◆ 第三章 皇城(2)
「桃妃様も、すごく菊妃様に会いたがっているのよ。侍女達が噂話をするものだから、どんな人かと興味津々なの。錬金術がお好きなんでしょう?」
「さようですか」
玲燕は答えながら、苦笑する。
お茶をするのは構わないが、玲燕が菊妃だと知られたらさすがにびっくりされてしまうかもしれない。
暫く立ち話していると、廊下の奥から誰かが歩いてくる足音が聞こえた。翠蘭は慌てたように「あ、そろそろ行くね」と言い立ち去る。
その後ろ姿を見送っていると、背後から名を呼ばれた。
「玲燕」
振り返ると、そこには天佑が立っていた。
「あれ? 天……栄佑様、どうされたのですか?」
「どうしたもこうしたもあるか。中々戻ってこないから、どこに行ったのかと思ったぞ」
眉を寄せる天佑を見上げ、玲燕は目をぱちくりとさせる。さほど長く話し込んでいたつもりもなかったのだが、そんなに時間が経っていただろうか?
「申し訳ありません」
「もうよい。急いで準備するぞ。皇宮の現場を見たいのだろう?」
はあっと息をつくと、天佑は玲燕の隣をすり抜けて歩き出す。玲燕は慌ててその後ろを追った。
先日、玲燕は天佑に『皇宮内で鬼火が現れた現場を見たい』と願い出た。そのため、天佑がその算段を付けてくれたのだ。
菊花殿に戻ると、天佑に「これを」と手渡された。
広げてみると、それは袍服だった。
「なんですか、これは」
「見ての通り、袍服だ」
真顔で答える天佑の様子に、嫌な予感がする。
「まさか、私に男装せよと?」
「俺に丸一日以上少年だと勘違いさせたぐらいだ。官吏になりきるのもお手の物だろう」
天佑は腕を組み、玲燕を見る。
嫌な予感は的中だった。
「しかし、どこから後宮の外に出るつもりですか?」
「なんのためにお前を幽鬼が出ると噂の菊花殿に入れたと思っている」
「幽鬼が出ると噂があるから人が近づかないからでは?」
玲燕は首を傾げる。
「それもひとつの理由ではある」
天佑は部屋に面した中庭に出ると、井戸の横にある石灯籠の前に立った。両手で石灯籠を押すと、それはゆっくりとずれた。その下にはぽっかりと空洞が開いている。
「……これは、秘密通路でございますか?」
玲燕は真っ暗な暗闇が広がる穴の入り口を見る。
万が一に備えて皇帝が住む場所にはいくつかの秘密通路があることは公然の事実だが、一体どこにあるのかは完全に伏せられている。これは、後宮の中にあるいくつかの秘密通路のひとつなのだろう。
「もしかして、菊花殿に幽鬼が出るという噂は意図的に?」
玲燕は自分の近くに戻ってきた天佑に尋ねる。
「ここで人が死んだというのは事実だ」
「……聞かなければよかった」
「怖いのか?」
天佑はにやりと笑い、意味ありげに玲燕を見返す。
「残念ながら、全く怖くありません」
「なんだ、つまらんな」
玲燕がしれっと答えると、天佑はすんと鼻を鳴らす。
「…………」
玲燕はじとっと天佑を睨む。
天佑との付き合いはまだ短いが、ここで「怖い」などと言えばずっと揶揄われるのが目に見えている。
(本当に、なかなかいい性格しているわよね)
玲燕の視線に気付いた天佑が玲燕を見て視線が絡むと、天佑は顎をしゃくった。