173話 妖退治
春人視点に戻ります
それは突然の出来事だった。
執務室のドアをコンコンコンと素早く3回叩かれるのと同時に、ローレンス達が扉を開けて室内へと勢いよく入って来た。
「陛下!失礼します!!」
「そんなに急いで何のようだ?」
ローレンスのそのあまりの勢いに、思わず少し引きながらそう尋ねる。
「実は先程、インディ殿を宮廷医務室へと案内したのですが、その宮廷医務室内で、第3師団の団員が多数負傷し、現在も雪奈殿がその負傷させた存在と交戦しているそうです。そしてこちらが、雪奈殿が騎士のひとりに託したメモだそうです」
そのメモ用紙をローレンスから受け取って、そのメモ用紙に書かれている内容を確認する。
「はぁああ!?」
そのメモ用紙に書かれていた内容を見て、思わず驚きの声をあげる。
そんなことがあり得るのか?なんで、妖がこの世界にいるんだよ!……いや、『絶滅牢の人形』がこの世界に存在していた訳だし、私自身も式神を使っている訳だから、この世界に妖が存在していないという可能性をなくすべきではなかったな。
それにしても土蜘蛛か……。こいつだけでもタダでさえ面倒だというのに、更に樹木子が20か……。かなり厄介そうだな。
「第3師団の遠征先について知っている者はいるか?」
すると、誰も知らないのか、手を挙げないので、急いで医務室へ向かおうとすると、サラが手を挙げた。
「サラ、第3師団の遠征先について知っているのか?」
「はい。以前に雪奈さんから聞いたことを思い出しました。北側にある山で山岳訓練を行うと聞きました」
「分かった。では、お前達はこのまま此処で待機していてくれ」
「あの!」
私がそう指示を出すと、インディが私にそう叫んだ。
「どうした?」
「私もご一緒してはダメでしょうか?」
インディは、私にそう尋ねた。普段だったら別に構わないと言って、ついて来ることを許可しただろうが、今回だけは、強力な妖も絡んでいる。雪奈が樹木子を何体か倒してはいるだろうが、土蜘蛛を倒すことは雪奈では少し難しいだろう。そんな危険な妖のいる現場に連れて行くことは、流石に今の状況を考えたらできない。
「すまないが、今回ばかりは無理だ」
「そうですか……」
私は、インディのそんな反応を無視して、転移魔法を使って、急いでその山へと向かった。
その山に着いた直後から、妖気が山の中から感じられるほど、強力な妖気が山の麓まで来ていた。
「これだけ強力な妖気ならば、感じられたと思うんだがな」
そんな独り言を呟きながら、その妖気のする方へと向かって走って向かった。
山の中を走っていると、段々と感じ取れる妖気が強くなり、やがて、その妖気はあるところでまとまっていた。間違いなくあれが、樹木子と土蜘蛛だ。
私は、範囲を定めるために、木に飛び乗って、用意していた札を取り出してから、術を発動させる。
「『雷電の術式 放雷電の術』」
『放雷電の術』を発動させると、その術の範囲内にいた樹木子は、跡形も無く消失した。
そして私は、木の上から雪奈の前へと飛び降りた。
「よく、ここまで持ち堪えた。後は、私に任せて休むと良い……雪奈」
「春人様!?……いいえ。まだ、敵は残っています。ですので、最後まで戦い抜きます!!」
「よく言った。それでこそ、私の式だ。なら、雪奈には残りの樹木子の相手をしてもらうとしよう」
「土蜘蛛の相手は春人様がなさるのですか?」
「ああ。今のお前では、土蜘蛛を相手取るのは、難しいやもしれんからな。それに、樹木子の数もまあまあいる。私の邪魔をさせないように頼んだぞ」
「その命。この雪奈がしかと承りました」
そして私は、そこら辺にまだ残っている樹木子を雪奈に任せて、土蜘蛛のところまで走って向かった。
土蜘蛛の気配が近づくと、木々のあちこちに、蜘蛛の糸があり、まるで、近づく敵を察知するためのセンサーのような張り方だった。恐らく、敵が近づくと、その空気や音の振動が糸から土蜘蛛本体に伝わる仕組みなのだろう。
そう思った私は、とりあえず風の障壁を私の周りに展開し、足音や息、通った際の風などで、糸が反応しないようにしながら、更に気配を隠蔽して進んだ。
奥に進むにつれて、段々と蜘蛛の糸が多くなって、そしてそれは、一ヶ所へと集まっていた。その場所には、あちこちに蜘蛛の糸があるのと同時に、その糸から、繭のような物が垂れ下がっている。その大きさは、縦約2m、横約1m程の大きさだった。その繭のうちの何個かが、横に僅かに動いていた。もちろん、風が吹いたとかではなく、その繭自体が動いたのだ。
この土蜘蛛の繭には、2種類存在する。1つ目は、土蜘蛛の子蜘蛛の繭。2つ目は、繭の中に人間を閉じ込めた後、その繭の中で、土蜘蛛が生成する特殊な溶解液で、溶かしてから、その人間を捕食するというものだ。恐らく今回の場合は、後者の方だろう。
そう思った私は、腰に下げた鞘から刀を抜く。
(雷鳴流剣術 五の型 疾風迅雷)
私がその技を放つと、その糸にぶら下がっていた繭が地面へと落ちた。
「なんだ!?いったい何が起こった!?」
その状況が理解できない土蜘蛛が、そう驚きながら叫ぶ。まあ、そう叫びたくなるのも無理はない。なんせ、今の技は、目に見えないどころか、気配すら感じ取ることのできない剣術流派の技なのだ。土蜘蛛程度の妖では、目で追うどころか気配すら感じることも不可能だ。
そして私は、そんな動揺している状態の土蜘蛛の前へと出る。
「今のはお前の仕業か!」
「ああ、その通りだ。それにしても、よくもまあ、これ程までの人数を捕らえたものだな」
