第3話 連行
第3話 連行
早朝、金属音と足音で目が覚める。
瞬間、全身が冷たく引き締まり、寝ぼけた頭の奥で警鐘が鳴る。手探りで枕元に置いてあったハンドガンに触れ、その冷たい金属が掌に伝える感覚に完全に目を覚ます。
静寂の裂け目を覗き込むように窓へ寄ると、朝焼けにはまだ頼りない薄明かりの中、甲冑を纏った人影が群れをなしているのが見えた。鎧同士が微かに擦れる音、金具が触れ合う乾いた金属音。窓から確認できるだけで四人──だが、周囲を包む不自然な静けさと、遠くから伝わる足音や抑えられた声から、もっと大勢いることは確信できた。
脳裏に浮かぶのは先日の記憶──血まみれの教会、先日の砲撃の爆音と黒煙。来た理由は複数考えられるが、情報伝達の遅いこと、移動速度のことを考えれば、まずは村の生存確認が目的だろう。見つかるのは時間の問題だ──だが、妙なことに胸の奥に安堵も混じる。この機会に城へ出向けば「身分不詳の旅人」ではなく、何かしらの立場を得られる可能性がある。責められるべき事実があれば説明すればいい。実際、自分は直接関わっていないのだから、理屈では問題にならないはずだ。
ならば、とそのまま目を閉じ、見つかるのを待つことにした。
しばらくして、外から押しのけるような声と共に扉が揺れる。
「おい!人がいるぞ」
「おい、生きてるか!」
鉄の嗄れた声が重なり、体を強く揺すられる。強張った緊張が抜けるのを感じ、ゆっくりと目を開ける。目に映るのは甲冑の艶と、面頬の影。
「あれ、?皆はどこに?」
わざとらしく、困惑した声をだす。
「皆のことは知らんが、我らはアラド男爵家の騎士だ。タラ村との連絡が取れなくなったと報を受け、参上した。何があったか覚えているか?身内はいるのか?」
声の主は確かに騎士のそれで、言葉には官職の重みがこもっている。甲冑の縁に刻まれた紋が朝の光を受けて冷たく光る。問いかけられて、口からは真実めいた嘘をだす。
「いや、自分は独り身でしたので、最後は火を消していたはずですが……」
騎士は一瞬唇を噛むようにしてから頷く。
「そうか……まぁいい。どうであれ話は聞かねばならん」
「わかりました。できるだけ協力させていただきます」
その後、家の中での軟禁が始まった。扉一枚の向こう側で鎧同士が擦れる音、時折聞こえる低い囁き──盗み聞きした範囲では、話は「アンデットの軍団」による襲撃で広がっていた。自分の推測が当たっていたことに内心ほくそ笑む半面、その認識が極めて短時間で広まるほど被害が多数に及んでいるのだと気づく。
あの一連の爆発音、先日のアウストラット要塞の、、いや、あれはシャルンホルスト級の主砲だけか、あの艦砲の話も誰かの口から出たが、詳細は掴めなかった。
太陽が頭上を越えて少し傾き始めた頃、先ほどの騎士に続いて、より豪奢な装飾を纏った男が現れた。隊長格だろう。銀糸で縁取られた甲冑、徽章の精巧さ。元の世界で言えば階級はそう変わらないはずだ──そう思うと妙な連帯感と疎外感が同時に湧く。彼は椅子を勧め、俺も言われるまま腰を下ろした。
「少し話を聞かせてもらおう」
皺の寄った額、鋭さを残す三十後半の顔。だが目は冷静だった。
「はい、なんでしょうか」
「最近、アンデットの軍団が村を襲って回っている話は君も耳にしているだろう。差し当たって今回もその様だ。村を見て回ったが、残念ながら生存者は君だけのようだ。いくつか質問したい。君の名前と気を失ったおおよその時間、それと君の持ち物についてだ」
問いは静かだが、ひとつひとつが確定を求める刃に思える。答えると、その刃が少しだけ軋むのを感じる。
「はい、騎士殿。私、名はシュランゲと申します。気を失ったのは二十一時頃です」
次に彼は机の上に置いた端末とmk23を指で示す。
「この黒い方は変わった形だが?」
「これは金槌です。こちらは大まかな長さを測る定規です」
「ということはシュランゲ殿は技術職か?」
「そんな大層なものではありません。まだ見習いの身です」
「そうか、それは失敬。ではしばらく待たせるが、アラドへ護送しよう。暫くは軟禁だろうが、明日になれば解放されるだろう」
「そうですか、感謝します」
「いやいや、税収のためにもアラドで頑張ってくれよ」
騎士の言葉に、俺は苦笑いを返す。騎士の給与が税収次第で変わるかどうかなど考えても仕方ないが、ふとそんな他愛ないことが頭をよぎるのは、緊張の綻びかもしれない。話が終わると、気遣いという名目で黒パンと水が渡された。昼食を取れていなかったので助かった。
時刻は十五時ごろ。馬二頭に引かれた馬車に乗せられ、騎士三人と共に移動を始める。先ほどの隊長はいなかった。移動中、一人が寝息を立てて深く眠っているのを見て、単純に疲れているのだろうと推察する。無言の揺れと、外に流れる風の匂い、木箱のきしむ音が続く。
周囲が完全に暗くなったころ、城壁が視界に入る。城門の衛兵と騎士が短い会話を交わすと、大きな門がゆっくりと開かれた。夜であるにもかかわらず城内は驚くほど明るく、活気に満ちている。おそらく街灯の代わりに魔石が光を放っているのだろうと騎士が言う。目の前に広がる夜の景色は、魔術が日常に溶け込んだこの世界の証左のようで、さすが異世界だと思わざるを得なかった。城壁付近で馬車から降ろされると、みすぼらしい服の俺が騎士に連れられていることで通行人の視線がざわめいた。道の両脇には飲食店や武器屋、少し外れれば鍛冶屋や酒場の暖かな灯りが見える。匂いは油と焼けた肉、そして酔いが混じっている。
連れて来られた先は衛兵詰所の小さな詰め所だった。騎士たちはそこで解散し、俺は衛兵に引かれて小さな独房のような部屋へ入れられる。隊長の言葉通り、明日には出られるが数日は監視付きだという。言葉通りなら、この数日は無視できる猶予だ。食費を節約できるという下世話な安堵に、俺は端末を取り出してみた。すると見慣れないアプリのアイコンが目に入る。妙だな、と思いつつ開くと、白い画面に一言だけ。
「忘れてた」
なんのことだと思いつつ見るとなんということでしょう、この世界の通貨とポイントを両替できる機能があるではないですか。
つい舌打ちが漏れる。「あんクソ野郎」と小さく毒づきながらも、もしこの機能が無ければ中世レベルの治安の中で野宿を強いられていたかもしれないと考えると、ちょっとだけ感謝する
夕食として出されたのは黒パンと、見た目は豚のような肉だった。腹が減っていたこともあり、ありがたく食べた。口に入れたときの脂の甘さと歯ごたえは確かに肉らしい。だが、それがトロルという魔物の肉だと知るのはしばらく後のことである
時間の概念は実際の中世頃は、だいぶ曖昧だったそうですが、まぁファンタジーなんで許してつかぁさい。




