◆ 第一章 失われた錬金術(12)
◇ ◇ ◇
その日の晩、天佑は玲燕に呼ばれ、屋敷の中庭に向かった。
灯籠が点された中庭には既に玲燕がおり、彼女の脇には水を張った大きな盥が置かれている。
「これから何をする?」
天佑は周囲を見回す。
まさかここに鬼火を呼び寄せようというのだろうか。
「まあ、座ってください。あ、お願いした材料集めありがとうございます」
玲燕は思い出したように、天佑に礼を言う。
今朝、玲燕に色々と材料を集めてほしいと言われたのだ。
「早速ですが、こちらをご覧ください」
玲燕は天佑の前に、一本の箸を差し出す。端には、今朝川で見つけたのと同じように窪みがあり、綿が詰めてあった。
「こちらに火を付けます」
玲燕は中庭を照らすために点されていた灯籠の中に、箸の端を突っ込む。程なくして煙が上がり、火が燃え移った。
玲燕はそれを確認し、片側が燃える箸を目線の高さまで上げる。
「炎は何色に見えますか?」
「橙色だ」
天佑は答える。それは、焚き火でよく見かける、天佑もよく見る炎の色だった。
「その通りです。では、これは?」
玲燕はもう二本、同じような形状をした箸を取り出すと、その先っぽに灯籠の炎を重ねる。さほど時間がかからずに、炎は燃え移った。
すると──。
「……黄色と緑色だ」
天佑は信じられない思いでその炎を見つめた。先ほどの箸は橙色だったのに、今度の箸は炎は違っていた。一本は橙に混じり合うように黄色の光を、もう一本は緑色の光を放っている。
「ご覧の通り、これがあやかし騒ぎの正体です」
玲燕はにこりと微笑む。
「どういうことだ?」
「至って簡単な仕掛けです。こちらと同じものをもうひとつ用意しておりますので、明るいところでご覧になってください」
「ああ」
天佑はその箸を受け取ると、煌々と明かりの点される庁堂へと移動する。明るいところで見ると、その箸に詰められた綿には何か混じっているように見えた。
「なんだこれは? 濡れているが……それに、何が混じっている」
「こちらの綿には燃えやすいようにアルコールを染み込ませて、これと同じ成分をまぶしております」
玲燕は財布を取り出し、そこから硬貨を一枚取り出す。
「銅貨?」
「はい、そうです。こちらは銅でございます」
玲燕は銅貨をピンと指先で投げ、落ちてくるそれをパシッと掴んだ。
「あまり一般的には知られておりませんが、炎の色は混じり合う金属の成分で多種多様に変化します。銅が混じり合うと緑色に炎の色が変わることは鍛冶職人などにはよく知られた事実です。黄色は、塩分が混じった汁物を零したときなどによく見られる炎の色です」
玲燕は説明しながら、天佑が手に持つ二本の棒を見つめる。
「天佑様に『炎が黄色や緑色だった』と聞いたとき、私はすぐに鬼火は塩分や銅を配合した炎であることを疑いました。そして、実際に鬼火が現れたのを見たとき、鬼火の軌跡が美しい放物線を描いていることに気付きました。放物線は、とある物を投げたときにその物が描く軌道として、特徴的な形状です。即ち、『何らかの細工をした炎を何者かが投げ、水に着地して消えている可能性が高い』と推測したのです」
「それで、証拠となる品がないかを翌日の早朝に探しに行ったというわけか?」
天佑はようやく今朝の玲燕の行動の意味を理解した。
「はい。川は流れがあります故、すぐに見つかるとは思っていなかったのですが、浅い上に流れがほとんどない川であることが幸いしました」
玲燕は表情を変えずに頷く。
「玲燕の推理に基づくと、これまでにも鬼火が目撃された場所には同じような棒が落ちているはずということだな?」
「そう思います。現場が水辺に集中していたのは、まわりに民家があることを嫌ったものでしょう。火災になっては大変ですから」
「なるほど。しかし、俺が以前遠目に見たものはゆらゆらとその場に留まっていた。これについてはどう考える?」