◆ 第三章 皇城(11)
「それにしても、突然現れて驚きました」
天佑とふたりきりになった玲燕は、彼を見上げる。
「寝所に召された菊妃が、なぜか宦官の栄佑を呼べと叫んでいたらしいと聞いて慌てて駆け付けたのだ」
「それは申し訳ございません。夜伽は契約外案件だと抗議しようと思いまして」
「いや、俺も悪かった。入宮の日に呼ばれなかったから、てっきり玲燕は夜伽に呼ばないのかと思い込んでいて確認を怠っていた。何が起こったのかと焦った」
天佑は凝りをほぐすように、眉間を指で押さえる。
あまり寝ていないのだろうか。その横顔には疲れが見える。
「……心配をお掛けして、ごめんなさい」
「構わない。俺も悪かったと言っただろう」
ふたりの間に沈黙が訪れる。
いつも口元に笑みを浮かべた余裕の態度の天佑が先ほどのように焦った姿を見るのは、玲燕が知る限りは初めてだ。きっと、本当に玲燕を心配して慌てたのだろうと思った。
玲燕と天佑は、ふたり並んで後宮内の回廊を歩く。
時刻は既に深夜だ。等間隔で置かれた灯籠以外に明かりはなく、あたりは闇に包まれていた。
「真っ暗ですね。こんな日は、鬼火が現れそうです」
「ああ、そうだな。明日あたり、また新たな目撃情報が届くかもしれない」
天佑は首の後ろに手を当て、はあっと息を吐く。ただでさえ忙しい中、なかなか収まらないこの鬼火騒ぎのせいで余計に負担が増しているのだろう。
(人がやっているのは確かなのよね)
玲燕は歩きながらも考える。
──鬼火は人の仕業によるものである。犯人は恐らく潤王が皇帝にふさわしくないと思われることを望んでいて、かつ、後宮にも入れる身分を持っている。
これまでの調査からそこまでは絞り込める。けれど、最初に天佑が言ったとおり、そこから特定の誰かに絞り込むのが至難の業だ。なにせ、後宮に入れる身分がある者だけでも、女官や宦官、医官など合わせれば数百の家門が関わることになるのだから。
「錬金術師と懇意にしている貴族を中心に洗ったほうがいいかと思います。あの方法は、一般の方はあまり思いつかないと思うのです」
「ああ、わかった。実は俺も玲燕と同じことを考えて、錬金術師とゆかりのある貴族がどこなのかを調べている」
再び、ふたりの間が沈黙に包まれる。両側に広がる庭園からは虫の声が聞こえてきた。
「鈴虫でしょうか」
「この鳴き方は、そうだな」
天佑は回廊から庭園のほうを見る。玲燕も同じように、そちらに目を向けた。
「ずっと昔、両親が亡くなって泣いてばかりの私を慰めるために容が鈴虫を集めてプレゼントしてくれたことがありました」
「容?」
「私の育ての親です」
「なるほど」
天佑は頷く。




