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第1話① 水瀬日菜と水瀬結月①

「ねえねえー、起きてよー。もう朝だよー? 8時だよー? いつまで寝てるのー?」


 起き抜けのまどろみの中、そんな可愛らしい声が意識の遥か遠くから聞こえた。


 ……誰だよ、こんな朝早くから……?

 つーか、女の子の声に聞こえるんだけど……。


 いやいや。ナイナイ。これは幻聴……いや夢……いや脳が起こしたバグだ。


 社会人になって早5年、一生毒男への一本道(分かれ道なし)を順調に突き進んでいるアラサー男ことこの俺、桜坂(さくらざか)光輝(こうき)に朝起こしてくれるような彼女など今はいない。それどころか………おっと、何でもない。物語開始わずか8行目でカミングアウトするようなことじゃなかった(もう言っているようなもんだが)。


「光輝くーん? ねーえ、起きてってばー」


 どこか甘ったるい声とともに、ゆさゆさと身体を揺すられる。


 ……うーん……でも夢にしちゃやけにリアルな質感……。


「うっ……」


 思わず、寝返りを打つ。


「あっ、光輝くんの寝顔かわいー! 普段はちょっとイマイチな感じなのにー! ああそっか! 目を閉じてるからか! 寝てれば目の大きさ分かんないもんねー」


 すげー失礼なことを言われている気がする。いや、俺のルックスへの寸評はその通りすぎて反論のしようもないんだけど。


「…………」


 そこでふと、その女の子の声が途切れた。

 代わりに、ぽすんと寝床が沈む。ベッドの上に腰掛けたらしい。


「……ありがとね、光輝くん。あたしたち、光輝くんのおかげでやっと少しだけど、元気が出てきたよ」


 鈴の音のような声をした、彼女の独り言。そこには寂しさと嬉しさがこれ以上ないくらい絶妙な比率でブレンドされていて。


「正直、アラサーのリーマンなんてただの冴えないオッサンだと思ってたけど……。でも…やっぱり大人の人って、いざって時にはすごく頼りになるんだって実感しちゃった。だからあたしたちは……ううん、あたしはね……」


 その先は聞き取れなかった。彼女の声が小さかった……のではなく、闇の中で霧のように広がる俺の無意識が、その先の彼女の言葉を読み込むのを強引にシャットアウトした。そんな感じ。


「だから……ちょっとだけなら、いいよね……?」


 体重がかけられたのか、掛け布団がぐいっと引っ張られる。ふわりと柑橘系の香りが鼻腔を突いた。


 あれ……? 俺、今どんな状況……?


「えいっ」


 つんつんと頬を突っつかれる。


「あはは。ほっぺ柔らかーい! かわいー! てゆーか思ってたより肌質いいねー? 男の人なのにー。あ、ちょっとだけヒゲでじょりじょりしてる」


 てか痛い痛い。

 人間の習性である反射という反応でその手を振り払う。


「おっ、そろそろ起きちゃうかなー? それじゃあ次はウエスト回り! 年取るとパッと見わかんなくてもお腹出てくるっていうしねー?」


 何だって……?


「あっ、心配しなくても布団は剥がさないよー。朝から『そうなっちゃう』のは男の人にとっては生理現象だもんね。いくら男子相手でも、ガチのセクハラはこのご時世さすがにご法度だよねー」


 そんな不穏すぎる台詞とともに、布団越しとはいえ、脇腹をぐいぐいと押された。


「あはは! 光輝くん、ちょっとぽよぽよしてない? 運動ちゃんとしてるー? ぽよーん!」


 うっ、しょうがないじゃん、最近運動不足で……。

 じゃなかった、ちょっといい加減に……。


 その時だった。


「あーっ!!?? ちょっと日菜(ひな)!? 光輝さんに何やってるの!?」


 耳をつんざくようなすっごい大声がした。


 その叫びに、夢と現を行き来していた意識が急激に現実の方へ引っ張られる。


 ぱっと目を開けた俺の眼前には、一人の少女の顔があった。それもとびきり可愛い女の子の。


 ウェーブをかけた茶色のミディアムヘアーが俺の頬をくすぐり、その大きな瞳はいたずらっぽい微笑みとともに優しく細められている。一方で、手を頬に当てた仕草と艶やかで張りのある唇は、そのあどけなさと反比例しているかのような危なっかしい色気も纏っていた。


 そうだ思い出した。彼女は。彼女の名前は。


「うわああっ!? ひ、日菜さんっ!!??」


 一瞬して眠気が吹き飛び、俺は飛び起きるなり布団を抱きかかえて後方へと後ずさる。


 俺のベッドの上で四つん這いというかなりアウトな姿勢でニヤニヤしているのは、ついこの間、とある複雑な事情を経て知り合ったばかりの美人姉妹、そのうちの妹、水瀬(みなせ)日菜(ひな)


 そしてそのイマドキな女子高生、日菜さんの振り返った視線の先には、俺の寝室の出入口で立ち尽くしているもう一人の少女。……いや、彼女はすでに成人しているからその言い方は失礼か。


 ブリーチをかけた妹とは対照的な、腰に届くほどの長い黒髪と、高く整った鼻梁。服装は白を基調としたブラウスに紺のロングスカートで、おとなしめの装いが落ち着いた印象を与える。顔も、可愛いというよりはその切れ長の目が象徴するように、清楚とか綺麗とかいった表現が似合う和風の女性。とある複雑な事情を経て知り合ったばかりの美人姉妹、そのうちの姉、水瀬結月(ゆづき)


「いや、結月さんも勝手に入ってきてるじゃん……」


 俺は波打つ心臓を抑えようと大きく息を吐く。


 さて、このへんであらすじの紹介と行こうか。



 このお話は、冴えなくてモテなくてかつての夢を諦めたアラサーリーマンと、輝かしくも険しい未来をひたむきに歩こうとする二人の姉妹の、ドタバタでバカバカしくて……それでいてちょっと懐かしくてわりとシリアスな、長くて短い家族譚である。 


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 というわけで新作です。アラサーの社会人と、大学生と高校生の美人姉妹のホームラブコメです。『陰キャな俺が~』の同時間軸、別の場所でのお話です。よろしくお願いします! 


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