない」
「あれ、そうなのですか? 申し訳ございません。桃妃様が天佑様が嗜んでいらしたと仰っていたので。以前、お兄様が嗜んでいたと仰っていましたね。きっと、桃妃様は勘違いされたのですね」
「そうだな」
天佑はそれきり黙り込む。
「……私、てっきり栄佑様というのは一人二役をするために作った架空の方だと思っていました。天佑様には本当に、栄佑様という弟がいらしたのですね。彼は、今どこに?」
先日礼部で会った雲龍や、今日の桃妃の反応を見る限り、栄佑という人間と天佑という人間は別々に存在していることは間違いなさそうだ。だが、玲燕が知る限り、本物の栄佑を見たことはおろか、気配を感じたことすらただの一度もない。
天佑は手で頭に触れ、悩ましげな顔をする。
「……栄佑は数年前に、鬼籍に入った」
玲燕はヒュッと息を呑む。
「よけいなことを聞いて申し訳ございません」
慌てて謝罪しようとすると、天佑によってそれは止められた。
「謝らないでくれ。言わなかった俺も悪い」
天佑は困ったように笑う。その表情は、いつになく寂しげだ。
そんな天佑を見て、玲燕は心臓がぎゅっとなるのを感じた。
「ところで、俺に持ってくるように頼んだその品々は一体何に使うんだ?」
天佑は玲燕の横に置かれた布の包みを、視線でさす。
玲燕はハッとして自分の脇に置いた布の包みを見る。
「こちらは、実験に使おうと思います」
「実験?」
天佑は首を傾げる。
「はい。楽しみにしていてくださいませ」
玲燕はそう言うと、口元に弧を描いた。
◇ ◇ ◇
天佑が玲燕より、鬼火の謎が解けたので今夜来てほしいと言われたのはそれから一週間ほどしたある日のことだった。
「鈴々。玲燕は?」
姿が見当たらず鈴々に尋ねると、鈴々は「あちらにいらっしゃいます」と殿舎の奥を指さす。部屋の中を覗くと、胡服姿の玲燕が灯籠の明かりを頼りに何かをいじくっているのが見えた。
「玲燕。約束通り、来たぞ」
「ああ、栄祐様。いらっしゃい」
玲燕は顔を上げる。
「準備は整っております。こちらへどうぞ」
立ち上がった玲燕は、菊花殿の裏にある庭へと天佑を案内する。秘密通路に繋がる灯籠もある庭は、真っ暗な闇に包まれていた。
「よい風が吹いておりますね。よかった」
「ああ。少し肌寒いほどだ」
何が『よかった』なのだろうと不思議に思ったものの、天佑は相槌を打つ。
深まる秋の夜、日によっては驚くほど寒くなる。風が木々を揺らす、ざわざわとした音が聞こえてきた。