◆ 第一章 失われた錬金術(15)
「訪問は一週間後の予定だ。それまでに、これを暗記しておいてほしい」
天佑は腕に抱えていた包みを開くと、玲燕に分厚い書物を差し出した。一般庶民はほとんど目にすることがない貴重な上質紙に書かれたもので、端を麻紐で結んである。ざっと目寸で見た限りでも数センチの分厚さがあった。
「これはなに?」
「後宮の勢力図だ。現在、皇上であられる潤王には四人の妃がおられる。黄家の娘である梅妃、明家の娘である蓮妃、連家の娘である蘭妃、最後に宗家の娘である桃妃だ」
「妃の方々の関係者がやった可能性は低いのでは?」
玲燕は天佑を見返す。
鬼火の目的は、恐らく潤王の失脚だ。既に妃として後宮で寵を得ている娘のいる貴族がやる理由はない気がしたのだ。
「先入観を持って物事を見ると、真理を見誤る」
玲燕は天佑の言葉に、眉根を寄せる。
これと同じ言葉を、よく父の秀燕も言っていた。先入観があると見えるべきものが見えなくなり、物事の真理を見誤ると。
「……それもそうね。わかった。見ておくわ」
「ああ。それに、妃のところには何かと情報が集まる。接触する機会があるならば、よき関係を築いたほうがよいだろう」
玲燕は手渡された書物に視線を落とす。
真っ黒の表紙を一枚捲ると、天佑の言うとおり後宮について書かれているようだった。
女性が男性に比べて噂好きだという意見には、玲燕も同意する。東明でも、井戸の前にはいつ行っても人の噂をネタに世間話に盛り上がる女性がいた。
(きっと、今頃は私のことを話のネタに盛り上がっているわね)
玲燕は息を吐く。
突然皇都から役人がやって来て、一年分の家賃の倍以上の金額を払った上に玲燕を皇都に連れて行ってしまったのだから。あの片田舎では、十年に一度あるかないかの大ニュースだ。さぞや噂話も盛り上がるだろう。
「わかりました。読んでおきます」
「ああ、頼んだ」
天佑はにこりと微笑む。
「それと、玲燕の殿舎が決まった。偽りの妃故、なるべく目立たないほうがいいと思い外れの殿舎にした。菊花殿だ」
「菊花殿? 偽りの妃?」
玲燕は眉間に深い皺を寄せる。
何を言っているのかと訝しげに天佑を見返すと、天佑は笑みを深める。
「潤王の五人目の妃だ。妃であれば宮城に常にいても違和感ないからな」
「なるほど。妃ですか」
そこまで相槌を打ち、玲燕ははたと動きを止める。
今、とんでもないことが聞こえた気が。
「今、なんと?」
「玲燕には後宮に入ってもらう」
呆然とする玲燕に追い打ちをかけるように、天佑が言う。
「なんで! 謎を解くのに妃になる必要はないはずです」
「必要はないが、なったほうが勝手がいい。既に、手配済みだ。安心しろ、全てが解決したら出してやる」
玲燕は唖然として天佑を見返す。
皇帝の妃を迎え入れるなど、すぐにできるわけがない。一体どんな裏技を使ったのか。
「あり得ないんだけどっ!」
玲燕の叫び声が屋敷に響き渡った。




