168話 星のひとつが消えるとき(前編)
「春人さ〜ん。少し良いですかってあれ?」
春人の寝室をノックをしてからエリアが先頭になり、全員が中へと入る。
この部屋は、寝室ではあるものの、婚約者全員が入ってもかなり余裕のある部屋であり、バルコニーでは、小規模なパーティーなんかができるぐらいの広さはあり、室内に関しても、空間魔法によって外から見る見た目よりもかなり広い作りとなっている。
ところで何故、みんながこの部屋にいるのかについてだが、この日は休日であり、全員が仕事が休みなのだ。全員が揃って休みが取れる日というのは少なく(主に春人が仕事で忙しいため)、久々の休日ということで、全員で春人と一緒に城下まで行ってデートをしようと思って誘いに来たのである。
ちなみに、春人の部屋の扉の鍵は当然施錠されていたのだが、エリアがピッキングをして開錠して中に入っていたりする。
だが、ご覧の通り春人は留守にしていて此処にはいないのである。まあ、彼女達も事前に伝えていなかったので仕方ないと言えば仕方のないことなのだが……。
「いないみたいですね」
「春人様、何処に行ったのでしょうか?」
トリスとトワがそう呟く。
部屋の中は一見普通だが、ベッドの横には2メートル近い金庫が置かれており、その他にも所々に武器などが隠されているのを見つける。
「何でアイツ寝室にこんなに武器置いてんのよ……」
「春人様の場合、立場上仕方ないことだとは思いますが……春人様に武器って必要なのでしょうか?」
アイリスがそう呆れながらツッコムと、シルヴィアが仕方ないことだと言いながらも、春人が本当に武器が必要なのか疑問に感じた。
そして、信女がふと机の方を見ると、写真が机の方に倒れた写真立てを2つ見つけ、その2つの写真立てを手に取る。その写真立てに飾られていた写真に写っていたうちの一枚は、アリスや桜が生きていた時に撮られたと思われる幸せそうな家族写真と、そしてもう一枚の方は、春人が少しだけぎこちなく笑っているのともう一人、隣で楽しそうに笑っている男性が写っていた。
「どうしたんですか?信女さん」
写真を手に取って動かなくなった信女に疑問を感じたリアがそう尋ねた。
「この春人殿と一緒に写っている男性のことが気になってしまいまして」
信女がそう言うと、みんなが信女のところへと集まって、その写真を全員で見る。
「この写真の春人さん。何だか幸せそうですね」
「アタシ達にもこんな笑顔見せたことないわよね?」
「いったいこの男性は誰なのでしょうか?」
「シルヴィアさんもご存知ないのですか?」
「はい。私が知っているのはあくまでも、春人様が私の師匠時代に会った家族ぐらいしか、スターズ関係者とは会ったことがなかったので」
そんな話をみんながしていると、後ろから声を掛けられる。
「随分と懐かしい方の写真を見ていますね」
「びゃ、白夜さん!?」
エリアがその声にビックリして、思わず声を上げて驚いてしまい、それに釣られてか、他のみんなもビックリしていた。
「いやいや、そんな驚かなくても……」
「仕方ないことなんじゃない?だって私達とは違って、幹部職員ではあるものの、まだ普通の人間よりも少しだけ感知能力が優れているだけに過ぎないのだから。私達のことに気が付かなくても無理はないと思うわよ?」
「まあ、それもそうだな」
白夜がエリア達にそう言うと、春奈がそう言って納得させる。実際、それぞれ春人から感知能力向上や戦闘訓練などを受けてはいるが、それでも種族的や個人的な限界値というのも存在しており、現在はそれぞれに合わせた訓練が行われている。
「いつの間にお2人はいらっしゃったのですか?というかどうやってここまで?」
トリスが2人にそう尋ねる。
「え?普通に今、転移魔法で来ただけですよ?あ、でも、ここに来る前に一旦この城の執務室に寄ってから来てますから、直接此処に来たわけではありません」
トリスの質問に対して、白夜がそう答えた。
「白夜さん。何だかさっきの話だとこの人のことを知ってるみたいな言い方をしてたけど、この人って誰なの?」
アイリスが春人と一緒に写っている人物を指差しながら白夜に聞く。
「この方は、カストル大佐です。父上のスターズ所属の同期であり、280年近く親友でした」
