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第3話③ 日菜の義憤

「えっと……いいんですか?」


 日菜は小声で尋ねる。


「ええ。あなたの言う通り、ここは私のホームグラウンドみたいなものだしね。こ……桜坂君よりも役に立つわよ?」


 愛海は悪戯っぽく笑う。日菜も、人見知りな姉と違って赤の他人と二人きりになってもさして抵抗感はない。この人、すごくいい人みたいだし。

 それに―――――――。


「だったら、ぜひお願いします。……あ、それから光輝くんのこと、無理に苗字で呼ばなくても大丈夫ですよー。申し訳ないんですけど、あたしたち、さっきのお二人の会話聞いちゃったんで」


 この人の光輝への感情を確かめる……いや、測るチャンスだ。


 そんな日菜の強かな意図など思ってもみない愛海は、「そ、そう?」とまんざらでもない表情になる。


「こ、こほん。そ、それじゃ遠慮なく。じゃあ日菜ちゃん……って呼ぶわね。早速で悪いけど、光輝に二手に分かれる旨、LINEにでも入れてもらっていいかしら? それと、私のことも愛海でいいわよ」


「いいですけど……せっかくだし、か……愛海さんからメッセしてあげたらどうですか? さっきの感じだと、しばらく連絡取ってなかったんですよね? 光輝くん、喜ぶと思いますけど」


 またもや日菜が、半分気遣い、半分探りの提案をする。

 しかし、愛海は困ったように眉を下げると、


「そうするのも別にやぶさかじゃないんだけど……物理的に不可能なのよね」

「えっと……それって、光輝くんの連絡先を知らないってことですか? ゼミが一緒だったんでしょ?」

「もちろん昔は知ってたけど……私がアメリカに留学してる間に、連絡取れなくなっちゃって。あいつ、キャリアやアドレスをいつのまにか変えてたみたいで」

「え?」

「たまの長期休みで帰国した時に、久しぶりだし飲みにでも誘ってみようかしら、なんて思ってアプリ開いたら、いつのまに光輝の名前が友だちリストから消えてたの」

「そ、そんな……」

「私と会いたくなかったのか、とっくに私のことなんて忘れてたのかはわからないけどね」


 寂しそうに微苦笑を浮かべる。

 そんな光輝の身勝手で情けなくて自意識過剰な振る舞いを聞いてしまったからには。

 この正義感が強くて情に厚い女子高生は。


「なにそれひどいっ! 光輝くんサイテー!」


 強い義憤を外に駆られてしまう。……声のボリュームはちゃんと落としたうえで。

 たとえそれが……姉の、そして自分にとって強大な敵になりかねない相手であろうとも。



 ×××



「それでは、こちらが入館カードになります。お帰りの際にご返却くださいませ」

「はい、ありがとうございます」


 受付での手続き終えた結月さんが、ゲスト用のカードを受け取る。


「それじゃあ行こうか。日菜さんと神楽坂、待ってるし……って、へ?」


 俺たちも入館するべくカードをリーダーに当てようとしたところで、すでにゲートの向こう側にいた日菜さんが、なぜか俺に無言のままいきなりあっかんべーをかましてきた。


「は?」


 俺は思わず立ち止まってしまった。……今時やる人いるんだ。かわいくはあるけど。


「日菜?」


 さすがに血を分けた姉の結月さんも、妹の行動が意味不明らしい。

 そして彼女は、どういうわけか神楽坂の手を引いてどんどん先行ってしまう。

 日菜さんに引きずられていく神楽坂は、顔をこちらに向けると、苦笑いで「ごめんなさい」と口の動きだけで謝ってきた。


「え、ちょっと……」


 俺と結月さんも慌ててゲートをくぐる。

 その時、俺のスマホがぶるりと震えた。

 結月さんも同じだったようで端末をバッグから取り出している。ということは……。


 案の定、画面を見ると、俺たちの三人のグループラインに通知が表示されていた。


『愛海さんからの提案で、館内でうるさくするといけないから二手に分かれようだって。あたしは愛海さんに案内してもらうから、光輝くんはお姉ちゃんに付き添ってあげて』


 すっかり、もうスタートまで遡るのは無理というくらい、たくさんのメッセージが積み重なったグループだ。まあ、そのうちの8割は日菜さんのものなのだが。

 でも……。


「これ、日菜さん怒ってる……よね?」

「みたい、ですね。理由はさっぱりわからないけど……」


 チャットでも彼女の機嫌はすぐにわかる。絵文字やスタンプが激減するからだ。

 逆に結月さんは、あまり女子っぽいデコったメッセージを送ってこないので、文章だとあまり表情を察することができない。まあ、彼女の場合は機嫌が悪くなることはそうそうないが。


「というか、もう“愛海さん”ですって。相変わらず人と仲良くなるの上手ですよね、あの子」


 実はそれも気になった。この数分の間に何があったんだろう……。


「私はぐるぐる色々なこと考えてちゃって全然お話しできなかったのに……」

「へ?」

「い、いえ、何でもないです! わ、私たちも見て回りましょうか!」

「う、うん……?」


 俺から表情を隠すように前を歩き始めた結月さんの後を追う。

 その時、もう一度スマホが振動した。

 今度は、グループではなく俺だけに宛てたメッセージだった。


『光輝くん! あとでお説教タイムだからね! 覚悟しとくように!! 女の敵っ!!!』


 続けて怒りを示すスタンプが5連投される。犬、猫、そのほかetc。


「何だってんだいったい……?」


 俺の敵が女、ならともかく、俺が女の敵って……。そんなことありえるわけないじゃないか。

 心当たりがまったくない俺は首を捻るしかなかった。


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