176話 姉達(神)がやって来た(前編)
プルルル、プルルル。
私のスマホから着信音が鳴る。私は、その着信音が鳴っているスマホをポケットの中から取り出して、スマホに表示されている登録名を見てみると、珍しい方からだった。
「はい、もしもし望月です。どうしました?エレナント様」
そう。珍しい方というのは、エレナント様のことだ。
「突然電話をしてしまい申し訳ありません。一応、こちらから問題なさそうなタイミングで電話を掛けているのですが、今大丈夫ですか?」
「はい、全然問題ありませんよ。それで、どういったご用件ですか?」
「実は、そちらの世界に恋愛神と剣神の二神を行かせることになりました」
「は?」
エレナント様が突如として、そんな突拍子もないことを言い出し、そんな変な声が漏れるのと同時に、思考が思わず停止した。
「ちょっ、ちょっと待って下さい!なんでその2柱をこっちに向かわせることになったんですか?説明を求めます」
「まあらそうなりますよね……分かりました。下級神とはいえ、神が二神も向かわせたのかをご説明します。少々話が長くなってしまうことは予めご了承ください」
そう言ってエレナント様は、事の経緯についての説明を始めた。
「つい先日の話になります。神界に何者かが侵入し、神界にある神器庫……まあ、神器が保管されている宝物庫だとでも思って下さい。それでその神界への侵入者が、神器庫の中に保管されていたある神器を3点盗み出し、神界から別の世界へと逃走をしました。また、この神界へ侵入された際に、対応に当たった神々が複数負傷するという大惨事となりました。そして、この事件を重く受け止めた上級神などを含めた神々がその侵入者の足取りを調べた結果、春人さんがいる世界に逃げ込んだことが判明し、斥候役として恋愛神と剣神を春人さんのいるそちらの世界へと送り込んだという訳です」
「なるほど。では、こちら側からいくつか質問をしてもよろしいですか?」
恋愛神と剣神をこちらの世界に送り込むことになった事の経緯については分かったので、その話の途中で、疑問に感じたことをエレナント様に聞いてみることにした。
「はい。何でしょうか?」
「まず、1つ目は何故、斥候として恋愛神と剣神の2柱を選んだのかについてです。戦闘系の神である、剣神の方は理解できますが、戦闘系ではない恋愛神を選んだ理由が分からないのです。普通なら戦闘系の神を選ぶはずですよね?それこそ、暗殺神とかがいますよね?」
「それに関しては、現在、神界のセキュリティー強化の為、戦闘系の神を下手に斥候として向かわせて、捜索中の間に再びやられてしまっては意味がない為、ほとんどの戦闘系の神は、神界の防衛にまわってもらっています。まあ、本音を言えば、先の侵入事案の際に、対応に当たったほとんどが戦闘系の神で、斥候へやれる余裕がなかったというのが現状ですね。まあ、そんな訳で後のことはお願いしますね。一応、恋愛神と剣神には、春人さんの居場所やある程度の情報は渡していますので。それと、恋愛神と剣神については、以前の結婚式に参列した時と同じ設定にしておいてますので安心して下さい」
「確か恋愛神の方が、私の姉で長女の望月歌恋で、剣神の方が、姉で次女の望月双刃でしたよね?」
「ええ、そうです。では、そういうことなので後はよろしくお願いしますね」
エレナント様は、そう言い残して、私との通話を切った。
そうして、エレナント様との通話を終了した瞬間、コンコンコンとドアが鳴る。
「どうぞ」
そのドアの向こうにいる人物に対して、そう一言言うと、ドアが開きその人物が中へと入る。
「春人様。少しよろしいですか?」
「ん?どうしたテレスにトリス?」
執務室の中に入って来たのは、テレスとトリスの2人だった。それにしても随分と珍しい組み合わせだな。
私は内心そう思いながら、2人にそう尋ねる。
「実は先程『暗黒群』から、ベルンガ王国とこの国の国境付近で、妙な空間異常が発生したと報告を受けましたのでお伝えしに来ましたの……」
「何でその情報を君らに渡したんだ?」
