表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

怪奇6




「中国人の学生は、すごく勉強をする。今の若い日本人学生よりも、かなり勉強している。」




現代中国を教える日本人教授は、よくそう言う。

日本にいたころは、いまいちピンとこなかった。

だが、中国に留学をしてみて、初めて教授の言葉を実感した。

とにかく、自習・復習の時間が半端ではなかった。

授業が終わると、クラス全員が図書室に向かう。そして、いっせいに席の取り合いをするのだ。席が取れたものから順に、教科書やノートを出してペンを走らせる。書物が置かれる低い音、紙がめくれる音、シャーペンや鉛筆の芯がこすれる音。それが繰り返し部屋の中に響く。図書館が空いている間は、その日習ったことを復習する。図書室が閉まれば、足早に全員が岐路へとつく。実家や寮、アパートに戻ったら、今度は次の日の授業の予習をする。それを夜中まで続け、朝は起きてすぐに単語や数式を解いてから登校するのである。これが休日ともなれば、一日中部屋にこもって勉強し続けている。

わからないところがあれば、授業終了直後や放課後などに講師の下へと集まる。担当の講師が捕まらない時は、わかる者に教えを請うのである。

周りにいる生粋の中国人、ロウやアーシャなどもそんな感じだった。

ただ彼女達の場合は、こちらが誘えば付き合ってくれる。

しかし、大抵のクラスメートは断ってくる。


「遊ぶ時間がもったいない。」


それが断る理由。そして、いつもあきれた目で、ロウやアーシャを見ていた。

大人しいロウと気の強いアーシャは、そんなクラスメートの視線などは気にしなかった。

特にアーシャは、視線だけで差別してくるクラスメートに、


「国際交流のチャンスじゃない!?国の違う友達と付き合うことも、大事な勉強でしょう!?文句あるなら言いなさいよ!!」


と、吼え・・・ぼやいたこともあった。

大学によって違うかもしれないが、多くの中国人学生は勉強ばかりしていた。

それなのに彼らは、そういった自覚がまるでなかった。


「これぐらい勉強しないと、もったいないじゃない?」

「学生なんだから、勉強しなきゃだめじゃない?」

「家族からの期待もあるし、将来のためにもなるし。」

「今苦労しておけば、後が楽でしょう?」


そして最後に、彼らは必ず言うのだ。


「私(僕・俺)は、自分がそんなに勉強しているなんて思わない。」


真顔で、そういう返事を返してくれる。

そんな勤勉な中国人の中でも、特に勤勉な1人の男がいた。

中国人達の中でも、「あいつは、勉強しすぎだろう?」と、感心し、呆れるほどの人物。



「ガイリン!」



人ごみの中で、頭ひとつ分浮いている大男。遠くからでも、日焼けした筋肉質の体は目立っていた。せわしなく動かしていた首は、その呼び声で止まった。そして、こちらに向かって振り返る。


「あ、そこにいたのか!?」


そう言いながら、笑顔で近づいてくる青年。


「久しぶりだな!会えてうれしいよ!」


この男こそ、中国人もが感心し、呆れるほどの勉強をしていた人物。

彼の名はガイリン。留学時代に知り合った中国人の友達の一人である。

ガイリンは農家の出身だが、小さい時から勉強ができる優秀な子だった。

留学時代、学校で見る彼は、いつも教科書や辞書を見ていた。それを見ながら、人と話をするのだ。食事の時でさえ、空いている手の方に参考書を持って食べていた。お風呂のときなどは、英語のテープをかけながら入るというのだからかなりものである。

