第3話① 結月の不安
~Another View~
日菜の提案により、なぜか四人で行動することになった光輝たち。
愛海が先導する形で、日菜たちは中央図書館に向かっていた。読書家の日菜が真っ先に挙げた行き先である。
「………。光輝さん」
お互いにスムーズとはいえない会話ながらも、どことなく楽しそうな愛海と光輝の後ろ姿を、結月は不安げに見つめた。早起きして作った弁当の入ったバッグを無意識のうちに強く抱き締めてしまう。
自分の姉ながら、日菜はその健気さと美しさに目を奪われそうになる。
「……お姉ちゃん、どんだけ乙女なの。そんなアンニュイな溜息つきながら男の名前を切なそうに呼ぶって……」
この儚そうな姿を見せれば、どんな男だってイチコロじゃん。光輝くんなんて特に。そんな感想だけが浮かぶ。
「べ、別にそんなんじゃないわよ。……ただ、光輝さん、さっきからなんだか嬉しそうだし。やっぱり、光輝さんにとって特別な人なのかなって……」
「…………」
日菜はそれには答えず。
「お姉ちゃん、これは敵情視察だよ」
「え?」
「ライバルの動向は知っといたほうがいいでしょ? だから案内を頼んだんだ」
「ら、ライバルって……」
「ああ、とはいっても神楽坂さんがどうこうっていうより、光輝くん側の問題ね。光輝くんが未練タラタラなのかどうか、それを見極めるんだよっ!」
さっき、光輝に耳元で囁いて煽ったのもそのためだ。
「未練……やっぱり光輝さん……」
「ま、まあ、モテない光輝くんのことだし、ちょーっと仲良かった女子とまた会話出来て盛り上がってるだけでしょ。神楽坂さん、すっごい美人だし、頭もすっごく良さそうだし。光輝くんみたいな諸々平均点未満のパッとしない男子なんて……」
落ち込みかけている結月を見かねた日菜が、早口でまくし立てる。あくまで奥手な姉のため。そのはすだ。
その時、前にいる二人の会話が姉妹の耳に入る。
「そういえば」
「ん? なに?」
「さっきちょろっと言ってたけど……今日出勤日じゃないのに仕事してて大丈夫なのかよ」
「え? それは大丈夫よ。研究職なんて仕事とプライベートが一緒みたいなものなんだから。あなたみたいなサラリーマンとは時間の使い方が違うし。コンプライアンスとも無縁の職場ね」
「いやいや。それのどこが大丈夫なんだよ。そんな職場環境で身体とか平気なのか? そもそも、おまえ、昔から研究に没頭すると寝食忘れがちだったじゃないか。ちゃんとメシ食ってるか? 寝てるか?」
「あ……当たり前じゃない。へ、平気よ。……………ふ、普段は」
「おい、なんで今言い淀んだ? あとなんだ最後の一言は? 神楽坂、忘れてるかもしんないけどな、俺たち、もうすぐ30なんだぞ? 若くないんだぞ? 美容のことは男の俺にはわからないけど、健康には少しは気を遣えって」
「……ちょっと光輝。女に美容と年齢の話を持ち出すなんてデリカシーなさすぎよ。しばらく会わないうちに生意気になったんじゃないの? あと30って数値を具体的に口に出すのはやめて」
「そっちこそ話逸らすなよ。身体壊したら元も子もないって俺が言いたいの、神楽坂ならわかってるだろ?」
「……んもう。光輝、いつもはシャイで口下手なくせに、そういうとこだけお節介で厚かましいんだから。相変わらず」
「そりゃ健康や金のことは誰だって心配するだろ。とにかく、ちゃんと食って、ちゃんと寝ろ。それだけはきちんとしてくれ。以上だ」
「……わかった、わかったわよ! 本当に小うるさいんだから。……でも、ありがと」
「えっと……お、おう……?」
「「…………」」
思わずずっと無言で光輝と愛海のやりとりを凝視してしまう水瀬姉妹。
「なによ光輝さん。自分だって食生活はズボラなくせに、そうやって人の心配はしちゃうんだ」
「あ、あはは……。ひょっとしてあたし、ホントにキラーパス送っちゃった? …………なんだか、なあ」
むくれる結月はもちろん、日菜も頭を掻く手にやけに力がこもるのだった。
×××
そして、キャンパスの北門を出て道路を挟んだ向かい側。ここが最初の目的地。
俺たちの目の前にかなりの大きさの建造物が立っている。
「ここがこの大学の中央図書館よ。当然だけど学生が勉強したり、院生が論文を書いたりする時に使ってるわ。蔵書の数もかなりのものよ」
神楽坂のガイドを聞きながら、日菜さんは感嘆の声を上げた。
「おっきーい! 高校の図書室とは比べ物にならないよ!」
「まあ、図書“館”だからね。大学は本来、学問を追求する場所だし」
「でも、私の大学の図書館よりも3倍くらいあると思います……。さすが私学の雄ですね」
結月さんも圧倒されているようだった。
「神楽坂さん! 中も入れるんですか?」
「外部入館の手続きをすれば大丈夫よ。見てみる?」
「はい、ぜひ!」
テンションの高い日菜さんが、一足先に階段を昇り始めた神楽坂の後を駆け足で追っていく。
「じゃあ、結月さんは俺が案内するよ」
「は、はい。ありがとうございます」
俺もまた彼女たちの後について階段に足をかける。だが、なぜか結月さんはふと立ち止まり。
「……あの、光輝さん」
「ん、なに?」
俺は振り返る。
すると、彼女は真剣で……どこか思い詰めたのような表情を俺に向けた。
その光沢のある長い黒髪を、初夏の暖かな風がさらう。
「……どうしたの?」
もう一度聞くと、結月さんは大きく首を振り。
「い、いえ! 何でもないです! は、早く行きましょう! 日菜たちが待ってますから」
俺を追い越して階段を駆け上がっていった。
「……聞けないよ、どういう関係なの? なんて……」