「たまたま報告に向かおうとしていた『暗黒群』の方と遭遇して、そこで丁度春人さんのところに向かおうとしていると伝えたところ、私達に代わりに伝えてもらえないかと頼まれてしまいまして……」
「補足しますと、どうやら急いで報告した後に現場へ向かわなくてはならなかったそうですわ」
「なるほど。現場へ急いで向かうために報告を君達に託したと言う訳か」
確かにこの子達経由で、私に情報を伝えた方が、現場へ向かう時間も短縮できる。そう考えれば合理的とも言えるので、なかなか責めることはできない。
「その妙な空間異常って、もしかしてドランクなんですの?」
「ん〜どうだろう。一概にドランクだと決めつけることはできないんだよなぁ」
「どういうことですの?」
その報告の内容からドランクだと思い、そう呟くテレスに対して、私はそう言うと、テレスが聞き返す。
「えっとさ。空間異常って言うのは、そもそも幾つかの種類があるんだよ。まず一つ目に、さっきテレスも言ったようにドランクが無理矢理この世界に入り込もうとして、空間に亀裂が発生して、空間に異常が発生してしまう場合。二つ目に、ただ単に世界のバグによって、空間に異常をきたしてしまう場合。三つ目は、別の世界の人間がこの世界へとやって来た場合だ。今言った内容で疑問に思ったことはあるか?」
「はい。二つ目の世界のバグとはいったいどういうことですの?」
まあ、世界のバグと言われて疑問に感じない奴なんている訳ないから、そんな疑問が頭の中に浮かぶのは当然だわな。
「世界のバグって言うのは、簡単に言うと、世界が均衡を保つ際に異常を起こしてしまった現象を言う。ここからは少し小難しい話になるかも知れないが構わないか?」
「はい。お願いしますわ」
「世界っていうのは、創造と破壊。そして修復で成り立っている。『創造』とは、時代を進める為に必要なものであり、それなくして時代を先に進めることはできない。だからこそ世界は、そんな事のできる存在を創り、この世に誕生させる。次に『破壊』とは、先に述べた『創造』が先に行き過ぎないようにする為に、ある程度の技術や文明レベルを残して、行き過ぎた分を破壊する。最後に『修復』とは、その崩壊した文明をある程度にまで修復し、新たな『創造』へと繋げる。これの『創造・破壊・修復』の3つを世界の三法則という。だが、さっき言った途中で、何かしらの異常が発生してしまえば、世界はその三法則が崩れてしまい、何かしらの現象として世界に現れる。例えば、異常気象だったり大規模なスタンピードの発生。そして、空間の亀裂の発生だったり強制転移などの空間異常。更に珍しいものだと過去や未来に異常を齎す時空間異常だ。そういうのを総称して「世界のバグ」というんだ」
正確に言えば、これらを取り仕切っているのは、世界自身ではなく、それぞれを事象を司る神々であり、世界自身は、あくまでも神々から業務委託されているような形だが、それを話せば、かなり面倒なことになるのが目に見えているので、そこら辺は言わないことにした。
「世界のバグについては分かりましたわ。それで、今回の空間異常は、結局どういったものになるんですの?」
「それはまだ報告が来てないからなんとも言えないな」
私がテレスにそう答えた瞬間、私のスマホから、プルルル、プルルルと着信があり、その表示を見てみると、リリーだった。
「こっちで報告とは珍しいな」
「シリウス少将!直接報告が出来ず申し訳ありません。ですが!先程発生した空間異常の狭間から異世界人と思われる人物2名と、その場で待機していたスターズの隊員と戦闘になり、複数人が負傷しています。幸いにも死者は今のところ無いですが、いつ死者が出てもおかしくない状況です。また、本部や各支部でも現場への増援を行ったりしていますが、時間稼ぎ程度にしかならず……そこでシリウス少将には申し訳ないのですが、こちらの人数的に増援に出せる最後の部隊と一緒に現場へ応援に向かってはいただけませんか!!」
「分かった。状況を把握したいから、そっちへ向かう。今は、こっちにいるんだよな?」
「はい」
「分かった。すぐに向かう」