しかし彼の場合、勉強だけができるというわけではなかった。がっちりとした体格と俊敏な速さを持つスポーツマンでもあった。勉強同様、スポーツ競技もみごとにこなした。

まさに、文武両道と言える人間。

そのため彼は、国の援助で学費やその生活費を補償されるほどだった。

ガイリンは学校を卒業してからは、農業に関する仕事に就職した。本人としては、家業をついで農民をしたかったらしいが、家族が裕福な生活を望んだという。

その結果として、仕事が休みの時だけ、農業をしているのである。


「ロウから、玲子達と一緒に来てると聞いてな!どうしても会いたかったんだよ。」


平日は企業、休みの日は農地。忙しくて、数日前の飲み会に行けなかったガイリン。

そんな彼から、「ようやく時間ができた!」と、連絡が来たのが昨夜であった。

翌日の昼から会いたいと言うガイリンからの誘い。

本当は玲子と一緒に来たかったが、彼女はティエン姐さんと会う約束をしていた。


「あたしは先約入っちゃってるから、明日会うのは無理だわ。それに無理して焦って明日会わなくても、あたしらは当分こっちにいるからさ。とりあえず、一匹だけ行かせるわ。」


人を『匹呼ばわり』するのはどうかと思うが・・・・。

まあ、言い方はともあれ、先に私1人だけでガイリンと会うこととなったのである。

歩きながら話すというのもなんなので、近くの図書館へと向かった。そこは、学生時代に足しげくガイリンが通った場所。無論、私も利用したことのある図書館である。その入り口の前にあるベンチに腰掛け、改めて再会の挨拶を交わした。


「ガイリンこれ、日本のお土産。」

「ありがとう!わざわざ悪いね。」

「気にしなくていいよ。多分、あとから玲子も渡すと思うけど、中身は違うから。」


私が用意したのは、日本のお菓子だった。

あめ玉、ぶどう・桃・コーラ玉ガム、うまい棒、ふ菓子、ベビースターラーメン、酢昆布、ラムネ、プチプリン、モロッコヨーグルト、チョコマシュマロ、ビックカツ、チロルチョコ、コーラアップ、サイコロキャラメル、カットよっちゃん、練りアメ、粉末ジュース、ラムネ・コーラボトルグミ、甘いか・蒲焼きさん・酢だこさん・焼き肉さん太郎、おやつカルパス、バナヤン馬鹿味など・・・

どれもこれも、駄菓子屋に売っているようなお菓子。


それに加えて、どら焼き、金つば、蒸し饅頭、焼き饅頭、羊かん、もなか、すはま、あんドーナツ、牛皮、桜餅、桃山、石衣、もち、懐中しるこ、塩がま、おきなあめ、砂糖漬け、丸ボーロ、茶通など・・・

和菓子も一緒に包んでいた。


「すごいな!?これ和菓子だろう!?高くなかったか!?」

「せっかくなんで、奮発したよ!味わって食べてね。」

「いや〜ありがとう!妹妹や弟弟が喜ぶよ!」


海外での日本のお菓子は、評価が高い。特に近年アジアでは、和菓子の需要が増えていた。

しかし、物価の違いがあるので、日本の和菓子やお菓子は効果で高い。しかし、若い女性やOLなどは、「お昼ご飯を数日我慢してでも、日本の和菓子やお菓子を食べたい!」と言うほどの人気があった。ヘルシーな上にで、見た目が美しい。不純物の混入もなく、安全で美味しいことから、贈り物としても人気があったのである。ガイリンのところは、小さい兄弟が多かった。家族のことも考えて、お菓子類を選んだのだが・・・・


