◆ 第二章 偽りの錬金術妃(8)
「皇帝陛下は蓮妃様のことも寝所にお召しに?」
「ええ、もちろん。一、二週間に一度くらいかな。陛下のところに伺った日は、寝るまで一緒に囲碁をするの」
「それは楽しそうですね」
玲燕は口元に笑みを浮かべる。
まさかこの幼い妃に無体なことをしているのかと思ったが、それは杞憂のようだ。話を聞いていて、蓮妃にとっての潤王は『夫』というより『兄』といったほうが感覚的に近いのかもしれないと思った。
「他のお妃様も同じ頻度で?」
「そう思うわ」
頷いてから、蓮妃はハッとしたような顔をする。
「菊妃様もすぐにお召しがあるはずだから、心配しなくて大丈夫よ」
玲燕がまだ召し上げられていないことを不安に思っているとでも思ったのか、蓮妃は必死に励まそうとしてきた。
「ありがとうございます」
偽りの妃である玲燕が寝所に召し上げられることはない。しかし、今それを明かすことはできないので、玲燕は内心で苦笑しつつ無難にそう答えた。
(それにしても、一、二週間に一度か。つまり、ほぼ平等に妃を召しているということね)
鬼火騒ぎの犯人の目的は、恐らく潤王を失脚させて新たな皇帝を立てることだ。元々玲燕は後宮で寵を得ている四人の妃の関係者は犯人ではないと考えていたが、今の話を聞いてやはり違う可能性が高いと感じた。平等に寵を得ているなら、懐妊する可能性も同じ。まだ誰も懐妊していない以上、次の皇帝の母になれる可能性を秘めているのに、潤王を失脚させる理由がない。
「私はまだここに来て日が浅く蓮妃様以外のお妃様と交流がないのですが、皆様どのようなお方ですか?」
「うーん、わたくしもあまり交流はないの。以前、陛下が妃全員を招いて宴会を開いてくださったことがあったのだけど、そのときに、どちらが先に会場に入るかで梅妃様と蘭妃様が喧嘩になって大変だったの。あんな風に言い合いをする方達を見たのは初めてだったから、近づくのが怖くって」
それとなく探りを入れると、蓮妃は肩を竦める。
「梅妃様と蘭妃様が?」
「ええ。ちょうど会場に入ろうとしていた梅妃様と、あとから来た蘭妃様と鉢合わせしてしまって。梅妃様は一番最初に後宮に入宮されているから後宮での発言力は強いけれど、ご実家の身分で言うと一番上は蘭妃様だから──」
蓮妃はそこまで言うと、当時を思い出すように眉を寄せる。
「多分だけど、蘭妃様は梅妃様を怒らせて面白がっていたわ」
「面白がっていた?」
「うん。あのふたり、仲悪いもの」
蓮妃はきっぱりと断言する。
「そうなのですか?」
「ええ。険悪な雰囲気に気付いた桃妃様が仲裁しようとしたけれどお二人から逆に睨まれて、困り果てていたわ。菊妃様も、梅妃様と蘭妃様にはあまり近づかないほうがいいわよ」
「肝に銘じておきます」
玲燕は相槌を打ちながら頷く。きっと、先程蓮妃が言っていた『すれ違っても挨拶も口も利いてくれない人』とは梅妃か蘭妃のどちらかなのだろう。
鬼火騒ぎの犯人捜しには関係なさそうだが、後宮内での身の振り方を知る上ではとても重要な情報だ。