◆ 第三章 皇城(7)
「そうだな──」
男は周囲を見回し、たまたま目に入った皿に載った胡麻餅に手を伸ばした。
「角度計を使わずしてこの胡麻餅を喧嘩がないようにきっちりと三等分にせよと言われたら、どのように分ける?」
玲燕は丸い胡麻餅をじっと見つめてから顔を上げ、男を見た。
「棒は三本ありますか?」
「これでよいか?」
男は近くにあった竹ひごを三本、玲燕に手渡した。
「ありがとうございます。正確に切るならば、こうです」
玲燕は二本の竹ひごを胡麻餅のちょうど中心辺りで直角に交差させるように置き、もう一本は餅の縁と中心のちょうど中間地点に、既に置かれた竹ひごの一本と平行になるように置く。そして、最後に置いた竹ひごと餅の縁が接する二点を指さした。
「この二点から中央に向かって切り、最後にこの鉛直に置かれた竹ひごに沿って中心まで切れば、綺麗な三等分です」
天佑はそこからその胡麻餅を覗き込む。確かに玲燕の言うとおりに切れば、美しい三等分になる。
「ただ、この方法は道具──今で言うと竹ひごが必要で面倒なので、私ならやりませんね」
「ほう。では、どのように切る?」
男は興味深げに玲燕に聞き返す。
「では、試しにあなた様が三分の一を切りとってみてください」
「こうか?」
男はナイフで胡麻餅に二カ所切れ目を入れて、目寸の三分の一を切り取った。
「では、今度は天佑様。大きい方を二等分して下さい」
「わかった」
玲燕に促された天佑は、ナイフを手に取るとそれを半分に切る。
三つに切られた胡麻餅はほぼ等分に見えるが、よく見ると微妙に大きさが違う。
「では、私はこれを頂きます」
そういうと、玲燕はその中で一番大きい胡麻餅を手に取り、口に放り込む。
そして、玲燕の行動に唖然とする男ににこりと笑いかけた。
「では、次は陛下がお取り下さい。ご自分達で三等分に切り分けたのだから、不満などないでしょう?」
それを聞いた途端、男は耐えきれぬ様子で笑いだした。
「ははっ! なるほど、これは面白い奴だ。それに、よく俺が皇帝だと気付いたな?」
「見ればわかります」
「どの辺で? わざわざ、普通の袍服を着てきたのに」
男──変装姿の潤王は自分の着ている袍服を指さす。
「まず、吏部侍郎であられる天佑様の部屋にノックもなしに入ってきたこと。すぐに高位の身分だとわかりますが、そのくせ高い身分を表わす色の袍服を着ているわけでなければ、腰に革帯もしていらっしゃらない。なのに、刀をぶら下げるというちぐはぐさ。さらに、髪に薄らと冕冠を被っていた跡が付いている。もう、『私は皇帝です』と言っているようなものです。そして決定的なことがひとつ。天佑様にしか言っていないはずの私が錬金術師であるという事実を、あなた様は知っていました。そうでなければあのようなおかしな質問を突然したりはしないでしょう?」
淡々とした玲燕の解説に潤王は目を丸くしたが、再び声を上げて笑い出す。
「これは見事だ。さすがは天佑が連れてきただけある」
そのやりとりを眺めていた天佑は、会話が一旦途切れたタイミングを見計らっておもむろに口を開く。
「英明様。改めてご紹介いたします。こちらが錬金術師の葉玲燕殿です」
英明とは、潤王の真名だ。それを呼ぶことを許されるとは、よほど天佑は皇帝の覚えめでたいのだろうと玲燕は悟った。