「やったぁ!あめ玉があるじゃないか!?5袋も入ってる!うれしいなぁ〜日本のあめは美味しいからなぁ〜!」


大人であるガイリンが大喜びだった。あめ好きであるからからすれば、日本のあめはご馳走らしい。


「大事に食べてね。よければ、日本に帰ってからも送ってあげるよ。」

「本当に!?いや、でも・・・もらってばっかりじゃ悪いし〜・・・・あ、そうだ!」


そう言うと、持っていた大きな紙袋を差し出す。


「これは俺からの土産だ!よかったら食べてくれ。玲子の分も入ってる。」

「え、いいの!?ありがとう〜!」


渡された紙袋を受け取るり、口をあける。そこには、かぼちゃの種やとうもろこしを乾燥させた物、干した果物などがたくさん入っていた。


「俺のところで作ったものだ。よかったら、食べてくれ。」

「こんなにいいの?」

「気にするな!まぁ・・・ほとんどが、作り始めたばかりのものだから、上手く出来てるかどうかわからないが・・・・。」


照れくさそうに笑うガイリン。


「そんなことないよ!これは、ガイリンが作ったものなんだから、絶対に美味しいよ!」

「そうか?」

「そうよ!勉強熱心なガイリンが、研究して工夫して作ったものでしょう?美味しいよ。」


そう言って笑えば、相手も安堵したような表情になる。

言葉遣いは乱暴だが、根が真面目なガイリン。

彼は、勉強熱心でもあったが、研究熱心でもあった。

大学に来たのも、大企業に入るためでもあったが、実家の農業を良くすることも目的だった。


「ガイリンは昔から勉強家だったけど、今でも変わらないみたいだね。米作りしかしてないって言ってたけど、今はとうもろこし作りとかもはじめたんだね?」


袋の中身を見ながら、ガイリンに尋ねる。何気なく言った一言。


「・・・・・・・好きではじめたわけじゃない。」


不機嫌な声が帰ってきた。

びっくりして、相手を見れば、眉間にしわを寄せた友達がいた。


「とうもろこしを作るよう言われたから、作ってるだけさ・・・。」

「言われたって・・・お父さんに?」


突然豹変したガイリンに、戸惑いつつも言葉を返した。しかし彼は、大きくため息をつくと言った。


「親父じゃない。」


はき捨てるようにガイリンは言った。


「政府だ。」

「政府が・・・?」

「中国は経済成長してるからうらやましいって言う奴がいるけど、俺達農民はそうは思わない。」

「なんで?」

「中国の、大陸の経済成長は、農民にとって、なんのメリットがないからだよ。」



溶けるかもしれない。

流れ出る汗を見ながら真剣に思う。

中国に来てから、かなり日焼けした。

日焼け止めクリームを塗っているが、日光から守れているのか疑問に思う。

冷たい冷気に未練を残しながら、熱気が渦巻く世界へと向かう。

友にせかされ、重い足で外を歩く。人もまばらな広場を見つける。

その近くにアイス売りがいたので、ガイリンが二人分の棒アイスを買いに行ってくれた。それを受け取り、袋を開けたところで、彼は話し始めた。


「・・・・数年前から、政府が米作りの規制を始めたんだ。」

「米作りの規制を?」

「ああ。米作りをやめさせて、代わりに他の農作物を植えるように命令してきたんだ。」

「政府がそんな命令を?」


ガイリンの話に首をかしげる。


中国の経済事情を考えれば、米作りをひかえるというのはおかしい。

作りすぎなら、国外に輸出すればいい。

あるいは、国内向けに値を下げて売ってしまえばいい。

ただでさえ人口が多くて、食糧不足が問題になっている国なのだ。

それぐらいの調整をしないと、バランスが取れないだろう。


「でもさ、中国の主食ってお米だよね?人口が多いのに、作るのをひかえるなんておかしくない?それとも穀物が余ってたりする?」

「不足はあっても、余ってることはない。要は――――――水不足を解消したいんだ。」

「水不足?」

「そうだ。米を作る方法として、一般的に2通りある。陸地で作る陸稲と水田を使う水稲だ。ここら辺は、水田で作る水稲なんだから水を使う。政府は水田に使う水を節約したいから、一部の農家に、農地用米作りをやめさせてるんだ。使われる水を減らすためにな。」

「ええ!?なんで!?人口が増えすぎて、水不足になったの!?」

「そうじゃない!つまり・・・・オリンピックのためなんだ。」

「オリンピックの!?」

「ああ。開催期間中に、いろいろな場面で使用される水がけっこう多いらしいんだ。そこで、万が一水不足になったら大変だと、共産党の幹部は考えたらしい。それで節水・節約のために、一部の農民達に稲作をやめさせたんだ。」

