◆ 第二章 偽りの錬金術妃(10)
「妃の関係者でないとなると、宦官かしら?」
玲燕は顎に手を当て、独り言つ。
「その可能性も考えて、調べている」
「お願いします。あとひとつ、お願いがあります」
「お願い? なんだ?」
「鬼火は皇城内でも目撃情報があります。その現場が見てみたいです」
「後宮から出たいということか?」
天佑は片眉を上げる。
(やっぱり無理かしら?)
妃が後宮から出るのは、宴席への参加を特別に許された場合や保養地に向かう場合など、ごく限られている。
だめ元で言ってみたもののやはり無理だったかと思ったそのとき、「わかった。なんとかしよう」と声がした。
「できるのですか!?」
できないと思っていただけに、玲燕は驚いて聞き返す。
「そういうことをなんとかするのが、俺の役目なのだろう?」
涼やかな眼差しをまっすぐに返されて、玲燕はきょとんと天佑を見返す。
(もしかして天佑様って……、すごい負けず嫌いっ!)
鬼火騒ぎの犯人捜しに協力してほしいと要請されたときに玲燕が放った『そこをなんとかするのが天佑様の役目でしょう?』という言葉を根に持っているのは明らかだ。
「手筈が整ったら、連絡する」
そう言って立ち上がった天佑は、ふと何かを思い出したように動きを止める。
「ああ、あとこれを。忘れるところだった」
天佑が懐から何かを取り出す。差し出されたのは紺色の布袋だった。受け取ってみると、ずしりと重い。
「なんですか、これ?」
「俸禄だ」
「俸禄?」
玲燕は布袋を見た。
(偽の妃なのに、そんなものを受け取ってしまっていいのかな?)
俸禄とは、妃を含め官職に就く者達に支給される給与のことだ。
玲燕は恐る恐るその袋を開ける。中には銀貨が何枚か入っているのが見えた。
「こ、こんなに!?」
(もしかして、一年間くらい解決できないと思われて先払い!?)
玲燕はびっくりして布袋を閉じる。
「それでひと月分だ」
「ひと月!」
驚いて、思わず大きな声を上げる。これだけあれば、玲燕なら一年間は暮らせる。
「こんなに貰えません」
「俸禄は決められたものだ。それに、金はなくて困ることはあれど持っていて困ることはない。受け取っておけ」
天佑はふっと笑うと、その場をあとにした。