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第3話⑩ 非リア男の理解者?

「あ、ちょ!? 何してるんですか!?」


 俺は慌てて輪の中を飛び出し、美里先輩の目の前で叫ぶ。しかし、彼女はニヤニヤと意地悪そうな表情でスマホをゆらゆらと揺らしてみせる。背後からは「むー……」と不服そうな声が聞こえてきた(どちらかは言及しない)。


「ふふーん。あんたの鼻の下伸ばした情けない顔を激写しておこうと思って。これいいネタになりそうだわ」


 先輩はこれ見よがしに「よし、保存っと」とわざとらしく口にし、


「桜坂、この写真をバラされたくなかったら、再来週の水曜日のお昼、あたしに付き合いなさい。またうっとおしい女子ランチ会に誘われてめんどくさいの」


 これ以上ないベタな台詞を上から目線で吐く。むふふと口角がだらしなく上がっていた。

 俺としては大きな溜息をつくしかない。


「先輩、正直後輩へのガチパワハラは引くんですけど……。笑えるレベル通り越してますし。いや、今時笑えるいじりとかもやめてほしいんですけど。俺、小さい頃から集団で微妙なポジションだったんで、いじられたとき適当に笑ってごまかすの辛かったんですよね」


 もちろんこちらも冗談である。いや、辛かったのは嘘じゃないが。昔を思い出してわりと本気で辛い。

 しかし、先輩は少し気まずそうに顔を伏せると、


「……ごめんね。調子に乗りすぎたわ。あんたのめんどくさくて、複雑で、冗談が通じない性格を思えば、ジョークで済むところじゃなかったわ」

「いやいや、ごめんって言えば何でも許されるわけじゃないでしょ」

「……本当にごめんね」


 わざとらしく目元を拭う仕草をしてみせる。もちろん。口元は蛇にみたいにうにゃうにゃとしていた。

 本当にこの人は……。

 二回謝ってくるところがまた何とも。しかも、心にもない、というほどでもなさそうなのがまたいやらしい。神楽坂とはまた違った手強さだ。


「ていうか、そんなにランチ会が嫌なら普通に誰か誘えばいいじゃないですか。俺じゃなくたっていいでしょう」

「あんた以外の男誘ったりしたら、余計な誤解を招くじゃない。女からいきなりランチ誘うなんて気がありますと言ってるようなもんだし。職場でめんどくさいことなんてごめんよ」


 俺なら誤解されないんですか? と聞き返そうと思ったが、「うん」とあっさり肯定されて傷つくのは俺なのでやめた。


「じゃあ女の人を誘えば……」


「はあ? あんたバカなの?」

「…………」


 美里先輩はどこぞの人型決戦兵器の2号機パイロットか、迷光を意味するアイドルグループのリーダーみたいな台詞を真顔で放った。……年はアレだけど。


「お山の大将……じゃなかった、女王が企画した女子会を無視して、別の子をランチに誘うとかそいつらに喧嘩売ってるようなもんじゃない。さすがのあたしも更衣室で正面からイヤミ言われたくないし。誘った子にも悪いし」

「…………」


 それって言い直す必要ある?


「同じ理由で課内のイケメンを誘うのもナシ。無駄なヘイト買うから。その点、あんたなら『寂しい後輩の面倒見てあげてるんだ―』って勝手に思ってくれるからね。むしろ同情票を獲得できるまであるわ」

「…………」


「……先輩」

「ん? なに?」

「そこまで言われて、俺が誘いを受けるとでも?」


 いつのまにかちょっと視界が滲んでいた。あれ、おかしいなあ……。

 せめてもの抵抗。しかし美里先輩は、


「だからこそ、ここでこの写真が役に立つんじゃない」


 クククと完全犯罪を計画する犯人みたいな表情になる。

 だが、俺もこのままやられっぱなしでいるわけにはいかない。


「では聞きますけど、その写真、どう役立てるつもりなんですか?」

「へ? そりゃあもちろん、誰かに見せてあんたをゆす……」

「見せられるんですか?」

「は?」


 反撃開始だ。


「今の状況、どう見てもプライベートですよ。なんで俺“なんか”のオフの写真を持ってるんですか? って聞かれたらどう答えるつもりなんです?」

「え?」

「先輩こそ、俺みたいな奴と仕事外にまで付き合いがあるなんて思われていいんですか?」


 俺は伝家の宝刀を抜く。


 そうだ。俺のような影が薄くて仕事の出来もやっと並み程度の男が、うちの銀行のエースといっていい先輩と、職場の外でもかかわりがあることを表明するなんてデメリットしない。口さがないマウント系女子社員から、「美里先さんって桜坂さんなんかと仲いいんですかあー? あー、性格キツいしほかの男からは相手にされないんですねー。クスクス」とかバカにされること請け合いだ。


 つまり、嫌な思いをするのは俺ではなく先輩。

 言外にそういう意味を乗せたつもりだった。

 しかし、


「なんで? 別にいいけど」


 美里先輩はキョトンとした表情で、何でもないことのように言った。


「え?」


 今度は俺がぽかんと口を開ける番だった。……え?


「そろそろチームを組んで2年? だっけ? 長い付き合いになってきたじゃない。ちょっとくらいプライベートで顔合わせたっておかしくないと思うけど。まあ、あんたは嫌かもしんないけど、あたしは気にしないわよ」


「…………」


 俺はただ言葉を失ってしまった。何度も瞬きをしながらまじまじと先輩に視線を送り続けるしかない。


「おおー、光輝くんお得意のヘタレ自虐攻撃が効かなかった。これが大人の余裕かあ。……あたし、マジギレしちゃったし」

「一応、職場にお兄ちゃんを理解してくれてる人もいるわけか。……なんでだろ、どうでもいいはずなのにホッとしちゃった。我ながら過保護……」

「「愛海さんだけじゃないんだ……。光輝さんのバカ」


 もちろん、三人娘三様のぼやきは俺の耳には届かなかった。


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