「じゃあガイリンのところも・・・・それで・・・?」

「米作りをしていた土地の三分の二を、潰したよ。」

「なにそれ。」


もしそれが本当なら、農家はいい迷惑である。

留学時代から思っていたが、中国は貧富の差が大きい。

日本でも、貧富の差は問題だが、ここでは人権問題も絡んでいる。

特に、農民や地方出身者の権利が無視されることが多い。

ガイリンが話す農作物変更にしても、強制命令だろう。


「でもさ、米作りをやめるのって大変じゃない?」

「大変なんてもんじゃな!大陸の農民は収入が少ないだろう?俺のところは、俺が会社で働いてるからまだマシだ。でも・・・昔からの農家をしてる友達の家は・・・生活が苦しくなってる。わずかな収入をやりくりして、米農地を稲作の農地に変えるための費用を捻出してるからよ!」

「え!?そういうお金とか、国は出してくれないの!?」

「出すわけないだろう?出しても、一時的な保障しか出さないさ。マイナスを出しても、自己負担にされるんだぞ。しかも強制だから、断ることだってできないんだ・・・。」


私の質問に対して、詳しく細かく説明してくれるガイリン。

政府のやり方は、予想通りといえば予想通りだったが、やはり嫌な気分になった。


「それで・・・・みんな米作りをやめちゃったの?」

「指定された地域にいる農民はな・・・。俺のところは、一部だけ残してもいいって言われたんで助かったよ!だけど・・・仲間のほとんどが、水田や用水路を使わない作物に変えちまった・・・・。」

「トウモロコシとか?」

「そうだな。トウモロコシや大根、ジャガイモ、にんじんっていった野菜かな?」

「お米作ってた土地で、野菜作るのか・・・。」

「ホント、ややこしいことさせるだろう?」


声を潜めながらガイリンは言う。


「水田を畑にしようなんて、簡単なことじゃないんだぜ?野菜用の土地にするためには、最低でも二、三年はかかる!しかも、一度稲作以外の土地にしたら、元の水田に戻すことが難しい。野菜用の土地にする時の倍の年数がかかる上に、下手したら二度と元に戻らないんだからな・・・!」

「戻らないの!?」

「そうだよ。それなのに政府は、『オリンピックが終わったら、元の米作りにもどしていい。』って、ぬかしやがるんだぜ・・・!?」

「なにそれ!?矛盾してるじゃん!?」

「シッ!声が大きい!」

「あ、ごめん・・・・!」

「まぁ・・・矛盾してても当然だ。お偉いさん方は、専門家の意見なんて聞きやしないし、反対する専門かもいない。なんでかわかるか?」

「・・・・圧力かけられるから?」

「答えは失業するからだ。政府と違う経験なんて出してみろ!良くて左遷、大変は首切りだぞ・・・!?」


そう言うと、アイスをかじるガイリン。


「要は、その場の気分で決めてるのさ。大した農業知識もないくせに。」

「・・・・・・いい加減にもほどがあるね。」


何を考えていっているんだろう。

政府は・・・・役人は。

少なくとも、農業のことをわかっていない。


だから、そんな矛盾した発言や命令ができるのだ。


「そんなことされたら、農家の人が困るじゃない?てか、ガイリン困るでしょう?」

「困ってるよ。米作り農家のほとんどは、米作りしかしたことのない農民ばっかだ。他の作物を作るとなると、一から勉強し直さなきゃだめだろう?土地もそうだが、作物の育て方とか使う肥料や道具とかも、全部変えなきゃ行かない。それも全部自己負担だ。」

「ひどい・・・!命令しといて出さないの!?」

「ひどいし、金は出さないね。おかげで、他の作物を作るために、ほとんどの農家が借金してる。俺の友達もみんな、借金まみれだ。俺のところは、俺が会社に勤めてるから、借金はしなかったが・・・・」

「それなら、よかったじゃない?」

「よかったが、気持ち的に良くないな。周りの仲間や友達から言われるんだよ・・・『お前は、副業があっていいな。』ってな・・・・。」

「そんな嫌味言われるの!?」

「言われても仕方ねぇがな。昔から農民だけしてる奴らの中で、1人だけ半農しながら働いてるんだ。それも、収入が多くて安定した場所でだぜ?」

「でもそれは、ガイリンが努力した結果じゃない!?がんばって勉強したから――――!」

「俺は、『勉強ができる環境』にいたからな。ほとんどの奴は、中学校だってまともにいけないんだぜ?地方にいる親戚なんかは、小学校さえも卒業できなかった。」


そう言うと、大きくため息をつくガイリン。


「みんな・・・勉強が嫌いでしなかったわけじゃない。勉強したくても、できる環境じゃなかったんだ。家の仕事や経済的な問題で、勉強を途中やめにして投げ出すしかなかったんだよ。」