「親友でした?」
白夜の妙な含みのある言い方に対して、テレスが疑問に感じた。
「何故、過去形なのですか?」
「それをお話するにはまず、少しだけ昔話をすることになるのですがよろしいですか?」
「お願いします」
「分かりました。これは父上が中将だった頃まで遡ります」
「? 春人さんは、元帥から降格になったのでは?」
リアは中途半端に春人の階級を知っていて、現在春人の階級は少将であるため、こう言いたくなってしまうのも無理はないだろう。
「私が父上の後任の元帥だということは、皆さんもご存知だと思います。ですので、知っていることを前提でお話させていただきますと、父上が先代の元帥で、今からお話する内容は、先々代の元帥の頃であり、年月からすれば今から約100年程前のお話となります」
100年前スターズ本部───
春人の執務室にひとりのシールズ隊員がやって来て、春人にとある報告をする。
「カストルが消息不明とはどういう事だ?」
私は、その報告に疑問を抱いた。カストルは、シールズ総隊長兼シャドウ評議会のメンバーの1人(第3席)だ。そんじょそこらの奴等に負けるどころか遅れをとるような奴ではないし、仮に寝込みを襲ったとしても相手の方が返り討ちになるほどの実力を有している。そんなあいつが任務中に突然消息を断つなんて只事ではない事だけは確かだ。
「それで、あいつが受けていた任務についての詳細は持って来ているか?」
「こちらに」
その隊員から任務書を受け取り、内容を確認する。
「あいつが受けていたのは個人任務だったんだな」
てっきり、集団任務の方を受けているものとばかり思っていたが、どうやら違ったようだな。
スターズでは、任務の種類は大まかに分けて、個人任務と集団任務の2種類ある。個人任務とは言っても、3人までなら、同じ個人任務を受ける事が可能であり、それ以上の人数の場合は、集団任務で受注しなくてはならない。そして今回、カストルが受けた任務は個人任務の方になる。
ちなみに個人任務を受けるには、最低でも少尉以上の階級でなければ受けることはできない。理由としては、万が一の安全対策のためである。
そして、この個人任務を受けていたのは、どうやらカストル1人だけみたいだった。
「任務場所は、カルマン王国の王都で、任務内容は、孤児の行方不明の捜査か。これを見ている限り、わざわざあいつが出るような事件とは思えんがな……?」
「ええ。自分もそう思ったのですが、何やら嫌な予感がするから引き受けることにしたと仰っておりました」
「そうか」
ここは、私の権限を使って集団任務を出すことにしよう。
「シールズ第一大隊第三中隊に対して、指名集団任務を発注する。また、発注者は私とする」
そう言いながら引き出しから、指名集団任務用の依頼書を取り出して書き込む。
その依頼書を書き込み終わると、その隊員に渡す。
「受けたわまりました。では、私はこれにて失礼致します」
依頼書を受け取った隊員は、そのまま私の執務室を後にした。
「私も行くとするか」
私がそう独り言を言った後、席から立ち上がり、執務室を出て、ある場所へと向かった。
そして、少し歩いて着いたその部屋のドアをコンコンコンと3回ノックをし、部屋の中から入る許可が聞こえた為、その部屋の中へと入室する。
「失礼します」
そして私は、その人物が座る机の前まで行く。
「久しぶりだな。お前が此処に来るなんて、いったいどうしたんだ?シリウスよ」
「お久しぶりです。元帥閣下」
そう。今、私の目の前にいるのは、元帥閣下本人であり、この部屋は、元帥閣下の執務室なのだ。その証拠に元帥という役職とアンドロメダというコードネームが記載された机上名札が置かれているし、そもそもこの執務室に入る前のドアにも元帥室のドアプレートが飾られている。
「実は、元帥閣下にお話があり参りました」
「話?」
「はい。実は先日より、カストル大佐が個人任務の任務中に消息を絶ちました」
「カストル大佐?」
元帥閣下は、カストルが誰なのかイマイチピンと来ていないみたいだった。
「シールズ総隊長兼シャドウ評議会の第3席です」
「シャドウ評議会の第3席が消息を絶っただと?一応確認だが、任務放棄とかではないのだな?」
元帥閣下が、確認するように私にそう尋ねる。
