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◆ 第一章 失われた錬金術(9)

「わたしの見立て通り、玲燕はなかなか頭の回転が速い。ここまで連れて来た甲斐があったよ」

「それはどうも」

「玲燕の予想通り、端からあやかしの仕業などとは思っていない。私は主の勅命を受けてこの件の解決に当たっている」

「……勅命?」


 ドクンと胸が跳ねた。

 勅命ということは、皇帝自らの指示ということだ。つまり、天佑の主は皇帝だ。


 かつて、父──秀燕は時の皇帝の命で事件解決に当たり、失敗して処刑された。幼い頃に見た恐ろしい記憶がよみがえる。


「悪いけどこの件、降りるわ」

「何?」


 天佑の眉間に皺が寄る。


「気が変わった。前金は返す。立て替えてもらった費用も、少しずつ返す」


 玲燕がそう言って立ち上がる。

 皇帝の命で事件解決など、冗談じゃない。皇帝は玲燕が最も忌み嫌う人物だ。


「待て」


 天佑が呼び止める声がした。


「途中で投げ出すとは何ごとだ。──それとも、天嶮学は所詮まやかしだから解決できないか」


 嘲笑の色を乗せた言い方に、玲燕は怒りでカッとなる。


「まやかしではない! まやかしというならば、陰陽師のほうがよっぽどまやかしだ!」

「では、それをお前が証明して見せたらどうだ?」


 天佑は表情を変えぬまま、玲燕を見返す。


「なんですって……?」


「会った当初から思っていたが、その怒り様から判断するに、玲燕は天嶮学士のなんらかの関係者だろう? 弟子ではないと言っていたが、本当は弟子なのではないか? まやかしでないなら、お前がそれを証明して見せろ。それができないなら、そう言われても仕方がないだろう」


 玲燕は唇を噛む。

 天佑の言うことは極めて的を射ている。

 天嶮学がまやかしではないと口で主張するだけでは、それを証明することはできない。


「最後の天嶮学士は皇帝の命で処刑された。私が天嶮学士ゆかりの者だったとして、その恨みで皇帝に害をなす可能性があるとは思わないの?」

「既に代替わりしている今の皇帝に害をなして、なんの役に立つ?」


 天佑はふっと口元に笑みを浮かべる。その表情からは、玲燕がそんな愚かなことをするはずがないという確信が窺えた。


「どうだ? この機会を、利用してみては?」

「……利用?」

「果たしたい目的があるならば、使える手段は全て使え。それが賢い者のやり方だ」


 天佑は玲燕を見つめる。


(お父様の無念を、晴らせる?)


 先ほどまでは絶対にこの件からは手を引こうと決めていたのに、気持ちが揺らぐ。


「今お前が降りれば、天嶮学は永遠にまやかしのままだ」


 玲燕はぎゅっと手を握る。


「……やる。やるわ! やればいいんでしょっ! 私が必ず、そのおかしな鬼火の謎を解いてやるわ!」

「そうこなくては。期待している」


 天佑はにこりと笑う。


(この人、わざと煽ったわね……!)


 その整った笑みを見て、玲燕はこの男が思った以上に頭の回転の速い策士であることを感じた。じとっと睨む玲燕に絶対に気付いているはずなのに、天佑は涼しい顔をしている。


(絶対にさっさと解決して東明に帰るわ!)


 玲燕は決意を新たにする。


「私もその鬼火を見られますか?」

「日によって場所が違うからなんとも言えないが、日が暮れた後に水辺に現れることが多い」

「では、現れる可能性の高い水辺に連れて行ってください」

「わかった」


 天佑は頷く。


 話を終えると、玲燕は小鉢に盛られた豚肉を箸で切って口に含む。何時間も煮込んで作ったであろうそれは、口の中でとろりと溶けて消えた。少しだけ冷えてしまっているが、それでも十分に美味しい。


「美味しい!」

「それはよかった」


 天佑はにこりと微笑む。


(この人、不思議な人ね)


 玲燕を見つめて目を細める様子は、とても優しそうな好青年にしか見えない。けれど、先ほどまでのやりとりを見るに、かなりの策士であることは想像が付く。


「どうした?」


 じっと顔を見つめてしまったので、不審に思われてしまったようだ。天佑は不思議そうに小首を傾げて玲燕を見返す。


「いえ、なんでもございません」


 玲燕は目を伏せると、黙々と食事を摂る。

 小鉢に盛られた小魚を口にして、ふと手を止める。


(これ、懐かしい……)


 遙か昔、これと同じものがよく食卓に並んだ記憶がよみがえる。大明に流れる川──巌路(がんじ)川で捕れた小魚の煮付けだ。


(水辺で鬼火か……)


 一般的に鬼火は墓地で見られることが多い。

 色々とこれが原因ではないかという推測は立つが、やはり実際に見てみないことには断定が難しい。


 玲燕はまた一口、食事を口に運ぶ。

 外からは、秋の訪れを知らせる虫の声が聞こえてきた。


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