「ガイリン・・・。」

「本当に俺はついてたよ。小学校なんて、普通の奴の半分も行けなかった。経済的に、小学校までしか行けないってわかってたから、後悔しないように勉強した!だからまさか、まさかさ――――――・・・」

「・・・その成績を認められて、国から学費を出してもらえるとは思ってもみなかった、ってこと?」

「まぁな。」


最後のアイスを口に入れながら、彼は言った。


「勉強できるとわかった時は嬉しかったぜ。親父達は、有名な会社に入って、しっかりと金を稼いでくるのを望んだ。でも俺は、農業専門の勉強をしたかった・・・。農民が農業の勉強をすれば、良い物が作れると思ったんだよ。まぁ・・・親父は、農民が農業を勉強することには反対したがな・・・。」

「そうなの?」

「ああ。俺として、限られた費用の中で、どれだけ良い肥料を使えるか。水の使い方にしても、今まで通りでいいのか。今使っている農薬を、このまま使い続けてもいいのか。俺は、それが知りたかった。そういうことを勉強した上で、抑えるところは抑え、増やせるところは増やして、自分達で出来る工夫をしようと思ったんだ。そうすることで、いい品ができれば、利益だって上がるだろう?」

「そうね・・・その通りだわ。」

「安くても、危険な肥料なんかを使うよりは、安全でも少し高めのものを使った方がいいはずだ。最初は利益が上がらないかもしれないが、年月を重ねて行けば、利益の方が増えて、損失を穴埋めしてくれる。最終的には、利益だけが残るんだ。」


ガイリンの言うことは正しい。

中国の多くの農民は、すべての面において『安さ』を重視する。

種も、肥料も、農具もなにもかも、安さを一番にして考えるのだ。


「同じ相手と、長く取引していくなら、安全な食べ物がいいに決まってる。ちょっとくらい安くても、危険なものなら、どんなに安くても誰も買わないからな。」

「さすが、経済学を習ってだけはあるわ。正論ね。」

「わかってくっるのは、お前らだけだよ。親父や仲間に話しても、わかってくれなくてな。大学で農業を専攻するって話した時も、親父が大反対して大変でさ。結局、『企業に就職するための経済学とかの勉強がちゃんとできるなら』っていう条件で、農業の勉強をすることを許してくれたんだ。」

「そうなの・・・!?」


そこまで反対することなのだろうか?

いや、もしかしたらガイリンのお父さんは、『農民のくせに、いまさら農業の勉強をするのはおかしい』とでも思ったのだろうか。

相手の言葉に、そんなことを考えたのだが――――――


「親父がそう言うのも、無理ないけどな〜!親父の奴、昔から農民をするのが嫌いでさ!俺が国の費用で学校に行けるって決まった時も、『農民をしたくなかった俺の夢を、息子がかなえてくれた!』って、お袋に嬉しそうに話してたからな〜」


真の理由を聞き、それもそうかと思った。

職業選択をできないのが、中国の農民である。農民の出稼ぎにしても、生活のためにするものだから、好きに仕事を選べない。


「今でもよく言われるよ。『お前は好きなことができてうらやましい。』ってな。だけどさ、俺は農業ができればそれでいいんだけど・・・。」

「じゃあ、今の会社に満足してないの?」

「そういうわけじゃない。今の会社は、同僚も上司も良い人ばかり出し、給料だってすごく良い!ただ・・・農業一本で行きたいから、さ。」

「将来的には、農業一本にしたいの?」

「今の会社を・・・定年退職か?日本語で言えば?それになったら、農業だけをしたいな。今すぐは無理だけどさ。」

「そうだね。会社からの給料で、農作物を作るための費用をまかなってるわけだし・・・。でも、米だけだったのが、野菜や果物とかが増えてわけだから、収入も増え―――――」

