◆ 第一章 失われた錬金術(3)
歳はまだ十代半ば位だろうか。
高い声から察するに、まだ声変わりすら迎えていないようだ。
意志の強そうなしっかりとした瞳はこの国のものにしては薄い茶色。すっきりとした、けれど小さな鼻と薄紅色の口元はまるで少女のようだ。
背中の半ばまで伸びた艶やかな黒髪は、麻ひもでひとつにまとめてあった。
あまり外には出ないのか、平民にしては色白で、棒きれのような貧相な体つきをしている。
一見するとただの少年だ。
だが、初対面の自分に会った瞬間あれだけ言い当てられたその洞察力に、天佑は底知れぬ才能を感じた。だから、この少年にかけてみたいという気持ちが生まれた。
「表に看板が置いてあった。用件も聞かずに依頼を断るのは、あんまりなんじゃないか?」
天佑は右手の親指で、玄関のほうを指さす。
先ほど玄関脇に『お困りごとの解決、承ります』の札が立てかけてあったのは知っている。
「あんたは朝廷からの使いで、人捜しに来たんだろう? それについては、今言った通り、私では力になれない」
「人捜しはもういい。存在しない者を捜すのは時間の無駄だ。ところで、先ほどの推察はなかなか見事であった」
静かに語りかける天佑を、少年は黙って見つめる。
「きみを見込んで依頼をしたい。改めて、私は朝廷の官史をしている甘天佑だ。実
は、都で近頃はびこっているあやかし事件を解決する知恵を貸して貰えないかと思ってね」
「あやかし事件?」
「ああ、そうだ」
「断ると言っただろう」
「は?」
予想外の態度に、天佑は目を瞬かせた。
「だから、断ると言ったんだ」
「……それは、どうしてかな?」
天佑は口元に笑みを浮かべ、少年に問いかける。
朝廷からの依頼は、即ちここ光麗国の皇帝からの依頼と同義。ありがたいとむせび泣くことはあれど、断られるとは思ってもみなかった。
「都に日帰りで行くことはできないだろう? ここで育てている動物たちの世話は、その間誰がやる?」
少年は大真面目な顔をして答える。
「……動物?」
動物とは先ほど見かけた、このみすぼらしい家の外にいた牛や犬のことだろうか。まさか牛や犬を理由に断られるとは。
「あの子達は私の数少ない財産なんだ。逃げたり死なれたりしたら、取り返しが付かない」
「なるほど。では、動物の世話をするための人を寄越そう」
「役人は信用ならない。昔、手伝ってほしいと言われて手伝ったら、報酬を払い渋るどころか、私を愛妾にしてやると言って侮辱してきた」
「それは……」
天佑は改めて目の前の少年を見た。
華奢で、まるで少女のような可愛らしい顔つきをしている。天佑にはそういう趣味はないが、人によってはこのような愛らしい見目の少年を愛妾として囲う性癖がある輩もいるかもしれない。
「それは災難だったね。だが、私はそのようなことはしない」
少年はちらりと天佑のほうを見たが、すぐに目を逸らした。
「私は朝廷とは関わらない。奴らは嫌いだ」
吐き捨てるように言ったその言葉に、なぜか言葉以上の意味を感じた。強い拒否感だ
(困ったな……)
手ぶらで帰るわけにはいかないが、嫌がる少年を無理矢理連れ去るのも本意ではない。
どうしたものかと逡巡していると、ドンドンドンと扉を叩く大きな音がした。
「おい、玲燕! いるのはわかってるんだから。今日こそ滞納している家賃を払ってもらうよ」
続く、大きな声。
「げ」
小さく呟いたその少年──名前は玲燕と言うらしい──は慌てたように先ほど崩れたがらくたの山に身を潜める。
ドンドンドンと再び扉を叩く音がした。
天佑は扉に歩み寄り、それを開けた。
「やっと出てきた! 今日こそ──。あらっ、あんた誰だい?」
扉の外にいたのは、中年の女性だった。白髪が混じり始めた髪をひとつにまとめ、薄汚れた胡服を着ている。