第2話 砲撃の正体
教会前の広場に身を移すと、かつては人々が集ったであろう靴音や声が今は風だけに置き換わっているのがよく分かった。地面には草の擦れ跡と、乾いた血の斑点が脈打つように残っている。端末を取り出してホーム画面を開き、マジックポケットを選択すると、一覧が現れた。
・m72
・ヘルメット
・ジープ
先日中身をまともに確認できなかったことが頭をよぎる。迷うことなくジープを選び、取り出すボタンを押した。端末のレンズが一瞬フラッシュのように光り、空気に少し新品特有の金臭さとオイルの匂いが混じる、視界の一角にオリーブドラブの車体が姿を現した。見慣れたタイプのウィリスジープだった。今でこそ装甲型ハマーなぞ運用できているが、数年前まではすごく世話になっていた車両だった。後部には畳まれた天幕と予備のタイヤが一つ、綺麗に固定されている。そして運転席側に回って給油口を覗き込むと、ひと目でわかるほどには満タンに入っていた。
ギアをニュートラルに入れ、チョークを引き、イグニッションをONにする。手順は複雑だが、体が覚えている。アクセルを少し踏み込んでスターターペダルを力強く踏むと、哮るような低いエンジン音が周囲の静寂を切り裂いた。スターターペダルから足を離し、チョークを緩めるとエンジンの回転が落ち着き、アイドリングが安定する。燃料メーターは少しづつ上がり始め、水温計や油圧計の針も徐々に動き出す。振動が手のひらを伝い、ジープは生き物のようにボンネットを揺らした。
試しにアクセルを強めるとジープは砂利を噛むように前へ出た。タイヤが小石を跳ね上げ、乾いた土煙が後方に帯状に立ち上る。視界に広がる廃村の家並みが後ろへ流れ、教会の鐘楼がゆっくりと遠ざかっていく。日差しが真上に近づき、影は鋭く短くなってくる。
「よし」小さく呟く。声はエンジン音に飲まれるが、自分への号令として十分だった。残る二つの建造物。
反応があった方向へとジープを走らせた。砂埃が揺れる中、緊張が途切れないまま、廃村を後にする。
砲撃を受けたポイントに到着すると、すぐにFALを取り出してマグニファイアを覗き込んだ。ストックの冷たい重みが頬に伝わる。クレーターをじっと見つめる、確証が欲しかったのだ。地面のえぐれ、土の盛り上がり、周囲に散らばる破片の大きさ、それらの情報を可能な限り組み立てる。
クレーターから読み取れたことは、2つに絞られた。
・口径は少なくとも203mm以上、マップから見るに大戦時の大口径砲塔。
・クレーター跡はどれも一緒な為少なくともその射程に追随できる火砲は存在しない
眉間に力が入る。どうやって補足したのか。答えは出ないまま、ジープで慎重に場所を変えた。地表を踏むタイヤの感触が伝わってくる。草原にしては小石が目立つ、そんな些細な違和感にすら注意を向けられる余裕がある程何もない、先程の砲撃が嘘だったかのように。
少しずつ木々が濃くなる。しかし異世界の森とはこんなものなのだろうか、昨日端末で読んだ魔物はおろか動物すらいない、不気味な森だ。
目標まで10kmを切ったあたりで高所を探し、ジープに座ったままマグニファイアを持ち上げてその方向へ覗き込む。視界の向こう、木立の切れ目に一際大きな影が落ちている。石造りの塔と、そこに据えられた大きな砲台。塔は倍率を上げても細部は潰れ、ただ何かが動いているようにしか見えない。冷たい風が頬を撫で、エンジンの振動が耳の奥で唸る。
端末を取り出し、2つの写真を1枚撮ってから、塔から見えない丘下の陰に移動する。緑に押しつぶされそうな小径をかき分け、脈打つような静けさの中で写真を確認する。画面の中の砲塔を見つめるうちに、胸の奥に冷たい既視感が広がった。
幼い頃、家族と行ったノルウェーの海辺の要塞。姉と二人、曇った海を背にして笑いながら写真を撮ったこと。過去の光景が思う起こされる。思い出された名称が重なり、確信に変わる。
(あれは…アウストラット要塞だ、たしかシャルンホルスト級戦艦の主砲だったか)
急に当時の記憶が思い起こされる。
しかしあのような石作りの塔があった記憶はない、塔はこちらの世界のものなのだろう。
仮説を組み立てているうちに、やはりもっと近くまで寄る必要があると結論づけた。だがジープのエンジン音はこの森では致命的だ、そう思い、ジープを降りて扉を閉めたその瞬間、先程までいた丘で大きな爆発音が鳴り響いた。砲撃だ。
衝撃波が微かに身体を揺らし、枯葉の匂いと焼けた土の匂いが鼻腔をつく。
走ってジープに飛び戻り、アクセルを深く踏み込む。丘が幸い盾となり、砲声は破片となってこっちまでは届かなかった。後ろを振り返ると、丘の向こうに黒い煙が薄く立ち昇るのが見える。
(迂闊だった)
つい安堵を覚える。
(まず捕捉方法が分からなければ近づけないな)
そう考えながら、ハンドルを回す。魔術による索敵か、それとも機械的な観測手法か。しかもこの世界の「魔術」がどう干渉するかは未知数だ。
迷いを抱えつつ、俺は再び廃村へジープを走らせた。村へ着くと、相変わらず人影はない。家々は夕暮れの影に沈み、窓ガラスは所々割れて風を通している。端末を開いて魔術に関する資料を漁った。占術、観察術、追跡結界等々──種類は豊富だが、どれも専用の呪文詠唱や術式の「触媒」、あるいは術者を必要とする。端的に言えば、俺には使えない。手順が書いてあっても、おそらく俺には燃料となる魔力がない
ならば術を使える誰かを探すしかない。だがこの村に人はいない。代わりに目を付けたのは、近隣で人の多そうな街「アラド」。情報や術者がいる可能性がある。マップを開き、ジープで通れるが人目につきにくい脇道を慎重に選んだ。主要幹線らしき道を避け、林間の小路を繋ぐルートをプロットする。燃料は4分の3、ジープは頼もしくエンジンを低く唸らせている。準備が整っていくたびに、緊張は少しずつ現実味に変わった。
村で衣類を漁り、目立たぬ旅装に着替える。古いコートは少々匂いが染みついていたが、動きやすく防風性がある。靴は多少きつかったが、きちんと紐で締め直せば問題はない。ポケットには端末とMK23だけを残し、ナイフやジープ含む過度に目立つ装備はマジックポケットへとしまった。目立たないことが今の最優先だ。
日の入りが早く、意外にもあっという間に夜が訪れた。食事をかき込み、身支度を整えると疲労がどっと襲ってきた。ベッドではなく床にくるまって眠りについたが、夢は浅く、時折家族との、姉との思い出が頭の中を繰り返す。耳の奥でまだ懐かしい声が聞こえているような気がして、普段より少しだけ心が落ち着いた。だが眠らなければ体力が続かない。眠りの中でも計画を反芻し、明日アラドで誰を探すか、どの術が現実的かを頭の片隅で整理し続けた。
お久です
今まではシュラングくんの心情しか書いてなかったんでアレですが、次からは会話パートあると思います、たぶん