私はそう伝えて通話を切り、スマホを仕舞う。
「という訳だから、悪いんだが少し出る」
「はい。内容は聴こえませんでしたが、春人さんのその様子からして、かなりマズイ状況なんですよね?」
私が2人にそう告げると、トリスがそう聞いて来た。
「ああ、だから急いで向かわなくてはならない。何があったらリリー経由で伝えるから、2人は、みんなと一緒にこの城に居てくれ」
「分かりました(わ)」
2人がそう返事をしてくれたので、私は城の地下にある『暗黒群』本部……今の状況的には、アルマー支部と言うべきか。その会議室へと転移する。
会議室へと転移すると、会議室内は、慌ただしい様子だった。これだけの事件が発生することはほとんどないのだ。こうなるのも当然と言えるだろう。
すると、私がいることに気付いたリリーが挨拶をする。
「シリウス少将。お疲れ様です!」
「早速だが、現在の状況を分かり範囲で、出来るだけ詳細に頼む」
「はい。まず、空間異常を検知したのは、今からおよそ1時間前。場所は、アルマー王国領内ですが、ベルンガ王国の国境付近でもあります。そして、その検知された空間から異常な力を持つ存在が2つ確認された為、念のために『暗黒群』から30人と指揮官級を2人、ベルンガ支部の機動総隊、バルハラン支部の機動総隊。それから本部からシールズの第1〜9部隊までと機甲戦術隊と砲撃隊。そして、ヘリを中心とした航空部隊がそのあと異常空間を包囲する布陣で待機していました。そんな中、空間が開き、中から2人の異世界人と思わしき存在が出現。まず、その場にいた指揮官が、その2人と交渉しましたが、その2人と戦闘になり、相手の方の戦闘能力が凄まじく、複数の部隊が死亡はしていないものの、重傷者もいるほどの戦闘が現地で繰り広げられ、近隣の支部や本部からの応援で、なんとか現場は、耐えられていますが、それが現在崩壊しかけているというのが、現在我々が把握している状況です」
「なるほど。状況は理解した。それで、こっちで出せるという最後の部隊は、どれだけの規模なんだ?」
戦況を聞いた私は、部隊がどれだけの規模を向かわせることが出来るのかを聞いた。その規模によって出す指示も変わるからだ。
「部隊は規模は、2個小隊分です」
「思ったよりも少ないな」
「それ以外の者達は、現地で既に戦闘に参加していますので。それから、インディ中佐も現地へ派遣させようと思っています。まあ、まだそれを彼女には、伝えてはいないのですけどもね」
「ああ、そういえばインディ中佐は、スターズ内で精鋭揃いの特殊諜報官の中でも更に選び抜かれた精鋭である特殊諜報総官だった彼女なら、悪戯に増援を送るよりも効果はあるな」
一般的に特殊諜報官の戦闘能力は、大隊一個分と言われている。更にその上の特殊諜報総官ともなれば、その戦闘能力は師団から軍団一個分とも言われ、我々五星使徒でも扱いが難しいレベルなのである。
「支部長。部隊の出撃準備が整いました」
噂をしていれば、その張本人であるインディ中佐が会議室へとやって来て、私達は揃ってインディ中佐の方を見た。
「ど、どうされましたか?」
私達が一斉に見たことに驚いたのか、そう私達に尋ねる。
「インディ中佐。貴女に頼みたいことがあります」
リリーがインディ中佐にそう話す。
「はい、何でしょうか?」
「現在、出撃準備が完了した部隊およびシリウス少将と共に戦地へと赴き、戦闘に参加するよう命じます」
「承知致しました」
インディ中佐が、リリーの命令に対して、そうビシッと敬礼をしながら言った。
「では、私は準備がありますのでこれにて失礼致します」
「あ、インディ中佐。転移開始地点は、下の訓練場としますので、他の部隊もそこに集めておいて下さい」
「承知致しました」
インディ中佐は、そう返事をした後、会議室から出て行った。すると、インディ中佐が出て行った直後に、会議室に設置されていた固定電話から着信音が鳴り、担当者が受話器を取り、その電話に出る。
「こちらアルマー王国支部特別異空間対策本部です。はい……はい……承知しました。支部長とシリウス少将閣下へはそのように。はい、では失礼致します」