「増えてない!」

「え!?」


言葉を遮って、即答するガイリン。思わず相手を見れば、渋い顔でこちらを見ていた。


「農業での収入は増えてない。マイナスのまんまだ!」

「え、でも!米作りをやめてから数年経つんでしょう?それに、いろんな種類の作物ができれば、収入が増えるものじゃない?」

「時間の問題じゃない。数年作ってるからって、売り物になるものができるとは限らねぇ!」

「売り物にならないの・・・?」

「家で食べるならまだマシだ。売るとなると難しい。俺のところだって、今年になってやっと、売れそうなものができたんだからな!」


農作物って、育つのに時間がかかるんだ。


「新しく始めた作物が、最初の年から豊作なんてありえねぇ。むしろ、失敗するのがほとんどなのさ。」

「それじゃあ、売って収入にするなんて無理だね・・・。家で食べて、食費を浮かせるしかないかぁ・・・。」

「家で食べればいいぜ?ほとんどの農家じゃ、農業でのマイナスを作るんじゃなくて、食費の方でマイナスを出してんだよ。」

「え!?農家なのに?」

「そうだよ。」


ばつの悪そうな顔で、ガイリンはぼやく。


「米作りをやめてから、それまで買わなくてよかった米を買わなきゃならなくなったんだ。おかげで、出費が増えたんだよ。食品の中で、一番高いのは米だからな。」

「じゃあ・・・出費が増える一方じゃない・・・?」

「そうだよ。仮に、新しく作った作物が、少しでも成功すれば食費は浮くぜ?だけど、現実はそんなに簡単じゃない。うまくいく可能性は低い。」

「・・・最初から必ず良い物ができるとは限らないから?」

「そうだ。はじめてやるからどうなるかわからにないだろう?失敗して不作になれば、借りた金も返せず、借金は増える一方だ。この数年、借金が積もり積もって、それが原因で土地を売った農家もあるんだぞ。」

「それじゃあ、米作りをやめない方がよかったじゃない!?」

「みんなそう言ってるよ。『都心部の人間は、オリンピックで金持ちになったが、農民や地方の人間は、オリンピックでますます貧乏になった。』ってな。」

「オリンピックのせいで?」

「長い目で見れば、オリンピックなんぞしないでほしかった。・・・大きい声じゃ言えないが、中国の一農民として、それだけは言っておきたい。」


深刻な表情で言うガイリン。彼がそれだけ言うということは、今の中国の農業事情は、それだけひどいものなのだろう。日本のニュースでも、中国の食品について紹介しているが、それは良い意味で放送しているのではない。危険である伝える内容ばかりだった。

そのことを思い出してしまい、ガイリンになんと言えばいいかわからなくなった。

ガイリンの言葉を最後に、無言の時間が過ぎていく。だが、沈黙を破ったのは、最後に発言したガイリンだった。


「俺は怖いんだ。」

「え?」


なにが怖いの?


「中国の農民が『安さ』を重視しながら、食べ物を作ってることが怖いんだ。」


彼らしからぬ小さな声でポツリと言った。


「中国の農民が安さを重視するのは、作る(・・)(・・)の(・)視点(・・)だけ(・・)で、食べ物を作ってるからだ。『食べる側の視点』まで考えてないんだ。」

「そ、そうかな?みんながみんな、そういうわけじゃないと――――――」

「俺の周りはそうなんだっ!!」


大声で叫ぶガイリン。その声に、周囲の人間が何事かと振り返る。


「ガイリン!」

「あ・・・、悪い・・・。」


気まずそうに謝ると、こちらを見ている周りの人間に対しても軽く頭を下げる。

図書館の前ということもあり、人々からの学生達からの視線はすぐにそがれた。

次々に、図書館の中へと消えて言った。その後姿を見つめながら、ガイリンは口を開いた。


「学校を卒業して、就職が決まって、実家に帰った時に・・・・・・な、久しぶりに家の手伝いをしたんだ。」

「・・・うん。」

「近所の友達や仲間と再会して、久しぶりに話ができて嬉しかった。一緒に、土いじりができることが楽しかった。」

「うん。」

「でもな、そこで見ちまったんだ。」

「なにを?」

「友達がみんな、使用禁止になった農薬を使ってたんだよ・・・。」

「え!?」


それって危なくない!?


