148話 第1回アルマー王国騎士団入団試験(一・二・三次試験)
2ヶ月、入団試験の一週間前───
「すまないが、もう一度言ってもらえないか?」
現在、高坂さんから入団希望者の応募人数の最終報告を受けていたのだが、前回の報告人数の倍の人数になっており、つい自分の耳を疑ってしまい、思わず聞き返してしまった。
「ですから、定員が80名のところ、入団希望者が2000人以上の募集があったのです」
「なんでそんな規模になってるんだ!?」
それだけの大規模な応募者になるだけの理由が分からず、椅子から勢いよく立ち上がりながら、高坂さんに尋ねる。私に心当たりがあるとすれば、募集条件の幅を広くしたぐらいで、それ以上のことは本当に何としていないため、本当に理由が分からなかった。
「陛下は、ベルンガでは、ベルンガ王の暗殺未遂事件を短時間で解決しただけでなく、騎士団の汚職などを解決した断罪者。バルハランでは、竜殺し。ヴァースでは、帝都の反乱事件を鎮圧した英雄。そして極めつけには、世界で4人しか存在していない冒険者ギルドのSランク冒険者の一人であり、世界で最も権威のある神級魔術師。それも神級魔術師最強とも言われる『魔剣の魔術師』という、肩書きに惹かれてやって来る者が多いのでしょう。もちろん、他国の諜報員などが紛れ込んでいる可能性は、十分にありますが……」
「だろうな」
これだけ募集条件が緩いのだ。他国の諜報員が情報収集のために、諜報員を送るのは当然といえば当然のことだろうな。私もそうするし……。
「諜報員に関しては、仮に面接試験を突破出来ていたとしても、私の情報網から、合格発表前に不合格と判断する。この私の国に諜報員を潜入させられるものならやってみろと言いたいね」
「そういえば陛下は、世界最高峰の諜報国家の最高幹部の一人でしたね」
もしかしなくても、私がスターズの者だということを忘れてたな。……まあ、そんなことは今はどうでも良いか。
それから更に1週間が経過した。城の受け付けでは、受験者一人ひとりに対して、受験番号の書かれた胸に付けられる大きさのバッジを渡して1週間滞在してもらう形となる。
「もう既に、一次試験が始まっているんですよね?」
「ああ。滞在中に犯罪行為や犯罪未満でも、何かしらの悪さをするようであれば、既に話を通している国民や『忍』 『暗黒群』が国民になりすまして、問題を起こしている者がいれば、その番号を控えて私に報告させる。私も時間が空き次第、変装して城下を視察するつもりだ」
「春人殿。いったいこれにどのような意味が?」
「いいか?参加者は全員、この国の国民を守るべき立場になる者達だ。そんな奴らが、国民に迷惑をかけていたら話にならないだろ?だから、そんな奴はここではじくんだよ」
「なるほど」
一次試験の1週間が経過し、いよいよ騎士団入団試験の記念すべき、第一回が始まろうとしていた。
アルマー王国騎士団長となったシオンが、正面に設置されたステージに上がる。
『私は、アルマー王国騎士団団長のシオン・ルミネスである』
シオンは元々家名を持っていなかったが、騎士団長が流石に家名を持っていないのは流石に問題があると全員が判断し、私がルミネス姓を与えた。また、同じ理由で、家名を持っていなかったリリスには、セレニアの姓を与えた。これで3人とも家名を持つことが出来た。
そして、何故シオンの声が、これほど聞こえやすくなっているのかというと、城壁内にスピーカーを設置し、シオンの襟元につけたピンマイクで、シオンの声を拾って、スピーカーで流し、シオンから遠くにいる者にも、聞こえやすくなっている。ちなみに、話す内容は、私とシオンが前夜まで打ち合わせを行った内容である。
『ここにいる者達は、既に一次試験を突破した者達である』
この中にいる者の中には当然、あの1週間が一次試験だったことを理解している者もいる。だが、ここからどんどんはじかれていくことだろう。
『二次試験は、募集要項にも書いてあった通り、筆記試験を行う。それでは担当の者が会場まで案内するので、着いて行くように』
メイド達が担当番号の者達を筆記試験会場へと案内する。
「筆記試験もあったんですね」
トリスがそのように呟く。
「筆記試験といっても、騎士として必要な計算問題などの一般常識の問題だからほとんどの者は大丈夫だろう。それよりも私は、二次試験よりも三次試験の方を重要視している」
「三次試験ってそういえば何なの?開会式終了後に筆記試験をやるとは書いてあったけれども、それ以外の試験内容については何も書いてないからあたし達知らないんだけど?」
