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◆ 第一章 失われた錬金術(10)


 玲燕との食事を終えた天佑は自分の部屋に戻った。

 私室にある机に向かうと、硯で墨を摺り、筆を執る。主である潤王に手紙を書くためだ。


 潤王の命は『東明に趣き、有能な錬金術師を連れて来てほしい』だった。それを受けて事前に調査をした上で東明に往復六日かけて趣いたのだが、出会えたのはあの少年の錬金術師だけだった。


「天嶮学か……」


 天佑もその名はよく知っている。

 今から十年前、先の皇帝──文王の怒りを買い、それを口にすることすら許されない失われた学派だ。


『天嶮学はまやかしではない!』


 強く言い切った玲燕の瞳の力強さを思い出す。


「不思議なやつだ」


 普段の天佑であれば、あの状況であれば探していた錬金術師はいなかったと諦めていただろう。けれど、射貫くようなあの眼差しを見たとき、なぜかこの少年に賭けてみたいという気持ちが湧いた。


「とくとお手並み拝見しようか」


 天佑は筆を進めつつ、口元に弧を描いた。



  ◇ ◇ ◇



 翌日から、玲燕はこれまでの鬼火の目撃情報を整理した。

 天佑から聞いたとおり、目撃されているのは水辺に集中しており、特に川沿いが多い。ただ、日によってどこに現れるかは異なり、規則性はなさそうだ。

 時刻は日が沈んだあとで、辺りに人気がないことが多い。

 そして色は通常の炎の色である橙色のほか、緑色や黄色だったという証言が多かった。

 ただ、一瞬で消え去ったと言う者もいれば、ゆらゆらと同じ場所に留まっていたと言う者もいるようだ。


(たしかにこれは、普通の鬼火ではないわね)


 玲燕は資料を見ながら唸る。

 とにかく、一度でもいいからその鬼火を見る必要がある。




 都である大明に来てから五日。

 この日も玲燕は、皇城と外郭城にまたがるように流れる巌路川の畔を天佑と共に歩いていた。鬼火を見るために、毎日こうして歩いているのだ。


「今日は現れるでしょうか」

「さあ、どうだろう。なにせ、川沿いと言っても範囲が広からね」


 天佑が言うとおり、ここ大明の城内はとても広い。

 皇帝が住む宮城を中心に、その周りに官庁が立ち並ぶ皇城、更にその周りに人々が住む外郭城が広がっている。外郭城の内部だけでも、雁路川と細い小川があり、さらに人工的に作られた水路が至る所に張り巡らされている。


 玲燕は空を見上げる。

 既に日はすっかりと暮れ、辺りは真っ暗になっている。


(やけに暗いと思ったら、今日は二十七夜か)


 漆黒の空には、線のように細い弧になった月が浮かんでいる。


「鬼火は見えませんね」


 玲燕は周囲を見回す。今日も、不審な光は見えなかった。


 一時間ほど歩いただろうか。

 今日も収穫なしかと諦めかけたときに、不意に離れた場所から声がした。


「鬼火だ!」


 玲燕はハッとして声のほうを見る。


「鬼火ですって?」

「行ってみよう」


 天佑が声のほうを指さし、足を早める。

 玲燕の視界の端に鈍い光が映った。


(あれは……)


 それは本当に一瞬のことだった。

 川上から川下に向けて、鈍い緑色の光が移動してゆくのが見えた。それはまるで子供の遊ぶ球のように、美しい放物線を描きすぐに消えた。


「今のが鬼火でしょうか?」

「ああ、例の鬼火で間違いない」


 隣に立つの天佑が固い声でそう言う。


(もう一度現れないかしら?)


 玲燕は鬼火が消えた方向をもっとよく見ようと、目を懲らす。


 しかし、すっかりと日が暮れている上に今日は二十七夜だ。視界の先は、漆黒の闇に包まれている。そして、頭上には天極の極星が瞬いているのが見えた。


 騒ぎを聞きつけた人が玲燕達以外にも集まってきて、周囲から「鬼火が現れたぞ」「天帝がお怒りだ」と叫ぶ声が聞こえてくる。


「想像したよりも動きが速いです」

「私が前に見たときは、もっとゆったりした感じだった。遠目にゆらゆらと、風に揺れるような……」

「そうですか」


 玲燕はじっと考え込む。

 鬼火は確かに現れ、緑色をしていた。


(……緑の火か)


「天佑様。明日、明るい時間にもう一度ここに来ても? それに、これまで鬼火が目撃された場所も」

「明日の明るい時間に? 明るい時間に鬼火が目撃されたことは、今まで一度もないが?」


 腑に落ちない様子で、天佑は聞き返す。


「はい、わかっております。確認したいことがあるのです」


 玲燕は流れる川を見つめながら、頷いた。



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