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第1話⑦ 灯里の提案?

「え? お兄ちゃんが出せばいいじゃん。今だってそうなんでしょ?」


 灯里はしれっと言い放った。こ、こいつ……。


「おまえみたいな脛かじりと結月さんたちを一緒にするな。このパラサイトめ」


 俺は、あくまで結月さんたちが自分たちで生きていく力を手にするのをサポートしたいだけだ。なぜいまだに実家で吞気に暮らしている贅沢娘の面倒まで見なきゃならん。


「いや、少し前までそのパラサイト最有力候補だったお兄ちゃんに言われてもイマイチ響かないっていうか……。それに、わたしだってバイトは当然するよ」

「それこそ何言ってんだ。理系の大学院生なんて実験やレポートで忙しくてバイトなんかそんなにできないだろうが。つーか、ワガママ言って院進学したんだからちゃんと勉強しろ。親父や母さんを泣かせるな」

「…………」

「おい、返事は?」


 ちゃんと聞いてるのか? ん?

 しかし、灯里はその小さな口をぽけっと開ける。


「え? あ、ああ、う、うん。別に無視したわけじゃなくて。あのお兄ちゃんから、そんなお説教を聞くことになるなんて、なんかむずがゆいというか感慨深い気持ちになったっていうか……。どう見ても、社会不適合者一直線だったあの兄が立派に社会人になってて、わたしは感無量だよ……!」


「うん。いいこと言ってるようなフリしてめっちゃディスってるからね。あと露骨に話逸らしてるからね」


 わざとらしく目元を拭う仕草をする灯里。なにこの茶番。日菜さんが吹き出しそうになるのを必死にこらえている。結月さんはちょっと困った感じで苦笑いをしていた。


「でも、そんな大人になったお兄ちゃんにも、この話はメリットがいくつもあるんだよ?」

「……メリット?」


 しかし、どうせろくでもない意見なんだろうな思いつつも、なんだかんだで妹の声には耳を傾けてしまう俺。……シスコンじゃないはずなんだけどなあ。


「まず、スタートの確認から! 物事を整理するときは一番大事な目標を振り返る!」

「はあ……」


 意識高い2年目のビジネスパーソンみたいなことを言い出した。


「お兄ちゃんはなんで二人を手助けするの?」

「なんでって……」


 そんなの、決まっている。

 二人のような優しい子たちには、進みたい進路を選択する権利はあっていいと思うから。

 辛い現実に直面しても、明るさを失わずに乗り越えようする姿勢が立派だと思ったから。

 何より、二人には幸せを掴んでほしいから。


 というようなことを改めて妹に滔々と説明すると、


「…………」

「おい、どうした灯里。急に黙りこくって」


 なぜか呆けた顔をしたまま固まった。顔も心なしか赤くなっている。


「……や、なんかごめん。軽々しく聞いちゃって」

「へ?」

「そんなに真剣……いや真剣なのは知ってたつもりだけど、そこまで大真面目に語られるとは思わなくて」


 向かい側を見ると、日菜さんはつーんと顔を逸らし、結月さんは優しくこちらを見つめている。二人もまた、その頬には朱が差していた。


「……光輝くん、恥ずかしい」

「でも、やっぱりその気持ち、すごく嬉しいです……」


 ……あ。


 灯里はコホンとわざとらしく咳払いをし、俺もなんとなく頬を掻いてしまう。


「と、とにかく、お兄ちゃんがそれほど二人のことを大切に考えるなら、なおさらわたしがここに住んだほうがいいんだよ!」

「……なんでだよ」


「まず、女のわたしなら二人の隣で暮らしてても、周りに何か言われることもないでしょ?」

「……まあ、そりゃそ。うだけど」

「それにこの先、お母さんお父さんにずっと黙ってるつもりなの?」


 ……!


「べ、別にすぐに話す必要はないだろ。かといって隠し通すつもりもない。時期が来ればちゃんと説明する。やましいことをしてるわけじゃないんだから」

「ならなおのこと、わたしが間に入ったほうがよりスムーズだよね? お金の支援は年収があるお兄ちゃんで、生活のサポートは同性のわたしがすれば、誰も変な想像しなくなるよ」

「……それは」

「別にお兄ちゃんだって近くに住めばいつだって会えるんだし。……まあ、お兄ちゃんの出費アップはかなりのネックだけど」


 最初はメチャクチャなことを言い出したと思ったが、冷静になって考えてみると現実的な気もしてきた。

 というより、灯里もまたこの短時間で二人のことを真剣に考え出していることの証左でもある。こいつもまた、水瀬姉妹の優しさや健気さに、何かしてやりたいと思ったんだろう。


 真面目に検討する余地アリなのか――――――――

 俺が多少なりとも意見が傾きかけた、その時だった。


 きゅっ。


「え?」


 不意に、俺の右手に小さな力がかけられる。

 見ると、結月さんが俺の上着の袖をそっとつまんでいた。


「ゆ、結月さん?」

「…………」


 彼女は俺をじっと見つめてくる。その深い色の瞳はかすかに揺れていて、思わず俺は息を呑む。視線どころか心まで吸い込まれてしまいそうだった。


 鈍感な俺でも、さすがに彼女の気持ちがわかった。


 果たして、それは幾秒のことだったのか。

 結月さんは我に返ったように何度も瞬きをすると、パッと慌てて手を離した。


「ご、ごめんなさい! 私ったら何を……!」

「えっと……俺は別にいいんだけど……」


 いたたまれなくなって、俺たちは互いに視線を外した。


「……なにこの空気」

「お姉ちゃん、あざとい……」


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