アイリスがそのように尋ねてくる。そういえばこの子達には、試験内容を話していなかったな。
「三次試験は、体力試験として、城の外周を1周走ってもらう」
「1周だけでよろしいのですか?」
エイルが疑問思いながら聞いてきた。
「もちろん、ただ外周を1周しても何にも意味はないから、【グラビティ】という、最近カーラルから教えてもらった無属性を使う。この【グラビティ】は、重力を自在に調整する魔法で、二次試験を合格した受験者に対して、走る前に【グラビティ】をかける。この際【グラビティ】の負荷は70kgが乗っかった状態で走るのと同じだ。実際、スターズの訓練では、この倍の210kgだが、訓練内容に取り入れられていて、段々と倍増していく。その為、スターズの熟練の者であっても逃げ出すレベルのものだが、今回は軽くし、これはあくまでも、参加者の根性を見るためのものだから、順位とかはほとんど関係ないし、なんなら、完走しなくても良い。一応棄権はいつでもできるようにしてある。その方法は、番号の書かれたバッジを外せば良いだけだ。そうすれば【エンチャント】で、番号バッジに付与された【ワープ】によってスタート地点に戻って来ることが出来る」
「その方達はどうなるんですの?」
テレスが、私に質問をした。
「回復魔法で回復させた後、即座に帰ってもらう。逆に最後まで諦めずに、ゴールまで目指そうとする者は、その場で合格とする。まあ一応、1時間以上過ぎてもゴールに来ない参加者がいない場合は、私が救助に向かう。もしも倒れていた者がいた時のために、医務室の淡雪達を待機させているし……」
少しわざとらしく、エイルの方を見た。するとエイルは、その意図が分かったようだった。
「なるほど……つまり、私に治療を頼みたいということですね?」
「その通りだ。頼めるか?」
「お任せください。伊達に『治癒の魔術師』を名乗っているわけではありませんので、大体のものなら治癒してみせます。ですが、無理なものもありますので、その時は、春人様にお願いできますか?」
「もちろんだ」
二次試験の筆記試験は、1時間であり、二次試験の終了後、採点時間を含めて、1時間半の休憩時間を設けた。休憩時間内に採点を終わらせた。結果的にいうと、筆記試験は、15人だけ落ち、それ以外は全員二次試験を突破した。
そうして、二次試験を突破した受験者は、再び開会式と同じ場所へと集合し、シオンが三次試験のことについて説明を行う。
『二次試験は筆記試験だったが、三次試験は体力試験だ。三次試験の内容は、この城の外周を1周走ってもらう』
その内容を聞いた瞬間、参加者達が騒ぎだす。この内容だけ聞けば、それにどんな意味があるのかと、疑問に思うのも当然のことだろう。誰もが、そんな簡単なことをやって意味があるのかと疑問に思っているところで、シオンが私に向かって首を縦に振る。これは、決行の合図を意味している。その合図を確認した私は、受験者全員に対して【グラビティ】をかける。突然【グラビティ】をかけられた受験者は、反応することが出来ずに、地面に倒れるが、何人かは、膝立ちの状態で保っていた。
『この城の外周を1周走るだけだと思った者が大半だと思うが、走る際には、今のその状態で走ってもらう。この三次試験には、棄権制度を導入している。棄権方法は簡単で、今君達が胸に付けている各々の番号の書かれたバッジを外せば、ここに戻って来られる。ただし、棄権した者はその場で不合格とし、即座に帰ってもらう。この三次試験は、君達がどれほどの思いで、この騎士団に入団したいのかを確かめるものである。なので、順位はそれほど重要ではない。また、途中で走る速度を落としても構わないが、歩いた段階で、棄権したものと見做し、不合格とさせてもらう。それでは、最後まで諦めずに、この場に戻って来ることを期待する』
シオンめ。台本にないことまで言いやがったな。不合格条件は、言わない予定だったのになんで言ってしまうんだよ。
『それではこれより、三次試験を開始する!』
シオンのその合図によって、受験者達は、一斉に走り出した。
そして、シオンがステージから降りて、私のところへと来たところで、さっきのことについて尋ねる。
「シオン。私は昨夜、台本通りに話してくれと言ったよな?」
「はい」
「ならば何故、台本にはない、三次試験の不合格条件について話したんだ?」
「一応、説明だけはしておいた方が良いと思ってしまい、話してしまいました」
「そうか。過ぎてしまった話をどうこう言っても仕方ない。だが、次は気をつけろ」
「はい」
