◆ 第一章 失われた錬金術(2)
「なかなかよい洞察力だ。だが、初対面の相手に食わせものとはいただけないな。俺は朝廷からの使いで参った甘天佑だ」
「朝廷?」
少年の眉がぴくりと動く。
「ああ、この地域に著名な錬金術師がいると聞いて訪ねて来た。道中で錬金術師の所在を尋ねたらここを紹介されたのだが、今は不在か?」
「……ここには私しかいない」
先ほどまでの明るさが嘘のような固い声で、少年が答える。
「何?」
天佑は少年の返事に、言葉を詰まらせた。
風の便りに、ここに著名な錬金術師がいると聞いていたのだが。子供しかいないとは、想定外だった。
「……では、訪問先を間違えたようだ。先ほども言った通り、俺は錬金術師を探している。この辺りで一番著名な錬金術師はどこにいる?」
「錬金術師など、都に腐るほどいるだろう」
少年はそっぽを向いたまま、ぶっきらぼうに答える。
「ちょっと、都の錬金術師では手に負えないことがあってね。優秀な錬金術師を探しているんだ。特に、この辺りは昔から優秀な錬金術師を多く輩出している地域だしね。かつて天嶮学の系統をなす錬金術師を編み出したのもこの地だ」
今から百年ほど前、とある錬金術師が人々が考えもつかない方法で難題を次々と解決し、ときの皇帝から〝天に類するものがない知識をもつ者〟という意味の『天嶮学士』の名を賜った。
以来、彼の錬金術の流派は『天嶮学』と呼ばれ、その弟子へと知識が受け継がれていると言われている。
少年は天佑の言葉に驚いたように瞠目し、次いで肩を揺らして笑い始める。
「これは笑わせる」
「何がおかしい?」
真面目な話をしているのに突然馬鹿にしたように笑われて、天佑はむっとして問い返す。少年はなおも腹を抱えながら、天佑を見据えた。
「その名を再び耳にする日が来るとは思わなかった。天嶮学はまがいもの故、『天嶮学士』の称号ごと剥奪したのでは?」
少年は涼やかな目で天佑を見る。
まるで挑むような態度に、天佑は押し黙る。
少年の言うとおりだった。
天佑が見た記録では、最後に朝廷が天嶮学士に力を請うたのは十年ほど前。都で起きたあやかし騒ぎを解決すべく助力を請うた。しかし、天嶮学士は物事の真理を見誤ってときの皇帝に誤った事実を伝えた。
そして、その罪を問われて斬首されたのだ。
以来、天嶮学はまがいものとされ、その言葉を口にすることすらタブーとされて久しい。
「今更何を言っているのやら。滑稽な話だ。残念だが、お探しの人物はいない。この地の錬金術師は私ひとりだ」
少年は肘を折ると両手を天井に向け、肩を竦める。
「なんだと?」
「錬金術が盛んだったのはもう昔のことだ。数年前までは何人かいたが、ひとり、またひとりとこの地を去った。最後のもうひとりは先月流行病で亡くなったから、残っているのは私ひとりだ」
「……なるほど」
天佑は思案する。
(どうするかな)
都からはるばるここに来たのは、現皇帝である潤王から錬金術師を連れてきてほしいと請われたからだ。手ぶらで帰ることはできない。
「話はわかった」
「物わかりがよくて助かった。では、帰れ」
少年はわかりやすくほっとした表情を浮かべると、出口のほうを指さす。
「いや、そういうわけにはいかない。きみは錬金術師なのだな? では、きみに来てもらおう」
天佑の言葉に、少年は「は?」と声を上げる。
「何を言っている。私は天嶮学士でも、著名な錬金術師でもない。ただの錬金術師だ」
「だが、この地域に錬金術師はきみひとりしかいないのだろう? 俺は、ここまで錬金術師を探しに来た。手ぶらでは帰れないんでね」
「断る」
少年の眉間に深い皺が寄る。
(ずいぶんと、感情がわかりやすいやつだ)
不機嫌さを隠そうとしないその態度に、かえって好感を覚えた。
人々の欲望と嫉妬が渦巻く都では皆が仮面を被っている。こんなに素直に感情を露わにする人間に会うのは、久しぶりだ。