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第4話⑫ 今日の反省会 ~日菜編~

 ×××


『ど、どこ見てるのっ!?』


 隣の部屋からやたら大きな姉の声が聞こえてきた。

 家賃のわりには二人それぞれ自分の部屋を確保できるほどの広い間取りだが、その代償か、壁はなかなかに薄い。


「ちょっとー? お姉ちゃんうるさいよー?」


 大声を上げるなんて珍しい、なんて思いつつも日菜は抗議の声を上げる。


『どうしたの日菜?』


 すると、スマホのスピーカー越しに日菜の親友の一人、黒瀬紗代子の声が聞こえてきた。

 日菜は慌てて端末を耳に当てる。


「ああ、ごめんごめん。なんかお姉ちゃんが騒いでて。友達とリモート会やってるみたいなんだけど」

『結月さんが? 珍しいね。何かあったの?』


 紗代子もまた、結月は落ち着いた年上の女性だと思っている。日菜と似たような感想を口にした。


「さあ? おおかた光輝くんのことでもからかわれてるんじゃないの」

『ふーん? 結月さんも桜坂さんのこと友達に話してるんだ?』

「いーや? なんか持って行ったお弁当が光輝くん好みのメニューに変わってるのを目ざとく見つけられて、そこから芋づる式にバレちゃったみたい。『男できたのっ!?』的な話になったらしくて」

『……マジ? 結月さんの友達もなかなかおっかないね』

「……不意打ちでウチまで乗り込んでた紗代子たちも、人のこと言えないと思うけど」

『ははっ、そりゃそうだ』


 日菜が恨めしげに言い返すと、紗代子は気分を害することもなくからからと笑った。本当に懐の大きい親友である。


 結月と同じく、日菜と紗代子も女子らしい長電話を始めたところだった。とは言っても、普段から友達との長電話をするのは、圧倒的に結月よりも日菜だったが。


 ちなみにもう一人の親友、上城絵美はこの連休のあいだ、北海道へ家族と旅行中。さっき届いたLINEに、豪華な寿司の写真が添付されてきていた。

 このお、羨ましいぞ、なんて返信をスタンプ付きで返した瞬間に、紗代子からコールがあったのだ。


『そうそう。それでさっきの話の続き。今日は絵美の分もあたしが聞くつもりだからね』


 だから、今は日菜と紗代子の二人だけ。紗代子は部活の陸上の大会直前で、今日は軽い練習メニューだった。


「さっきの話って……あれ? あたしどこまで話したっけ?」

『だから、桜坂さんのその元カノ? の話だよ』

「ああ、そうだった。……って、全然元カノじゃないよ。光輝くん、ダメダメでチキンで付き合うところまでいかなかったんだから。一方的な片想い? だよ」

『一方的な片想いって重言だね。危険が危ない、車に乗車する、みたいな』

「……うるさいなあ。国語の先生みたいなこと言わないでよ。そのくらい一方通行って言いたかったの」

『……いや、あんたが目指してるもの何だっけ?』


 そしてこの二人の話題もまた、日菜がなじるヘタレな隣人のアラサー男子と、その彼と今日再会した友達未満恋人未満(?)のアラサー女性のことだった。


「ホント、光輝くん、ダサすぎだよねー。奥手なのはしょうがないと思うけど、好きな人との連絡を勝手に自分で切るなんてさー。しかも気持ちに整理つけてるならまだしも、今日再会した時めっちゃ動揺してたし、そのくせやけに嬉しそうだし。未練タラタラって感じ」


 いまだに今日の怒りが収まりきっていない日菜は、ここにはいない年上の男に向けて痛烈な毒舌を浴びせる。……だが、


『……またそこから? これでもう3回目なんだけど』


 紗代子がうんざりした溜息を漏らす。


「そんなこと言ってもさー。フツーにひどいしカッコ悪いじゃん? 愛海さんかわいそうだよ。正直、今日はあたしの中での光輝くんの評価、ダダ下がりだよー」


 紗代子としてはその先がどうなのか、結局二人はくっつきそうなのか、結月さんとはどうなんだ、みたいな話を聞きたいのだが、日菜がぶつぶつとずっと光輝に対して文句を垂れていて、全く話が進まない。


「……そのわりには声がめっちゃ楽しそうじゃん」……と、紗代子は日菜に聞こえないくらいの音量でつぶやく。


『……だからそれはわかったっての。っていうか、いいの?』

「? いいのって何が?」

『あんた、やけにその愛海さん? の肩持ってちゃってさ。結月さんの応援してたんじゃないの?』

「うっ……それは」


 痛いところを突かれ、日菜は思わず口ごもる。


「そりゃお姉ちゃんのことはもちろん応援してるけど。でも、愛海さんもすごく優しくてカッコいいのに。なのに無神経なことした光輝くんが許せなくて。……気がついたら光輝くんを説教してて」


『……はぁ。間違ってることに正面から立ち向かえるのはあんたのいいとこだけど、同時に危なっかしくもあるね。聞いてるだけでヒヤヒヤするよ』

「うう……。こ、これも光輝くんが情けないのが悪いんだよっ!」


 立場が危うくなった日菜は、言い訳がましく光輝に責任転嫁してしまう。

 紗代子は呆れつつも、そこについてはそれ以上追及せず、


『……とにかく気をつけなよ。それともう一つ……あんたは、いいの?』

「えっ?」


 だが、それでいてもう一方については手を緩めず。

 日菜が「今度は何がいいの?」と聞き返す前に、紗代子は淡々と言った。


『あんたは桜坂さんのこと、いいの?』

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