◆ 第一章 失われた錬金術(14)
低位の妃から生まれた潤王の即位を面白く思っていない貴族は、両手で数えきれないほどいる。特定が難しいというのは事実だった。
玲燕は考えを整理するようにじっと黙り込む。そして、しばらくの沈黙ののちにようやく口を開いた。
「乗りかかった船ですので協力するのは構いませんが、反皇帝派の人間関係を全く知らない私にそれを推理することは極めて困難です」
「それもそうだな。玲燕に知識として人間関係を教えることは可能だが、それだけでは不十分だろう」
「ええ、できれば直接話す機会までいただけますと幸いです」
玲燕は頷く。
「どうするかな。疑わしきは皆、有力貴族だ。下手につつくと思わぬ大火災になる」
「そこをなんとかするのが天佑様の役目でしょう?」
玲燕はびしゃりと言い切る。天佑は玲燕を見返し、ふっと口の端を上げる。
「なかなか言うね」
「当たり前のことを言ったまでです。問題を解決しろと言いながらその謎を解決するための材料を与えられないのでは、話になりません」
物事の真理に至るには、できるだけ正確かつ多くの情報が必要だ。天嶮学は占いではない。事実に基づき、物事の真理を明らかにするのだ。
「それもそうだな」
天佑はふむと頷いて、玲燕をじっと見つめる。
「……なんですか?」
品定めをするような天佑の視線に、玲燕は居心地の悪さを感じた。
「いや、なんでもない。明日、仕事に行ったら連れて行けるように手配しておこう」
「ええ、お願いします」
頷きながらもなんとなく嫌な予感がする。
そして、その予感は見事に的中したのだった。
◇ ◇ ◇
玲燕が鬼火の謎について明らかにしてから暫くの間、天佑は屋敷を不在にした。元々忙しくてあまり帰らないと聞いていたので、きっとこれが彼の通常の過ごし方なのだろう。
「学士様、何をされているのですか?」
中庭に面する回廊で作業していた玲燕は顔を上げる。
婆やが不思議そうに、こちらを見つめていた。
「凧を作っているの」
「凧ですか」
婆やは興味深げに玲燕の手元を覗き込む。
凧は、糸で結んだ薄い膜を風による揚力を利用して空を飛ばすものだ。形状や糸を結ぶ位置、素材によって飛んでいる時間や高さが変わり、玲燕は昔から凧揚げが好きだった。
「見ていて」
玲燕はそう言うと、中庭に降り立つ。
ちょうどよい風が吹いたので凧から手を離すと、それは空高く舞い上がった。
「おやまあ。ただの布が空を飛ぶなんて、面白いですねえ」
婆やは空を見上げ、屈託ない笑顔を浮かべる。
光麗国では、凧は軍事用に用いられることが多い。婆やはあまり見たことがなかったのだろう。
そのとき、背後からかさりと地面の石を踏む音がした。
「凧か。自分で作ったのか?」
聞き覚えのある穏やかな声に、玲燕はハッとする。振り返ると、そこには五日ぶりに会う天佑がいた。
「そう。暇だったから」
「へえ、見事だな。……放ったらかしにしてしまい悪かったね」
天佑は玲燕を見つめ、穏やかな笑みを浮かべる。
「別に構わないわ。だって、仕事でしょう?」
「そうだね」
天佑は頷く。
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
天佑は玲燕の近くに置いてあった椅子に座ると、「お茶を用意してくれるか」と婆やに声をかける。婆や「ちょっと待ってね」と言うと、厨房のほうへと消えた。
その後ろ姿を見届けてから、天佑は玲燕を見つめる。
「玲燕を皇城の内部に連れて行く手筈が整った」
玲燕は凧を操っていた手を止める。制御を失った凧が地面に落ちてくるのを、天佑は空中で拾った。
(思ったよりも早いわね。さすがは若くして要職に就いているだけあるわ)
鬼火事件の容疑者として疑わしき面々に実際に会ってみたいと申し出たが、こんなに早く実現できるとは。人事を取り仕切る部署の要職にいるので、融通もしやすいのだろう。