◆ 第三章 皇城(9)
◇ ◇ ◇
パチン、と碁石を置く小気味よい音が鳴る。
碁盤を見つめる潤王は、腕を組んだ。
「囲碁はあまり嗜まないという割には、なかなかやるな」
「お褒めに授かり光栄にございます」
玲燕は表情を変えず、頭を少し下げる。その様子を見つめ、潤王はふっと表情を和らげた。
「だが、まだまだだな」
パチン、と碁石を置く音がまた響く。碁盤を見る玲燕は眉根を僅かに寄せた。
(蓮妃様から陛下は囲碁が上手いとは聞いていたけど、なまじお世辞ではないようね)
菊花殿にいた玲燕のもとに見慣れぬ宦官達が訪れたのは、つい数時間ほど前のこと。
『菊妃様。今宵、陛下の夜伽のお相手に選ばれましたこと、お喜び申し上げます。つきましては、夜伽の作法についてご説明させていただきます』
かしこまってそう告げた宦官を見つめたまま、玲燕は暫し動きを止める。
『……何かの間違いでは?』
数十秒の沈黙ののちに口を出たのは、そんな台詞だった。なぜなら、玲燕は偽りの妃であり自分が夜伽に召されることなど絶対にないと高を括っていたから。
『お喜びのあまり驚かれるのはよくわかりますが、間違いではございません。陛下をお悦びになされるよう、精一杯お勤めなさってください』
『えっと……、内侍省の栄佑様にお目にかかることはできる?』
『栄佑殿は生憎、本日はお休みにございます』
玲燕は遠い目をする。
(今日は天佑の日なのね……)
あの人に休みなどない。栄佑が休みというなら、天佑として働いているのだろう。
『実は私、本日体調が──』
『それでは、早速準備にかかりましょう』
玲燕の仮病の言い訳を述べる間もなく、前に立つ宦官がパチンと合図の手を叩く。
『そこの女官、手伝いを』
『はい、お任せくださいませ』
なぜか鈴々まで普通に準備しようとする。
『えっ、ちょっと』
そんなこんなで、玲燕は潤王の夜伽の間に強制連行されたのだった。
「それにしても、皇帝の夜伽に召されて他の男の名を呼びながら脱走しようとする妃など、前代未聞だぞ」
「契約外案件が発生するかと思ったのです」
「それは期待を裏切って悪かった」
くくっと潤王が笑う。
「それで、今日はどうして私を? まさか、夜通し囲碁を打つために呼び出したわけではないでしょう?」
玲燕は囲碁盤を挟んで向かい合う潤王を見つめる。
「どう思う?」
潤王は質問に答えることなく、逆に玲燕に問い返してきた。
玲燕ははあっと息を吐く。
「先日、天佑様から渡された資料類を読んでいたときに知ったのですが、陛下は幼い頃、宋家にいらっしゃったのですね」
幼い皇子達が貴族の家で一定期間を過ごすのは、光麗国ではよく見られる風習だ。
「私の予想では、桃妃様をお守りするためです」