「なんで使ってたの!?使用禁止になったのを、知らなかったの!?」

「ああ、知らなかったんだ。もう、俺が生まれる何十年も前に禁止になっていたものを、平気でみんな使っていたんだ。でもな、一番驚いたのは―――――」


下唇をかみ締めながら、ガイリンは告げた。


「俺の家でもずっと、その農薬を使っていたことだ・・・・!」


体に衝撃が走った。特に、心臓をわし掴みされるような痛みを感じた。


「・・・見間違いじゃないの?」

「4年間、何度も使った教科書に載ってたんだ・・・間違えるわけがないだろう・・・!?」


こぶしを震わせながら答える友達。


「俺はすぐにみんなに言ったんだ!『この農薬は、体に害があるもので使用禁止になってる危険なものだ。すぐに使うのをやめろ。』ってな。」

「・・・聞き入れてくれた?」


答えはわかっていた。なんとなく・・・予想はついていた。

怒りに震えるガイリンを見れば、なんと言われたのかわかった。


「『この農薬なら安いし、上手くいけばただで手に入る。金持ちになって、良い肥料が買えるようになった奴が、えらそうに言うな。』って・・・嫌味を言われちまったよ。」

「なにそれ!?逆切れじゃない!?」

「しかたねぇよ。それが現実なんだ。」

「そうだとしても、妬みでそんなことを言うのは最低よ!気にしちゃだめよ、ガイリン!」「気にしたのは、その農薬を使って作った農作物の方だ。危険な薬品で作ったとわかった以上、売るわけにはいかねぇ。仲間も、せっかく作ったものを捨てるつもりはないといいやがった。」

「説得できなかったの?」

「ああ。だから、自分のところの作物だけ処分することにした。」


その問いに彼は答えてくれた。


「捨てるにしても、俺らの縄張りで捨てると変な噂が立つ。それに、捨ててあるからってことで、その農作物を拾って売りに行く輩がいるのもわかってたからな。」

「じゃあ、その農作物はどうしたの?」

「『町で知り合いに売ってくる。』って言って、知り合いの工場で焼かせてもらった。その間にそこでバイトをして、その金を農作物を売った代金として親父に渡した。足りない分は、貯金を少し崩したよ。」

「頭いい、ガイリン!」

「伊達に、頭だけ使ってねぇよ。」


仲間の分は処分できなかったが、自分の家の分は見事に処分したガイリン。


「農薬はどうなったの?」

「捨てたよ。農薬は、農作物より先に捨てた。親父も知らずに使っていたらしいし、利益が上がる農薬を代わりに買ってくるって行ったら、あっさり捨てるのを許してくれたよ。」