「すまないが、エリスは淡雪達と合流してくれ」
「淡雪さん達は、どちらに?」
「そこの救護テント内にいるぞ」
「分かりました。それでは私は、淡雪さん達に挨拶をして来ますね」
そう言ってエイルは、淡雪達のいる救護テント内に入って行った。
城壁に均等間隔で設置されている監視カメラは、担当者が受験者が走っているかを確認するために、設置されたテント内で確認作業を行っていた。また私は、監視カメラの映像を見ながら、万が一に備えて、そのテント内に待機する。
そうして何十分かすると、リタイアする者達が現れ始めた。リタイアした者達には予定通り、番号バッジを受け付けに返還し、そのまま帰ってもらった。
そうして更に時間が過ぎると、ゴールする者達が現れ始めた。そして、監視カメラの映像モニターを見ると、何人か倒れているのを見つけたのと同時に、ゴールした受験者が、道中で倒れていた人がいたという報告をして来た。
私は急いで救護テントへ向かった。
「今から5人の急患が入るから準備を頼む」
「分かりました」
救護テントから出ると、人数分の担架と数人の試験担当官を連れて【ゲート】で向かった。
【ゲート】でそれぞれ倒れている受験者を担架に乗せた後、再び【ゲート】を使って救護テントまで運んだ。
「503番の受験者が心配停止状態!急いでAEDを用意してくれ!」
「分かりました!」
テント内に用意してあったAEDを使って、電気ショックを与える。AEDの準備が整うまでの間に、私は胸骨圧迫を行った。この試験で死者を出すわけにはいかない。なんとしてでも蘇生してもらわなければ……!
「淡雪は急いで病院へ連絡するのと同時に、消防の通信司令本部に連絡をし、救急車一台とドクターカーを城に向かわせるよう要請してくれ!」
「今やってます!」
救急車やドクターカーが来るとしても、どんなに早くても5分はかかる。なんとか保たなくてはな……。
「エイル。回復を頼む」
「分かりました。【アルティメットヒール】」
エイルが【アルティメットヒール】をかけると、その受験者の心臓が活動し始めた。
「なんとか動き出したな。これで危機は脱したな。だが、心停止は状況的に3分強だったはずだ。精密な検査をしてからまた、試験の続きを受けさせるとしよう。まあそれも、本人が試験の続行を希望する場合だがな」
その後、救急車とドクターカーが城に到着し、救護テント内に入って来た。
「その者は、そのまま病院へ搬送してくれ。それと、先程まで心停止状態であったので、念のため注意してくれ。そして他の者は、ざっと見た感じだが、1248番と2053番の受験者は脱水症。826番と1759番の受験者は熱中症だ。この4人に関してはいずれも軽度の脱水症と熱中症のため、医師の指示の下、その者達の対処を行なってくれ」
「承知しました」
私はそうして救護テントから出て、名簿の書かれたリストを確認しに行く。
「受験者の名簿リストはあるか?」
「こちらに」
トワから名簿リストを受け取って、さっきの5人を確認する。
「トワ。試験担当者を急いで第二会議室へ集めてくれ」
「分かりました。急いで皆さんを第二会議室へ招集させます」
「頼んだ」
その後、緊急の会議を行うことになった。
「急な会議を開いてしまってすまない」
「どうして急に会議なんて開いたの?」
アイリスが私にそう尋ねてきた。
「先程の三次試験において、急病人が5名発生した。そのため、この5人についての試験についての情報を皆と共有しようと思い、緊急の会議を開かせてもらった」
「ところで春人殿。その5人は、明日、明後日には試験を受けられる状態まで回復出来る状態なのですか?」
「5人のうち、826番、1759番、1248番、2053番の受験者に関しては、2、3日もすれば回復出来るだろうが、503番の受験者に関しては難しいだろうな」
「どうしてですか?」
トリスが質問をする。
「この503番の受験者は、心配停止状態が3分強ほど続いていた。今は、心停止状態から脱しているが、しばらくの間は意識不明の状態が続くだろう。その他は、回復次第まとめて再試験を行い、入院中の受験者に対しては、退院次第、再試験を行うという感じで良いか?」
「異論はありません」
「同じく」
全員の異論がないのを確認した。
「異論がないということで、全員この情報を共有できたと思う。よって、これにて緊急会議を終了する」
会議を終了し、再び試験会場へと移動した。
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