◆ 第二章 偽りの錬金術妃(6)
会話が一段落したのを見計らい、鈴々が口を開いた。
「それにしても、先程通りかかったのが蓮妃様でよかったです。あそこは梅園殿が近いから、梅妃様だったらどうなっていたことか」
「梅妃様だと何か問題が?」
玲燕は鈴々の言い方に引っかかりを覚えて聞き返す。
「梅妃様は良くも悪くも後宮の方なのです。万が一あそこで玲燕様が花の一本でも踏み潰そうなら、大変なことになっていました。妃の身分であられるので、さすがに鞭打ちにはならないと思いますが──」
鈴々は肩を竦める。
「良くも悪くも──」
後宮は皇帝のためにある園だ。そこにあるものは、地面に落ちている小石ひとつをとっても皇帝のものであるという考え方をする人も多い。そして、梅妃はそういう考え方をする妃なのだろう。もし女官が花の一本でも手折ろうものなら、鞭打ちにすることも厭わないのかもしれない。
(つまり、妃の身分によって私はある程度守られているってことなのね)
玲燕は茶を啜る天佑を窺い見る。
とんでもないことをしてくれたものだと思ったけれど、彼なりに玲燕を守るために名ばかりの妃の座を用意したのかもしれない。
「まあ、鈴々を付けているからその辺は心配していないが、気をつけることだな」
天佑は茶碗を机に置く。
(どうして『鈴々を付けているから心配していない』なのかしら?)
不思議に思ったものの、玲燕が聞き返す前に天佑が話題を変える。
「さて、本題だ。これを玲燕に」
玲燕は天佑が差し出したものを見る。分厚い資料だ。中身を見なくとも、今回の鬼火騒ぎに関するものだろうと予想が付く。
「再度これまでの目撃情報を元に調査を行った。鬼火が素早く横切ったという証言がある場所のいくつかから、玲燕が見つけたのと同じ棒が新たに見つかっている」
「逆に、それ以外の場所からは見つかっていないということですね」
「ああ、そうだ」
天佑は頷く。
それは即ち、ゆらゆらとひとつの場所に留まっている鬼火が目撃された場所では玲燕が解明した方法とは別の方法で鬼火を熾していることを意味する。
「……例えば、釣り糸に鬼火をぶら下げて人が持っているということは考えられないでしょうか?」
「それにしては鬼火の位置が高すぎる。一番高い目撃情報は、十メートル近く上だ。そんな釣り竿を持ち歩く人間がいれば、すぐに誰かが気付くはずだ」
「それもそうですね。周囲に背の高い建物か木があったということは?」
「俺もそれを疑って何カ所か確認したが、周囲には何もなかった」
「何も? どの場所も何もなかったということですか?」
「そうだ」
天佑は頷く。
「……そうですか」
玲燕は今さっき手渡された資料をぱらりと捲る。
ゆらゆらと揺れる鬼火も、目撃場所が川沿いに集中しているのは同じだ。玲燕が鬼火を目撃した日以降も、二件ほど目撃情報が寄せられていた。
「それと、玲燕から頼まれたとおり、前回渡した各家門の情報をさらに詳しく調べたものも後ろに載っている。……これでいいか?」
「はい。まずはこれで十分でございます」
玲燕は頷いた。思った以上に早い情報収集に、感謝する。
「では、俺は戻る。また定期的に会いに来るよ」
「はい。あっ」
「どうした?」
立ち上がりかけた天佑は動きを止め、玲燕を見る。
「……私から天佑様に会いたいときはどうすれば?」
「そんなに俺に会いたいのか? 見知らぬ場所で寂しくなったか」
天佑は器用に片眉を上げる。
「連絡経路を確認したいだけです」
玲燕は表情を変えずに答える。
「だろうな」
天佑はくくっと笑うと、玲燕の後ろに控える鈴々を指す。
「そちらにいる鈴々に言えば連絡はつく」
「わかりました」
「では、またな」
天佑は今度こそ部屋を出る。
玲燕はその後ろ姿を見送ってから、今渡された書類をぱらりと捲る。
鬼火の犯人捜しは錬金術とは違うが、あらゆる情報を読み解き真理を探るという点では錬金術と似ている。
(なんとか情報を集めて、解決の糸口を探さないと)
玲燕は書類を睨みながら、頭を悩ませたのだった。




