◆ 第三章 皇城(6)
ちょうどそのとき、部屋の扉をノックする音がした。
「失礼いたします。軽食の甘味をお持ちしました」
声がけと共に入室した女官はおやつの載った盆を持っていた。部屋を与えられるほどの高品位になると、昼食以外に一日二回の甘味が運ばれるのだ。
「そこに置いてくれ」
天佑が机の端を指さす。
「はい」
しっかりと化粧をした女官は顔を見ることもなく要件のみを言う天佑をうっとりと見つめ、頬を染める。そして、同じ部屋にいる玲燕に視線を移したので、玲燕はにこりと微笑み返した。女官は目をぱちくりと瞬かせると、にこりと笑った。
女官は皿を言われた場所に置くと、頭を下げて部屋を出る。
そのタイミングを見計らい、天佑が口を開く。
「玲燕もあのような顔をするのだな」
「あのような顔?」
「にこりと笑っていた」
「私をなんだと思っているのです。笑うことだってあります」
「ふうん。俺には見せない」
「見せる必要がないので」
玲燕は素っ気なく言い放つ。
「そう言われると、見たくなるな」
「天邪鬼ですか」
玲燕がじろっと睨むと、天佑はふっと笑って先ほど女官が用意した皿を視線で指す。
「先ほど茘枝を取ってしまったから、代わりにそれは好きなだけ食べるとよい」
「本当ですか?」
玲燕は思わぬ申し出に目を輝かせる。
皿に載せられていたのは、胡麻餡がたっぷりと詰まった胡麻餅と乾燥した棗が二つだった。
「あ、でも……」
玲燕は胡麻餅に伸ばしかけた手を引く。この胡麻餅と棗はそれなりの値が張る物のはずだ。ライチ一粒に対する礼としては、貰いすぎな気がする。
「なんだ、遠慮しているのか?」
「貰いすぎなのではないかと」
「遠慮するな。玲燕はおかしなところで気を遣うのだな。先ほどは高氏にあれだけ堂々と言い返し、視線を送る女官に笑顔で会釈を返していたのに」
「高様の件は、ああ言わないとずっと話が続きそうだったではありませんか。それに、目が合ったら挨拶するのは、最低限の礼儀でございます」
「そのとおりだな。だから、私は話す必要がない人間とは目を合わせない。これからは、女官への挨拶役は全て玲燕に任せよう」
天佑は愉快そうに笑う。
どこかからかっているような様子に玲燕が言い返そうとしたそのとき、第三者の声が割り込んできた。
「これは、楽しそうだな。俺も交ぜてくれ」
ふと見れば、部屋の入口に見知らぬ人影があった。片手を扉枠に預け、こちらを見つめている。
玲燕は突然現れたその人物を呆けたように見上げた。
しっかりとした上がり眉、まっすぐに人を射貫くような目つき、えらの張った顎は男らしい凜々しさがある。背が高くがっしりとしたその姿はまるで軍人のようだが、服装は上衣下裳を着ている。その少しくすんだ黄色の上衣下裳の全体に細やかな文様が入っており、一目で絹の高級品だとわかった。
男は玲燕と目が合うと、少し意外そうに片眉を上げ、上から下まで視線を移動させる。
「本当に、若いな。それに、女だ。どんな仙人のような老師が現れるのかと思っていたが」
「だから、若い女性だと言ったではないですか」
「実際にこの目で見るまでは信じられなかったのだ」
男はつかつかと部屋に入ると、おもむろに椅子を引き玲燕と同じ机に向かった。
「力試しをしてみたい」
「力試し?」
玲燕は男を見返す。