◆ プロローグ
秋は実りの季節だ。
収穫しておいた穀物を唐箕に入れて空気を送ると、排気口からは勢いよくもみ殻だけが吹き出した。あっという間に、唐箕のそばにもみ殻の山ができあがってゆく。
「こんなもんでいいかな」
作業を終えた葉玲燕は、今仕分けたばかりの穀物を麻袋に詰め、それを持ち上げる。
まだ十歳の玲燕は体が小さい。袋を持つと、両手がいっぱいになった。
玲燕は転ばないように注意しながら、よろよろと屋敷の裏へと向かう。
「容。終わったわよ」
「まあ、お嬢様。もう終わったのですか? ありがとうございます」
芋を仕分けていた使用人の女性──容は、人のよい笑みを浮かべる。
「それにしても、お嬢様が作ったあの機械はすごいですねえ。」
「唐箕よ」
「そうそう、唐箕」
容はあははっと笑うと、玲燕が手渡した麻の布袋を開ける。
「突然木を組み立てて何を作るかと思えばあんなもん作っちゃうんだから、たいしたもんですねえ。さすがは旦那様のお嬢様です」
容は穀物をひとつまみ、手のひらに載せてじっくりと眺める。綺麗にもみ殻が取れて、実だけが残っている。
「……それにしても、本当に綺麗に仕分けられるのねえ」
「すごいでしょう? だって私、お父様の一番弟子だもの。将来は錬金術師になるわ」
「錬金術師?」
「ええ。お父様と同じ、天嶮学士になるの」
玲燕は胸を張って得意げに答える。
ふと空を見上げると、特徴的な雲が浮いているのが見えた。
「あ。おぼろ雲だわ」
「本当ですね」
容も釣られるように、空を見上げる。
玲燕は以前、父からおぼろ雲は秋の雲なのだと教えてもらったことを思い出す。
雲の合間からは、夕焼けで赤く染まった空が見えた。
◇ ◇ ◇
ドタドタという音に目を覚ました。
「雨?」
最初は屋根を叩く強い雨の音かと思った。しかし、すぐにこの音は雨ではないと気付く。
天井からではなく、部屋の一方から聞こえるのだ。それに、聞き慣れない大人の声も。
いつもと違う様子に、玲燕は飛び起きた。
寝ていたせいで解けかけていた衣の紐を結び直すと、部屋を飛び出て両親のいる部屋へと向かう。その最中、遠目に赤が目に入った。
「火事?」
闇夜に浮かぶのはいくつもの赤い炎。玲燕は目を凝らす。
「違う。松明?」
その松明を持つ見知らぬ男達の顔が、炎の明かりにぼんやりと照らされいた。
「誰? とと様!」
驚いた玲燕は叫ぶ。
すぐに両親の寝室へと駆け出したが、その部屋を目前にして足を止めた。
(あれは捕吏? なんで捕吏がお屋敷の中に?)
黒い服を着た複数の人影。
両親の部屋の前で長槍を構えているのは、罪人を捕らえる役務を負う捕吏に見えた。さらに、開かれた扉の奥には体を縛られて膝をつく父──葉秀燕の姿も。
「何を──」
──しているの!
そう叫ぼうとした玲燕の言葉を、「お嬢様!」という声がかき消した。
自分を呼ぶ声に、玲燕ははっとして振り返る。
そこには、使用人の容がいた。よっぽど急いでいたのか、いつも綺麗にひとまとめにされている髪は乱れている。
「私と逃げましょう」
「嫌よ。とと様は?」
「あとからすぐに追いかけて来ます。さあ、早く」
鬼気迫る様子で容が手を引く。
(きっと、嘘だわ)
そんな、確信めいた予感がした。
玲燕は後ろを振り返る。紐で縛られた状態の父はじっと前を見据えていた。その周囲を、逃げられないように何人もの捕吏が取り囲んでいる。
「──天嶮学という怪しげな学問を誠のように吹聴し、周囲を惑わせた罪は重い」
捕吏の中心にいる一際体格のいい男が叫ぶ。
「よって、天命によりお命を頂戴する」
全身の身の気がよだつ。
「いやよ、離して! 容、離して! とと様。とと様!」
剣が振り上げられる。
炎でオレンジ色に照らされる壁に、赤が散った。