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第2話⑥ 水瀬日菜と水瀬結月④

 時間は10分ほど遡り。

 自販機に飲み物を買いに行った光輝を中庭のベンチで座って待っていた日菜は、高くそびえる学舎を見上げた。


「やっぱ大学ってなんか違うよねー。建物とか雰囲気とか。この校舎とか高層ビルみたいだし。いかにも学校って感じの中学や高校とは全然」


 隣に座る結月も、妹につられて視線を上げる。


「そうね。私も入学した時は自由な空気にワクワクしたなあ。入学式の日とか、サークルの勧誘とかすごくて。ホントお祭りみたいだった」


「でもそれ全部スルーしたんでしょお姉ちゃんは」


 日菜はジト目で結月を見る。

 その真面目な姉は「うっ……」と気まずそうに目を逸らし。


「だって……なんかびっくりしちゃって。高校の時はあんまり話さなかった男の人に急にものすごく話しかけられるし。でも、1カ月も経たないうちにもうみんな居場所ができてて、すっかり輪に入りづらくなっちゃってたし……」


「なんてゆーか、すっごくお姉ちゃんっぽいエピソードだね……」


 反対に、人間関係とか諸々ちゃっかりしている妹は呆れたため息をつき、


「でもよかったじゃん」

「? なに? いきなり?」

「そのくらーい、彩りのない大学生活の後半に差し掛かって、やっと遅い春が来てさ」


 それからにししと笑った。

 結月は一瞬、何のことかわからずきょとんとし、やがてその意味に思い当たるとシュボっと火を点けたライターのように頬に熱を帯びた。


「な、なんのこと? 全然わからないんだけど」

「いやその否定意味なさすぎでしょ……」

「……べ、別に私は、光輝さんとどうこうなりたいってわけじゃあ……」

「あたし、光輝くんなんて一言も言ってないけど? ……なーんて、このやりとりベタすぎるかあ」

「…………」


 一人ツッコミで勝手に自己完結した日菜に、結月は恨みがましげな視線をぶつける。


「って、微妙に聞き流せない発言が聞こえた気がしたんだけど。光輝くんとどうこうなりたいわけじゃないって、じゃあどうするの?」

「だ、だって、まず私がしっかり自立して、生活の基盤を整えないといけないし……。今はそういうこと、考えてる余裕ない、かな」


 律儀で、そして引っ込み思案な結月らしい答え。


「それに、光輝さんにお世話になったまま、たくさんのものをもらったまま、そういう気持ちだけ先走っちゃうの、違うと思うし」


 だが、日菜は「え? 何この姉アホなの?」みたいな表情で手をひらひらさせる。


「ちょっと、どんだけ気が長いのよお姉ちゃん。モタモタしてたら、光輝くん、30だよ? アラサーじゃなくて本当にサーティになっちゃうんだよ?」

「え。で、でも私、光輝さんが30歳超えても全然気にしないし。別に40だって……」


 天然でとんちんかんで、微妙に惚気交じりの反応を返す結月に、日菜はますます苦い顔をする。


「いやいや、お姉ちゃんのオジ趣味なんてどうでもいいんだって。そうじゃなくて、男だろうが結婚適齢期の数年を平気で取り上げる気なのって聞いてるの。そうやって待たせるくせに、お弁当をやたら作ってあげたりするとか。気を持たせといておさわり禁止ってめっちゃひどくない? ……まあ、じゃあそれやめれば光輝くんが彼女見つけられるかっていったらそれはそれで別問題なんだけどさ」


 結月は、「お、おさわりってどこでそんな言葉覚えてくるのよ!?」と顔を真っ赤にしたのち、嘆息しつつ反撃に転じた。


「日菜こそ何言ってるのよ。私たちが光輝さんにお世話になると決めた時点で、とっくにあの人の大切な時間を奪っちゃってるのよ。だからこそ、卒業したらせめて恩返しだけはしようって決めたの。だいたい、光輝さんの周りをいつもうろちょろしてる日菜にそんなこと言える資格ないじゃない」


「あ、あたしは別に家族として、だし。あたしたちの扶養者が変な女に引っかかって不幸になったらいやじゃん? べ、別に光輝くんを縛ろうとしてるわけじゃないし。……それだけ、だし」


 そんなふうに火の粉が自分にかかってしまうと、日菜は否が応でもあの夜を思い出してしまう。光輝の、大人の男の中に垣間見えた複雑な性格を。

 ……それに胸の奥がキュッと締め付けられてしまった自分の心も。


「だ、だから、お姉ちゃんも光輝くんも異性慣れしてないんだし、お互い変な相手に捕まるくらいだったら、二人がくっついちゃえばいいじゃん、って思っただけで……」


 そんなモヤモヤと……その奥の、かすかに生まれつつある感情には蓋をして、日菜はそう言った。


「日菜……」

「も、もう光輝くんったら。ジュース買ってくるだけでどれだけ時間かかってるのよ」


 自分から話を振っておきながら、最終的に旗色が悪くなってきて、日菜はごまかすようにベンチから立ち上がった。


「どれだけって……まだ5分も経ってないじゃない。相変わらず気が短いんだから」


 言いながら、結月も立ち上がり、二人して光輝を迎えに歩き出す。


 

 ×××



 ものの数分もしないうちに二人は光輝の姿を見つけた。


「あ、いたわよ、日菜。光輝さ――――――」

「お姉ちゃん! ストップ!!」

「きゃっ!?」


 日菜は前に出ようとした結月の腕を強く引き、その姿を木陰に隠した。


「ちょ、ちょっと何するのよ!?」

「しーっ! 静かにして!」


 物陰から二人が首を伸ばして様子を窺うと。


『あ、そうだ光輝。ちょっと確認したいことがあったの。手、見せてよ』

『へ? 手?』

『そっちじゃなくて。左手よ』

『は?』

『はい、見せなさい』

『わっ!?』

『ふむ。指輪は嵌ってないわね。光輝、あなたまだ独身ってことでオーケー?』

『あ、当たり前だろ!? 何すんだおまえっ!?』


「「…………」」


 ……舌の根の乾かぬ内に、見ず知らずの女といちゃつく光輝の姿を目撃するのだった。


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