「はい。任務放棄などではないと思われます」
春人は【ストレージ】の中から資料を取り出し、その資料を見ながらそう答えながらも、話を続ける。
「カストル大佐は、これまで集団任務や個人任務での失敗経験はゼロに等しいですし、勤務態度などにも特には問題はなく、それどころかスターズへの貢献度はかなり高い部類です。また、実力的にもこの世界の国家諜報員程度では、カストル大佐を寝込みでさえ、襲撃しても撃退することが出来る程の実力があることは、実践訓練で確認済みです」
「なるほど。確認なんだが、カストル大佐が受注した任務内容とランクを教えてくれ」
元帥閣下から説明を求められたので説明をする。
「はい。カストル大佐が受注した任務は、個人任務であり、その任務内容は、ユースティティア騎士王国の南西に位置する国。カルマン王国の王都で発生している、孤児の連続失踪事件の捜査です。詳しい内容としましては、今から4ヶ月前に、カルマン王国王都内にあるとある孤児院で暮らしていた孤児の7歳の少年1人が、突然行方不明になる事件が発生。王都の衛兵が捜索を行いましたが、王都から出た痕跡が見つからず、その3日後に王都内にある別の孤児院の10歳の少女2人が行方不明になる事件が発生。更にその数日後に同様の行方不明事件が発生したことから、当時は奴隷商人が関わっていると国は判断し、捜査権限が衛兵隊から王国騎士団に移譲されました。それから騎士団が主力となって捜査が行われましたが、捜査は難航するばかりか、被害が孤児院の子どもだけでなく、下級貴族の子どもや捜査を行っていた騎士団員が何名か失踪したことから、カルマン王国国王が、暗部経由でスターズへと捜査依頼をしました」
「内容は分かった。依頼ランクの方は?」
「はい。当時の依頼ランクはDランクでしたが、この捜査の任務を受けたカルマン王国支部の機動総隊の隊員が10人程、任務中に消息を絶ったことから、依頼ランクの見直しにより、DランクからBランクへと格上げされることになりました」
その任務情報について話した後、ランクについても話した。
このランクというのは、その任務がどれほどの危険度があるのかを示す指標にもなっている。この任務ランクには、SSから順にS→A→B→C→D→E→Fランクとなっていて、ランク制度としては、ギルドなどのランク制度とほぼ変わらない。そして、今回カストルが受けた個人任務の依頼ランクは、上から4番目のBランクの依頼である。
「ところで、カストル大佐の個人ランクは何なんだ?」
スターズでは、戦闘職員はもちろんのこと、非戦闘職員も個人ランクを測定し、その測定ランクよりも上のランクは引き受けられない仕組みとなっている。ただし例外として、集団任務の場合は、小隊以上の規模の人数を前提としているため、依頼ランクよりも参加者のランクが2つまでなら、低くても参加することができることになっている。
「Aランクです」
「Aランクか。なら、その任務には十分に足りているはずなんだがな」
元帥閣下の言う通り、必要条件は十分に満たしている。ん?高位幹部なのにランクAなのかって?スターズのランクは少し特殊な部分がある。それは、ランクがひとつ違うだけでも強さがかなり変わってしまうという点だ。
Cランクまでは、純粋な強さだけで昇格することができるが、Bランクからは、純粋な強さだけでなく、昇格審査までの任務達成率やその功績、勤務態度などを総合して、評価して合否を決めることになっていて、その審査官は、上位ランクの職員だけでなく、人事局の担当者や情報局の者も担当することになっている。
余談だが、五星使徒の個人ランクは、全員がSランクであり、そのうち私とソーラルはSSランクである。また、目の前にいる元帥閣下もSSランクであり、スターズにいるSSランクは、現在この3人だけである。
……話が逸れてしまったが、私が言いたいのは、任務ランクの内容に対して明らかに危険度が足りていないのだ。
「春人。ふと思ったんだがな、シャドウ評議会のメンバーのひとりを拉致できる実力なんて、限られるはずだ。もしかしてなんだが、この事件の背後に存在するのは恐らく───」
「十中八九『フェアラート』だと思われます」
元帥閣下が『フェアラート』と言おうとしたのを遮るようにして、私がその組織の名を口にする。
