31話 大公爵邸への訪問と手術
「あ、王都が見えてきましたよ!」
リアが窓の外を見てそう言う。
こうして私以外の人と一緒に王都に表立ってくるのは初めてだな。
検問所がありそこにはいつも通りというかなんというか、あいつが今日も担当だった。こんな偶然あるか?普通。
リアとジアスの顔見られるだけでチェックが終わった。
やっぱり、顔パスこの2人は顔パスでもいけるんだなと思っていると。
「お久しぶりですね、春人さん」
「久しぶりだな、カイゼフ」
「名前覚えてくれたのですか?」
「もう何回も会っているしな」
「2人は知り合いですか?」
2人で話しているとリアからそんな問いかけがあった。
「まぁ、いろいろとあってな。詮索しないでくれると助かる」
「わかりました」
「長々と引き止めてしまい申し訳ありませんでした。どうぞお入り下さい」
そのまま馬車はひたすら真っ直ぐに突き進み、貴族街と庶民街を分ける橋の検問所までやってきたが、当然ここもスルーだった。
「この橋の先からは貴族街となっております」
貴族街はやはりと言うべきか、綺麗で立派な屋敷が建ち並んでおりそこを通りを抜けて、やがて馬車は王城に一番近い大きな邸宅の前に出た。
そして敷地の壁がこれまた長い。
門番たちがその重そうな大きな扉をゆっくりと左右に開く。その門には大きくクラウディウス大公爵家の紋章がカラーで刻み込まれていた。
馬車は玄関前で停まり、リアが最初に屋敷の中に入った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「只今戻りました」
左右にズラッとメイドたちが並び出迎えの挨拶をした。
やはり大公爵家なだけあって、メイドの一人ひとりがしっかりと英才教育を受けていることがわかるな。
正面奥にある大階段から一人の男性が駆け降りてきた。
「リア!」
「父上!ただいま戻りました」
「……良かった、本当にリアが無事で、本当に良かった……!」
「安心してください父上。私はこの通り大丈夫です。それに早馬に渡した手紙にも無事だと書いたではありませんか」
「手紙が届き、馬車が襲われているという報告を受けた時は心臓が止まるかと思ったよ……」
この人がクラウディウス大公爵であり、リアの父親か。
なんか、思っていた以上に親バカなのかな、この人。
金髪は、やはりベルンガ王家の遺伝なんだろう。大公爵も見事な金髪である。
そして、大公爵とは思えねほどしっかりとした体つきである反面、顔は柔軟そうな感じである。
「……君たちが手紙に書いてあった娘を助けてくれた冒険者達かな。娘を助けてくれて本当に感謝する」
クラウディウス大公爵は、そう言って私達四人に頭を下げた。
貴族、しかも最高位である大公爵が威厳も関係なく一人の父親として今頭を下げたのだ。
だが、配下の者達がいる前でこれ以上頭を下げさせるわけにはいかないな。
「頭を上げてください、クラウディウス大公爵。私達はたまたまあそこを通りかかっただけなのです。ですのでどうか、頭をお上げください」
「感謝する」
そう言って私たらはお互い握手をした。
「では、改めて自己紹介をしよう。私がこのクラウディウス大公爵家が当主、フーリン・フォン・クラウディウスだ」
「望月春人と申します。名前が春人で望月が家名です」
「なるほど、イシュタリカの生まれかな?」
正直言ってもうそれは良いんだっての。
私たちはその後、そのまま屋敷の応接室に案内された。
「なるほど、手紙の配達の依頼でこの王都に君たちは来たというわけなのか」
私たちはお茶を楽しんでいた。
しかし、トワ以外の3人はやはり緊張してお茶を楽しめてはいない様子だった。
うん。流石は大公爵家なだけあってこの紅茶やお菓子もなかなかに美味いな。ていうかなんかどこかで食べたことがあるような……。
「気に入ってくれたようだね。そのお茶や菓子は最近王都などで話題のアセドライン商会から取り寄せた最高級のものなんだ」
「「ゴホッゴホッ」」
「大丈夫かい?」
「ええ」
アセドライン商会の名を聞いて思わず私とトワは咽せてしまった。どおりでなんか食べたり飲んだりした味だなと思ったよ。
「とにかく、その依頼を君たちが引き受けなければおそらくリアは暗殺されていたか拉致されていただろう。改めて本当にありがとう」
「その件ですが、私は後者だと思います」
「差し支えなければその理由を聞いても良いかな?」
「その理由は単純にその犯人から拉致が目的だったと聞いたからです。あの場には今回捕まえたやつ以外にも木の上ら辺に2人ほどいましたが、すみません。そちらは逃げられてしまいました。それに今回の拉致の理由はおそらくはバルハラン王国との同盟を阻止するために獣人差別派がリアを人質にしようとしていたのではないかと思われます」
「そうか、にしてもよく知っているね」
「貴族に対するちょっとした情報網があるだけですよ」
貴族連中の情報をあまり持っていても不審がられるからそこら辺は注意しないといけないのをすっかりと忘れていたな。危ない危ない。
そんな事を考えていたら……。
「父上お待たせしました」
「クリスには帰りの挨拶は済んだのかい?」
「はい。ですが……」
「あの差し支えなければクリスさんというのは?」
「私の妻だよ。本来ならば娘の恩人に顔を出すべきなんだろうが、今は病で倒れており立つことすらままならないんだよ」
「治療は当然おこなったんですよね?」
「ああ、この国中の治癒魔法の使い手を集めて治療に当たったのだが効果が無かったんだ」
「クラウディウス大公爵。ご存じだとは思いますが、治癒魔法とはあくまでも外傷……肉体的な怪我は治せますが、病まで治せるほど治癒魔法は万能な魔法ではありませんよ」
「もちろん、宮廷医師にも診てもらったのだが治すのは難しいと……」
そうか、宮廷医師にも診せたんならば相当なものなのだろうな。
「それ、春人さんに一回診てもらえばいかがでしょうか?春人さんも宮廷級医師の資格を持っていますし」
「それは本当かね!!」
ちょっ、近い近い!
