第1話③ 普通じゃなかった妹
さて、場所は移り。
すっかり俺たちのトラブル(?)に関する話し合いの場として定着してしまったホワイトラビット。
四人掛けのテーブル席に、俺と灯里が水瀬姉妹と向かい合う形で座る。
トーストとコーヒーこそ出してくれたが、マスターがまたもや厳つい視線で俺を見ている。恐怖で背筋がぶるぶると震えるが、がんばって無視した。
「わ、私が姉の水瀬結月と申します。横浜の大学に通っていて、今は3年です。えっと……お兄さんにはいつもお世話になっています」
「妹の日菜です。同じく横浜市内の高校2年生です。あ、お兄さんのことは“光輝くん”って呼んじゃってます。だけど、光輝くんはあたしのことを“日菜”といまだに呼び捨てにしてくれないのが目下の悩みでーす! よろしくお願いしまーす!」
「ちょ、ちょっと日菜!? いきなり何言ってるの!?」
結月さんは緊張した様子で頭を深く下げ、日菜さんは明るく(あまり笑えない)ジョークを織り交ぜる。
もはや夫婦漫才ならず姉妹漫才、デジャヴ……というよりおなじみの光景が俺の目の前で繰り広げられた。
「……というわけだ灯里。こちらが水瀬結月さんと日菜さん。俺が少しだけ生活をサポートしている子たちだよ……って、灯里?」
妹はなぜか、俺とは似ていないその大きな瞳を何度も瞬きし、ぽつりと言った。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「さっきも会った瞬間も思ったけど、今度はちゃんと声に出して言うよ」
「……は?」
「か……」
か?
「かわいーーーー!!!」
灯里は勢いよく立ち上がって日菜さんの背後に回ると、いきなりガバッと彼女に抱きついた。
「ひゃっ!?」
珍しく日菜さんが可愛らしい悲鳴を上げる。
だが、灯里はそれにも構わず日菜さんをぎゅうっと抱き締める。
「ねえ見てお兄ちゃん! JKだよJK! 生JKだよっ!! うわあー、肌すべすべー、睫毛ながーい、瞳キラキラしてるー!」
「きゃっ!? ちょ、ちょっとくすぐったいですよー!」
「そっちのお姉ちゃんもすっごい美人ー! 髪の毛サラサラ―! 肌が雪みたいー!」
「あ、ありがとうございます……」
「…………」
我が妹の唐突すぎる蛮行に俺はガチでドン引き。え、現実でこんなことする奴いるの? 二次元の話じゃなくて?
「むふー……しあわせー……」
うっとりと日菜さんに頬ずりをする灯里。幸いなのは、日菜さんも戸惑っているものの、彼女もまた笑顔であまり嫌そうではないこと。
とはいえ……。
……うちの妹、全然普通じゃなかった。
×××
「まったく……」
俺はこのセクハラ女を日菜さんから強引に引き剥し、椅子に座らせる。そして、腕を組みながらぎろりと見下ろした。ここは兄としての威厳が試される場面だ。
「何か申し開きは? ん?」
「す、すみません……。つい……」
さすがにやりすぎたと反省したのか、灯里はしゅんと俯いている。
「日菜ちゃん、ごめんね。結月ちゃんも」
「あはは、平気ですよー。あたしはフレンドリーな人歓迎ですっ!」
「少し驚きましたけど……私も大丈夫です」
「うう、優しい……。お兄ちゃん、天使がここにいるよ……! 人類の楽園はここにあったんだよ……!」
「おい反省しろ反省」
……まあ、天使ってのは同意だけどな。絶対口には出さないけど。俺だとセクハラどころか拘置所直行まである。
「俺からも謝るよ。ごめん、日菜さん、結月さん」
ダメな妹に続き、俺も頭を下げる。
しかし、日菜さんも結月さんも気にしないでとばかりに微笑んでいる。……やはり下界に降りてきた天使しれない。
「ううん、あたしはむしろホッとしたよ。楽しそうな人で。ホント言うとちょっとドキドキしてたんだ―。『お兄ちゃんに近づかないで!』とか拒絶されたらどうしよう、って」
「ああ、それはないない。こんな愚兄」
「おまえが愚昧(妹?)だろうが……」
苦い顔でイヤイヤと手を振る灯里に、俺はツッコミを入れずにはいられない。
それを見た結月さんの笑顔が、優しいものから苦味交じりのものへとわずかに変わる。
「あ、あはは……。光輝さんの妹さんですから、もっと落ち着いた方なのかと思ってました……」
「いやあ、親父が小さい頃からめちゃくちゃ甘やかしててさ。こんなわがままで子供っぽくて痛い女に育っちまった」
今さらだが、こいつもう大学院生なんだよな……。
まあ、この幼さとフリーダムさが創造性を生むのか、俺と違って天性の頭の良さがこいつにはある。大学こそ俺と同レベルだったが、大学院はさらにレベルの高い場所に進学した。しかも理系。
「でも、仲が良くて、羨ましいです……」
「結月さん……」
しみじみとそう言う結月さんに、俺は二の句が継げなくなる。
……そうだよな、彼女にも水瀬陽太という兄貴が……。
だが、
「いやいや、光輝くん、違うから。お姉ちゃんが勝手にお兄ちゃんに反抗してるだけだから。あたしとお兄ちゃんは普通に仲いいから」
日菜さんが割り込み、訂正してくる。やはり、ここについてだけは、この姉妹も一枚岩ではないようだ。
それを聞いていたのかいないのか、灯里が言った。
「でも、わたしもよかったよ」
「ん? なにが?」
「お兄ちゃんが元気そうで」
「何言ってんだ、俺はいつでも元気……じゃないな」
俺のような陰キャが元気とか何それって感じだ。
「そうだよ。お兄ちゃんって死んだ魚のような目でずっと社会人してたじゃん。いや、それは学生の頃からだけど」
「………」
「うわあ、光輝くんっぽーい」
うるさいしやかましいが、否定できない……。
しかし、やがて灯里は楽しそうにに笑い、そして言った。
「でも、日菜ちゃんと結月ちゃんのおかげで、こんなお兄ちゃんが元気になったんだよね。ありがと。このダメ兄貴をちょっとだけ真人間にしてくれて」
「…………」
「はいっ! とは言ってもまだまだ途中なんですけどねー。やることいっぱいです!」
「いえ。私たちこそ、光輝さんに勇気や安心、もらえましたから」
二人もまた、優しい笑みを浮かべる。
「………ふん」
これもまた非常に遺憾ではあるが、全然否定できなかった。