繭の数はザッと数えて約30個。そのうち繭としての形の状態を保っているのは14個だ。つまり、16人程は既に死亡しているということである。
「これ程のことをして、ただで済むと思っていないだろうな?」
「それは、この俺に対して言っているのか?だとしたら哀れだな。俺に攻撃をしたって意味はないぜ」
「それは、お前が土蜘蛛だからか?だったとしたら、他の妖と攻撃の仕方はそう変わらんだろ?」
「!!?」
私がそう言うと、土蜘蛛は目を見開いて驚きの表情を見せる。
「何故、俺のいや、妖のことを知ってる!この世界では、妖も魔物と区別されることがほとんどのはずなのにだ!」
「お前が犯した過ちは2つ。1つ目は、私がお前達妖のことを知らないと思い込んだことだ。『妖火の術式 鬼火の術』」
私は、その『鬼火の術』を土蜘蛛に向けて放つ。だが、流石にこの程度ではあまり効果はなかった。
「流石にこの程度では、あまりダメージは入らんようだな。それにしてもちょこまかと動き過ぎだ。まずは、動かないように固定するか。『陰の術式 鋼蔓縛りの術』」
地面から伸びる鋼の蔓によって、土蜘蛛はまったく身動きが取れなくなった。
「さっき私は、お前が犯した過ちは2つだと言ったな。その2つ目は、この望月家第87代目当主望月春人を敵に回したことだ」
「望月家当主……だと…!?」
土蜘蛛の表情は、私が望月の当主だと言うと、さっきまでの余裕満々の表情から一変、絶望の表情へと変わった。
「どうやら、望月家のことを知っているようだな。なら、その絶望を抱いたまま死ぬが良い。『火炎の術式 皓炎の術』」
『皓炎の術』を発動させると、視界全体が白い光で覆われる。そして、視界全体の白い光が収まると、術が通った場所は、木々が生い茂っていたのが一変して、跡形もなく焼失した。
「これで片付いたな」
そう思った瞬間、ころころと何かが動いていたので、目を凝らしてよく見てみると、それは土蜘蛛の頭だった。
(聞いてねぇぞこんなの!今ならあの男に気付かれずに逃げれる!)
その土蜘蛛は、そう心の中で言いながらこっそりと逃げる。
私は、その逃げようとしていた土蜘蛛の行く方向への地面へと刀を突き刺す。
「お前、何逃げようとしてるんだ?この私がお前を逃すとでも思っているのか?」
「クソ!前は、逃げられたのに……」
「なるほど。お前、私が10代の頃に殺した土蜘蛛の生き残りだな。あの時私が逃してしまった土蜘蛛は、一体のみ。まさかこの世界で、その逃したやつを討伐することができようとはな」
「なんでそもそもお前がこの世界にいるんだよ!!俺はこの世界に呼び出されて、ここを通る人間を襲えって命令されただけなのによ!」
その土蜘蛛は、突然そんなことを言い出した。
「そのお前をこの世界へと呼び出した奴は誰だ!!さっさと答えろ!!」
私は、土蜘蛛の頭を鷲掴みにしながらそう叫びながら聞く。
「俺もそこまでは知らん!それに顔だって面を被ってて見ちゃいねぇ!」
「そうか……なら、もう消えろ」
「ギャアアア!!!」
これ以上のことを聞き出せないと判断した私は、鷲掴みにしていた土蜘蛛の頭をその持っていた手から『鬼火の術』によって燃やすと、そんな叫び声を挙げながら完全に燃え尽きたのだった。
「さて、あっちはどうなってるかな?」
私は、残してきた雪奈のところへと戻った。
雪奈のところに戻ると、辺り一面氷の世界になっており、その地面の至るところに、氷の中に閉じ込められ、バラバラになった樹木子の破片がそこら辺に飛び散っていた。
「随分と派手にやったもんだな」
「春人様!そちらは片付いたようですね」
「そっちはって……聞くまでもないか。この状況を見ればどんな風に倒したのかぐらいは想像がつくな」
辺りを見渡していると、ふと、疑問点が思い浮かんだ。
「それにしても、なんだか破片の数が多くないか?報告だと20ほどだと聞いていたんだが。まあ、それに誤差があったとしても明らかに多くないか?」
「はい。それに関しては、私も疑問に感じるところがありました。騎士団の方達を逃している間は、本来の力を発揮することができず、少し苦戦して数を減らすのに時間が掛かっていましたが、全員が逃げたのを確認した後に、すべての樹木子を倒したと思った瞬間に奥の方から現れて、数は、正確ではありませんが、50は確実に超えていました。そのような数が自然に現れるとはとても考えられません。よって、今回のことは───」
「人為的……と言いたいんだろ?」
私は、雪奈が言いかけた言葉を言う。
「ご存知だったのですか?」
「いや、さっき死にかけの土蜘蛛が、自分はこの世界に呼ばれた存在だと言っていたからそう思ったにすぎん」
「その土蜘蛛はどうなされたのですか?」
「これ以上情報を聞き出せるとは思えんかったから処分した。あのまま生かしておけば、被害が増えるだけだからな」
「そうですか……それなら仕方ないですね。ですが、何者かによって呼び出されたという情報が聞き出せたことは大きいと思います」
「そうだな。この世界で妖……それも私達の世界の妖を呼び出せる存在は、かなり限られる。そいつを見つけ出せるのもきっと時間の問題だろう」
「そうですね」
そのときの私達は、そう楽観視していた。だが、この事件の裏で暗躍する1人と組織の存在やその各々の目的について、このときの私達は知る由もなかった。
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