「わかりました。一旦クリス様の様子を診てみなければ分からないので、クリス様のところへの案内をお願いできますか?」
「わかった。案内しよう」
そうして、クラウディウス大公爵の案内でクリス様の部屋へと訪れた。
「クリス入るぞ」
部屋の中に入るとその部屋の奥にあるベッドの中には顔色が悪い女性が寝ていた。
「あら、あなた。お客様ですか?」
「初めまして、望月春人です。失礼ですが、もしかして目が見えていないのですか?」
「ああ、病のせいで目が見えなくなっていったんだよ。それとクリス先程の話だが、春人殿はリアが大変お世話になった方でな……。お前の事を話したら診てくださるそうだ」
「診る……?ですが、既に宮廷医師が診てくださったのですよ?もうどうにもならないのでは?」
「この春人殿もまた、宮廷級医師の資格を持っているのだ。同じ宮廷級医師でもあるから少しでもお前が助かるのであればと思い連れてきたんだ」
「そうでしたの……」
診察をするためにベッドの近くに診察用の機材を【ストレージ】から取り出した。
「これらのは一体何なんだい?」
「これらは私が集めた医療用のアーティファクトです。これを用いての診察をおこなったりします。まずは、これをクリス様の体に貼り脈拍数を計ります。ちなみにこのアーティファクトは私以外の人も扱うことは可能ですが、それ相応の知識と技術が必要となります。それでは貼っていきますね」
すべて貼り終えて正常に作動しているか機械を確認する。
「これが現在のクリス様の脈拍です。一般的な正常時の脈拍に比べてかなり低いことがわかります。では次に診察をおこないます」
そう言って私は小さな声で、
「【鑑定】」
と、唱える。
なるほど、病名はわかったが、まさかふたつもあったのは予想外だ。それにそのうちの1つは今すぐに手術をしないと助からない可能性が高い。
クリス様の患っていた病気はふたつ。
1つ目は、乳がんでありこれはすでにステージ3cにまでなっていた。
※乳がんとは、乳腺の組織にできるがんで、多くは乳管から発生するが、一部は乳腺小葉から発生する。 乳がんの主な症状は、乳房のしこり。 ほかには、乳房にえくぼやただれができる、左右の乳房の形が非対照になる、乳頭から分泌物が出る、などがある。そして、ステージ3cは、シコリの大きさに関わらず、腋の下のリンパ節と胸骨の内側のリンパ節の両方に転移しているケース。あるいは、鎖骨の上下にあるリンパ節に転移があるケースをいう。五年生存率は約50%を下回る。
2つ目は、白内障である。
※白内障とは、目の中のレンズの役割をしている水晶体が白く濁ってくる病気である。 白内障の原因で主なものは加齢で、水晶体の成分であるたんぱく質が活性酸素によって変化して、白く濁ります。 白内障の濁りは、薬で取ることはできない。 そのため、最終的には白内障手術を受けることになる。
……なるほど、まず初めに手術をした方がいいのは乳がんからだな。
「病名がわかりました」
「一体何の病なんだい」
「クリス様の患っている病は、乳がんと白内障の2つでした。クリス様の目が見えないのはこの白内障のせいですね。ですが、この乳がんをこのまま放置していた場合間違いなく死にいたります。出来れば今すぐにでも手術をしたいのですが……」
そりゃあやっぱり黙るよな。普通すぐに手術と言われても戸惑うのは当たり前だ。と思っているとクリス様が驚きの発言をする。
「その手術をすれば助かるのですか?」
「はい。ですが、今のクリス様の体力では手術を耐えられない可能性もあります。最悪の事態では、手術中にそのまま亡くなるという事も考えられます。それでも受けますか?」
「はい。少しでも助かる可能性があるのであれば、このまま黙って死んでいくよりは遥かにマシです!」
「わかりました。そこまでの覚悟があるのであれば私も全力でその気持ちに答えてみせましょう」
この私が必ず2つの手術を成功させてみせよう。
「春人殿……どうかクリスをよろしく頼む」
とクラウディウス大公爵が言う。
言われるまでもない事だ。
ベッドの周りを結界で囲い無菌室状態にする。
そして手術着に着替えて手術の準備を始める。
準備というのは主に機材を【ストレージ】から取り出して使えるかの確認やクリス様に麻酔を入れて眠るまで待つといった感じである。
手術着に着替える。
「ではこれよりクリス様の手術を始めたいと思いますので、この結界内から出てください。また、終了はおよそ3時間くらいです」
「わかった。クリスを頼む」