担当者がそう言って受話器を置いて、通話を終了する。
そしてその担当者が私達の方へと向かって来る。
「支部長およびシリウス少将閣下に対して、サルガス特将閣下より言伝です」
私のスマホに直接じゃないのは珍しいな。
「して、内容は?」
「『本事案による被害は甚大。各支部の部隊は壊滅状態になりつつあり、本部の部隊にも少なくない被害が出ている。よって本事案を異世界人大規模非常対策事案と認定し、異世界人対策法第7条に基づき、五星使徒の全員で本事案の対応に当たる。まず、先鋒として、俺とシリウスの2人でことに当たる』とのことです」
これだけの騒動になれば、流石に私を含めた五星使徒が動かない訳にもいかないか。
とりあえず、部隊が揃い次第、現地へ向かうとするか。
すると、1人の隊員が会議室の中へと入って来る。
「失礼します。部隊の出撃準備が整いました」
「報告ご苦労様。シリウス少将、参りましょうか」
「ああ」
リリーの先導で、部隊が集結している下の訓練場へと向かう。
ちなみにだが、このアルマー城は地下が空間魔法によってかなり広く、何十階にもなっていて、このアルマー支部兼『暗黒群』の本部は、地下20・21・22・23・24・25・26・27・28階に設置されている。また、現在いる会議室は23階である。
まあ、本来なら諜報部隊専用の建物を独立して建てようかとも思ってはいたが、それだと問題があると判断して、城の地下に設置することにしたのだ。あ、ちなみに『忍』も地下に設置していて、階層的には、地下15・16・17・18・19・20階である。
他にも地下には、それぞれの階に色々な施設があるが、説明は機会がある時にでもするとしよう。
そして、地下23階にある訓練場へとやって来た。
訓練場の中で、各小隊づつ整列しており、小隊長がその小隊の前に出て、更に各小隊をまとめ上げる中隊長が各小隊長の間の一歩前で出た状態で立っている。
そんな中隊長に、私は正対する形に立ち、その私の右側にアルマー支部支部長兼『暗黒群』隊長のリリーと反対の左側に現地でのアルマー支部の現地最高指揮官となるインディ中佐が並ぶ形で立つ。
何故、この国を含む西方諸国の総合管轄官である私が行くのに、インディ中佐がアルマー支部の現地最高指揮官となるのかって?それは、私がこのアルマー支部所属ではなく、スターズ本部に所属しているからだ。その為、本部からの視点では、私はこの支部に長期視察をしている上級幹部職員という扱いになっているのだ。
まあ、今はそんなことはどうでも良いか。
「それではこれより、現地への出撃にあたり、シリウス少将からお言葉をいただきたいと思います。それではシリウス少将、お願いします」
リリーがそう言った後、私は一歩前に出て話す。
「これより我々は、戦地へと赴く。お前達も知っての通り、戦力的にはこちらの方が圧倒的に多いのにも関わらず、こちら側が劣勢状態となっている。そこで、我々に課される任務というのが、私以外の五星使徒が現地へ到着するまで、現地で戦闘中の部隊とともに時間稼ぎをすることである。以上」
「シリウス少将、ありがとうございました。では、最後に私から皆に伝えます。これから向かう戦場はかなり劣勢となっており、場合によっては冷静な判断が出来ないということもあると思いますが、決して無茶な行動はせず、全員が生きて此処へ戻って来ることを命じます!」
『ハッ!!』
どうやら、私の言葉よりもリリーの言葉の方がこいつらには、届いたようだな。何だか癪ではあるが、誰も死なないで戻って来るのに越したことはない。まあ、私も現地へ行く訳だし、簡単には死なせはしないがな。
「それではこれより出撃を開始する。【ゲート】」
私は、戦場となっている地点に【ゲート】を繋げて、その光の門を私達は潜り抜けて、戦地へと向かった。
この時の私はまだ、自分達が戦っている相手が、連絡を受けた恋愛神と剣神であることを知る由もなかった。
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