「やはり春人もそう思うか」
「はい。ですので、シールズ第一大隊第三中隊に対して、指名集団任務を私の名で出した。こちらがその関係の資料となります」
春人はそう言って、資料を元帥へと渡す。
「捜索にシールズの第一大隊の第三中隊を投入したか。第三中隊は、捜索任務に関して言えば、シールズの中では一番適任ですし、実力も申し分ないので、第三中隊に任務を依頼しました」
「なるほどな。ここに来たのは、そのカストル大佐の捜索部隊に参加したいからだな?」
「………」
図星を突かれてしまい、何も言い返すことができなかった。
「どうやら図星のようだな」
「参加、できませんか?」
「……分かった、許可しよう。自分の身内以外には、ほとんど興味を持つことのないお前がそこまでいう存在だ。お前にとってカストル大佐が余程、大切な存在だというのが分かったからな。ただし、参加する条件は2つ。1つ目は、現在カストル大佐の捜索を行なっている捜索部隊の総指揮官となること。2つ目は『フェアラート』が関与している事を考慮し、捜索活動をする際には、五星使徒の者か最低でもシャドウ評議会の2席以上をサブリーダーとして同行させること。以上がカストル大佐の捜索を許可する条件だ。また、捜索を行う際に、追加部隊などを編成する際には、私の方に報告するよう命ずる」
「承知しました!」
元帥閣下に向かってビシッと敬礼をしながらそう返答をした。
「よろしい。では改めて、貴官を捜索部隊総指揮官に任ずる」
「その任、承けたまりました。それでは、私は準備のため、これにて失礼します」
私は元帥閣下にそう言って、元帥室を退室し、自分の執務室へと戻った。
執務室の扉を開け中に入ると、アリスが中にいた。
「あ、春人さん」
「アリス。いったいどうしたんだ?」
「春人さんにこの書類へのサインをもらいたくて来たんです」
「ん?どれどれ……」
その書類は、アリスの管轄担当であるウルス大陸から私の管轄である東方地区への捜査協力要請書だった。また、内容としては、危険薬物の密売に関するもので、どうやら、うちの管轄区域の売人がウルス大陸の方で商売をしていて、その売り上げの一部が、闇ギルドや盗賊・違法奴隷商人の活動資金になっているらしい。
この書類の内容を見る限り、こっちも早急に解決した方が良い案件だ。
「分かった。両管轄支部での捜査協力を承認する。それと、この事案の捜査には、うちの第五大隊を使うと良い」
「よろしいんですか?」
「構わん。この事案は、それだけのものだということだ」
「分かりました。では、私はこれにて失礼」
「あ、ちょっと待ってくれないか」
アリスが言い終わる前に私は、そう言ってアリスを呼び止める。
「どうかなさいましたか?」
「ああ、実はアリスに頼みたいことがあってな……」
それからカストルについての捜査に関することの経緯について、アリスに話した。
「ことの経緯については分かりました。それにしてもまさか、あのカストルさんがやられるなんて予想外でしたね」
「ああ。だが、まだ生きている可能性はある。それに、カストルはスターズの中でも上位の幹部だ。そう簡単には殺すことはないはずだ」
「そうだと良いのですが……」
「まあ、とりあえずだ。そんな訳だから、私と一緒に来てもらえないか?」
「分かりました。カストルさんのことが心配なのは私も同じですし。私でよろしければご一緒します」
「ああ、助かるよ。それと、今回は宗教ギルド職員の身分を使って捜査をするからそのつもりでいてくれ」
「はい、分かりました。では、私は一旦書類を部下に渡してから着替えて来ますね」
アリスはそう言って、転移魔法を使って部屋をあとにした。
待っている間に私も着替えなどを済ませる。そしてそれから数分後に着替えなどを済ませたアリスが戻って来た。
「お待たせしてしまってすみません」
「いや、問題ない。それじゃあ早速、カルマン王国の王都に向かって、カストルの情報を集めるとしよう。【ワープ】」
カルマン王国の王都近くに座標を合わせてけら、アリスの手を握って【ワープ】を発動させ、カストルを探すために向かった。
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