「任せてください。成功させますので」
他の全員が結界の外に出たのを確認してからクリス様が眠っているのを確認、それから脈拍数の確認をしてから式を呼び出した。
今回呼び出した式は2人である。
《召命───鬼神》
《召命───鬼神》
どちらとも鬼神と呼ばれる妖であるが、極めて大人しく指示に従ってくれる存在で、地球にいた時にはこいつらや他の奴らにかなり助けられたものだ。
「では、これより乳がん及び白内障の緊急手術を開始する。まず初めに乳がんの乳房部分切除術を始める」
ふたつの異なる手術をやるのは初めてだが、おそらくこの世界でまともな手術をできるのはたぶん私くらいだろう。
だからこそ、私がやるしかないのだ。
一方、結界の外では。
「……クリス、大丈夫だろうか?」
クラウディウス大公爵が心配するのも無理ないだろう。
なんせ、結界は中が見えないようにしてあるし、何より今日あったばかりの人物にいきなり自分の妻の命を預けたんだ。心配するのはごく普通のことだ。
「春人様ならばきっと大丈夫ですよ。実際にこれまでにも手術を何度かおこなってきているのです。これが初めての手術というわけではないので大丈夫だと思いますよ」
「そうだな。私が彼を信じなくてはならないのだ。トワ殿ありがとう」
「どうか春人様を信じてください。クラウディウス大公爵様」
それから3時間と20分が経った頃ベッドの周りを囲んでいた結界が上から徐々に崩れていった。
その結界の中からゴム手袋とマスクを外しながら春人が出てきた。
「手術は無事成功しました。今は麻酔による影響で眠っていましすが、30分もすれば目が覚めると思いますので安心してください。その他にも説明をしたいことがありますが、それはクリス様の目が覚めてから直接ご説明させていただきます」
すぐに手術着から白衣に着替える。
それから30分が経過して、クリス様が目を覚ました。
「ん……。ここは……」
「目が覚めたようですね。ここはあなたの私室のベッドですよ。目が覚めてすぐで申し訳ないのですが、まず目は見えますか?」
乳がんの手術の他に白内障の手術もやったんだ。目が見えていなければ話にならないからな。
しばらく宙をさまよっていた視線がだんだんと落ち着いていく。パチパチと瞬きをしたかと思うと、顔をクラウディウス大公爵とリアの方へ向けた。
「……見える……見えます。見えますわ、あなた!」
クリス様はボロボロと嬉しそうに涙を零れ出した。
「クリス……ッ……!!」
「母上……!!」
3人はお互いを抱きしめ合って泣き始めた。2年ぶりに見る夫と娘だ感極まるのも当然のことだろう。
ふと壁の方を見てみると、長年この家に仕えている執事のジアスも顔を上に向けて涙を流していた。
う〜ん、クリス様を診たいんだけどこの空気では流石に言い出しにくいな……。
3人が落ち着いてきたのを確認して、クリス様を診るためクリス様に声をかける。
「あの、感動中に申し訳ないのですが、手術後の体の異変がないかどうかを確認したいので診させてもらってもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。すまない」
私は【ストレージ】から専用のライトを取り出してクリス様の目に向ける。
「まずは、今から言う方向を見てください。まず左、右、上、下。うん、特に目の方は問題はないですね。次は脈拍の方を確認しますね」
聴診器を取り出して聴診する。こっちも問題ないな。
「どちらとも問題ないですが、念のため一週間はあまり体を動かさないようにしてください。それと、目の手術で眼内レンズというものを入れるために眼に微小な穴を空けていますので眼内炎などの感染症発症防止の可能性を少なくするために今日から1週間は、洗顔・洗髪を控えるようにして下さい。もし、見え方に変化があるようでしたら、速やかに私に伝えるようにして下さい」
「はい。わかりました」
※眼内炎とは、眼球の内部が、細菌や真菌(カビ)に感染して膿んでしまうものである。 原因菌は、手術の傷口から眼内に侵入する場合と、体の他の部分に感染していた菌が血液に乗って眼内に入る場合がある。 眼内炎は非常に重篤な感染症で、最大限の治療を施しても、眼を救えないこともある。
そして、また泣き始めたと思うと、今度はアイリスとトリスそして信女の3人が泣いていた。
そうして私たちは、いつまでも泣きながら喜ぶ親娘を、暖かく眺めていた。
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