◆ 第二章 偽りの錬金術妃(9)
その日の夕方、約一週間ぶりに菊花殿に天佑がやって来た。
「変わりなく過ごしているか?」
「お陰様で。天佑様は?」
「変わらないな」
その言葉尻に『鬼火事件の犯人捜しも進展がない』という意味を感じ取る。
「……今日、蓮妃様から色々と面白い話を聞きました」
「面白い話?」
「はい。凧揚げ大会の話や、陛下の夜伽の話、それに陛下主催の宴席で梅妃様と蘭妃様が喧嘩されたという話です」
「あの事件か」
天佑はその宴席でのことを思い出したのか、苦虫を噛み潰したかのような顔をする。
「蘭妃は気が強いきらいがあって、同じく気が強い梅妃とはウマが合わない」
「まあ、ここは後宮ですからね。多少のいがみ合いは致し方ないのでは? ただ、蓮妃様のお話では、陛下は四人の妃を平等に寝所にお召しになっているとか。それは事実ですか?」
玲燕は天佑に確認を求める。
「ああ、その通りだ。全ての妃を順番に召している」
「それならば、やはり後宮に入宮している妃の方々の関係者は鬼火事件とは関係ないのではないかと思いました。誰もが皇子を生み皇后となる可能性も持っているのに、潤王を失脚させる理由がありません。ですので、現時点で一族の娘を入宮できていない一族を中心に洗うべきかと思います」
「それもそうだな。再度洗い出してみる」
天佑は頷く。
(敢えて言うなら、蓮妃様だけど……)
潤王は蓮妃を寝所に召しても夜伽は求めていない。今日の様子を見る限り、蓮妃は実家から後宮での暮らしを尋ねられたら素直にそれを話しているだろう。恐らく、父親も蓮妃が仮初めの妃にすぎないことに気付いているはずだ。
「天佑様。蓮妃様のご実家の明家はどんな家門ですか? もちろん、事前の資料で鴻臚寺卿であることは知っておりますが、人となりを知りたいです」
鴻臚寺とは主に諸外国からの使節団の対応を行っている部署で、鴻臚寺卿はそのトップだ。
「明氏の?」
天佑はすぐに玲燕の懸念していることに気付いたようで、顎に手を当てる。
「私も直接一緒に仕事をしたことはないのだが、一緒に仕事した者からは真面目で実直なお方だと聞く」
「そうですか……」
となると、娘が皇后になれない可能性が高いことを察して鬼火騒ぎを起こすとは考えにくい。やはり、犯人は後宮にいる妃達とは関係のない家門の者だろう。
だが、玲燕にはひとつ気になることがあった。
「先日天佑様にいただいた資料を見返していて気付いたのですが、過去に一度だけ宮城の内部で鬼火騒ぎが起きていますね」
「ああ、その通りだ」
天佑は頷く。
目撃されたのは鬼火騒ぎが起きたまだ初期の頃のたった一度だけだ。そして場所はここ菊花殿。天佑はそういうことも含めて、玲燕の滞在先にこの菊花殿を選んだのだろう。
この事実は、ひとつの重要な意味を持つ。
犯人は後宮に入れる立場にあるということだ。だからこそ天祐は、玲燕を後宮に潜入させた。




