第3話③ たこ焼き占い(後編)
「しっぽから食べる人は、『好きな人しか目に入らず一途! だけど嫉妬深くて相手が浮気したら復讐に走るかも!』だってー! あはは、めちゃくちゃ当たってるー!!」
「…………」
前回までのあらすじ。日菜さんの危険が危ない。以上。
……と、つまらんジョークはともかく。
「いい日菜? よく考えてみて?」
結月さんはうふふと笑いながら言った。その笑みに、俺は背中に氷柱を差し込まれたかのような怖気が走った。要は怖い。自覚はないだろうが、結月さんにはこういうところがある。
「たい焼きの食べ方で恋愛の姿勢を占うなんてナンセンスよ? 根拠なんてないわ。ものの食べ方なんて、小さい頃のしつけとか、日頃の生活や習慣から来るものなんだから。私たちの家は色々大変だったし、美味しい部分を最後まで取っておくようになっちゃても仕方ないことでしょ?」
結月さんは理詰めで攻めてきた。つまり、裕福とは言えない育ちだから、美味しいものはじっくり味わいたい。したがって、あんこがたくさん詰まってて美味しい頭部を最後に食べるようになった、ということだろう。よくわかる理由だけどちょっと切ない……。
「うわあ……。あくまで会話のネタの一つで言ってるだけなのにガチなマジレスとか……。普通に引くんだけど」
日菜さんは一歩後ずさっていた。物理的にも引いている。しかし、姉を窘めることも欠かさない。
「いい、お姉ちゃん? 今の、合コンや婚活パーティーで絶対やっちゃダメなやつだからね? 血液型トークで盛り上がってるところに『ブラハラやめてください!』とか言っちゃう女なんてマジドン引きされるから! 光輝くんもそういう地雷女子とかイヤでしょ?」
そして、なぜかこっちに火の粉が飛んできた。
「あ、いや、えっと……」
もちろん答えられない。正直に苦手とも言えないし、合コンや婚活のことなど俺なんかにわかるはずもない。前者は誘われたことないし、後者は始める勇気がないからね!
「ちょ、ちょっと日菜。光輝さんに変なこと吹き込まないで。わ、私だってそこまで空気読めないわけじゃないわよ。今の日菜の言い方に少しカチンと来ただけで……。だいたい私、合コン苦手だから誘われても行かないもん。チャラチャラしてる男子苦手だし、みんなでワイワイしてる会話にあまり入れないし」
「………」
「その……光輝さん、誤解、しないでくださいね?」
結月さんはわずかに顔を傾け、上目遣いでそんなことを言ってくる。
……誤解というのは合コンに行かない、のではなく、空気読めない、のほうでいいんだよな? どちらにしても、めちゃくちゃホッとしている自分がいる。何様だ、俺は。
「結月ちゃんもやるじゃーん。男のツボわかってるー!」
なぜか腕を組み、したり顔で頷いている我が妹。なんなんだそのポーズは。あと、おまえなんぞに男の繊細で傷つきやすくて複雑怪奇な心理事情がわかるのか。男だってめんどくさいんだ。
一方の日菜さんは「うわあ、あざと……。天然でやってるとこがタチ悪……」と苦い顔をしたのち、
「てか、お姉ちゃんが余計な茶々入れるからめっちゃ話脱線しちゃったし……。今の主題はお姉ちゃんがロマンチストで一途だけど嫉妬深い! が当たってるってことだよ!」
再びガス燃料を燃焼地帯に投下する。
……いや、せめてガソリンにしてくれ。爆発してしまう。
「確かに遊ぶのは苦手だし慎重な性格なのは認めるけど、べ、別に私は嫉妬深くなんかないわよ」
「ええー? そうー? お姉ちゃん、浮気とかされたら絶対許さなそうじゃん」
「日菜ちゃん、さすがに浮気を許せないのは誰でも当然じゃない?」
「ああ、違う違う灯里ちゃん。許さない矛先が浮気した男じゃなくて相手の女に行きそうってこと。お姉ちゃんの性格からして好きな相手は何があっても信じ込んじゃいそうなんだよねー。妹として不安だよー」
「ああ、なるほど。そっちかー」
「ていうか、それならまだマシかも。一番あたしが怖いなーって思ってるのは、きっぱり相手にフラれても、ズルズルと何年も引きずったり、諦めきれずにすがりついちゃったりしないかなってことなんだよね。重くて痛い女の典型」
「……結月ちゃん? 男なんて星の数なんているんだからね? それに今時恋愛がすべてじゃないんだからね?」
「あ、灯里さん!? なに鵜呑みにして本気で同情してるんですか! 日菜もいい加減にしなさい!」
「いやだって現に昨日、愛海さんに……」
「わあーーーー!!?? やめてっ!?」
「…………」
俺はそっと三人から距離を取り、たい焼きをパクつく。……ああ、あんこが甘くてためらない。スイーツは和菓子も素晴らしい。
すっかり男がまったく入れないタイプのガールズトークが始まってしまった。気まずい……。
てか会話を盛り上げるための材料じゃなかったの? どうして女子っていつも会話の中身が妙に生々しくなっちゃうの?
俺は空気と一体化し、もしゃもしゃと熱々のたい焼きを食べ続けるのだった。
美味いし、空は青い。
×××
「じゃあ、いよいよ光輝くんの番だねー!」
……そうだった。俺がまだだった……。