「現金なお父さんだね。」

「金で苦労し続けたからな。それで俺、まとめて近所のゴミ捨て場に捨てたんだが・・・・」


そう言うと、急に歯切れが悪くなるガイリン。


「もう二度と見たくねぇと思って捨てたんだ。でもな、捨てて数日後に、意外なところで再会しちまった。」

「ど、どういうこと?」

「俺の言葉を無視した仲間の一人が、俺の捨てた危険な農薬を使ってたんだ。」

「えぇ!?」

「俺が捨てに行くのを見て、後をつけて、ゴミ捨て場から拾ってもって帰っちまったらしい。」

「・・・・・・どうしたの?」

「問答無用で返してもらった。」

「相手は納得した?」

「『新しい農具と交換する』って言ったら、大喜びで納得したぜ。」

「現金だね・・・。」

「金で苦労したからな・・・。」

「そうだとしても、モラルのようなものがないような気がする。」

「ああ・・・俺は、『それ』が怖いんだよ。」


深いため息をつきながらガイリンは言った。


「海外の奴らは、『中国人はモラルがない』って言うだろう?俺はそれが違うと思うんだ。モラルがないんじゃなくて、モラルを習う機会がないだけなんだよ。」

「モラルを?」

「・・・・・勉強しながら気づいたんだ。俺達農民は、いつも貧困と隣り合わせなんだよ。それを避けるために、『安全性』じゃなくて『安さ』を重視したんだ。」


真顔で語るガイリン。その言葉には重みがあった。


「この国は貧富の差が大きすぎる・・・。貧しい者は、ずっと貧しいままだ。」

「ガイリン・・・。」

「俺は、オリンピックで中国が経済的に豊かになるとは思わない・・・・。」

「え?」

「オリンピックをしたことで、中国の農業は大きく傾いた。オリンピックのためだけに、弱差を切り捨てたんだ・・・。」

「ガイリン!そんなこと言ったら―――――!」

「中国語で話してないんだ。わかるわけがない。周りに人だっていないだろう?」


確かに、日本語で会話していた。暑い真夏の炎天下に、外にいる人間などいない。

でも、ガイリンにも警戒心があったのだろう。

大きな声を小さくひそめながら言った。


「オリンピック開催国という名誉のために、自分達の食べ物を粗末にしちまったんだ。」

「食べ物を粗末に・・・?」

「安くて危険な食べ物を増やしちまったんだよ・・・・。」


そうかもしれない・・・・。


ガイリンの言う通りだった。

今回の米作り縮小は、農民に大きな打撃を与えただけではない。

中国の農民が作る作物の危険性が増したといっていい。

米しか作れない者達に対して、それ以外の物を作れと命じたのだ。

とうもろこし作りや豆作り、野菜や果物の作り方を知らない者達にだ。

作り方を指導する者を、政府が派遣してくれたのなら、まだ話はわかる。

しかし、共産党はそれをしなかった。

それどころか、そういった勉強費用をケチったのだ。

度重なる出費と生活苦で、中国の農民は経費節約と切りつめを始めた。

その結果が『肥料』などに出てしまっただろう。


「日本で起きた、中国製の食品での食中毒・・・・情けないが――――――」


そう言うと、そのまま黙り込んでしまった中国人の友達。


「いいよ・・・。」


相手が、なにを言おうとしているのかわかっていた。


「そんなこと、言わないで・・・・!言わなくていいよ・・・。」

「けど、」

「言っちゃいけない気がする・・・。」


これ以上を、彼に語らせていけない気がした。


「あのね、アルバートから聞いたんだけど、最近の中国は私服警官が増えてるらしいよ!だから―――――」

「・・・そうか。」


そっけなく、相手は答える。でもその表情は笑っていた。


「まぁ、心配しなくていいぜ。俺は、超さんみたいにはならねぇよ。」


そう言うと、アイスの棒を袋に入れるガイリン。


「さて・・・と。」


背のみをすると友達は言った。


「この近くに、安くて美味くて安全な店があるからさ、食いに行かねぇか?」

「それってご飯屋さん?」

「いいや。冷たいものを出してくれる店だ!やっぱり炎天下はきついだろう〜!?」

「そうだね。」


手招きをしながら自分を呼ぶ相手に、笑顔で答える。

周囲に人は誰もおらず、セミの鳴き声ばかりが響いていた。

汗をぬぐい、大柄な男の後ろにくっつく形で、その場を後にした。


















オリンピック以前の中国農民の姿です。

現在はどうなっているか把握していないので、わかりません。

以前日本では、中国の方の農薬への認識についてよく報道していました。

その上で言いたいのですが、多くの農民の方が、安全を軽んじているとは思っていません。

ただ、日本などで使用が禁止されている農薬を使っているという点に、日本人が恐怖を覚えています。

日本人が受ける中国の多くの農民の方の印象としては、生活を一番に優先し、安全が後回しにされているように感じてしまいます。

それと同時に、彼らが意図的に安全を無視しているのではないということもわかっています。

ただ、農民の方々に余裕がないということだけは、理解しています。理解はしていますが、関連気を読み、その上で自分の体のことを考えれば、危険だという疑いのあるものを避けざるを得ません。

アメリカでも、日本では禁止されている薬品を使っていたり、検査が徹底されていない場合もあります。牛肉関係がそうだと言えます。

話はそれますが、日本における食品添加物の制限は、『安全だと証明された添加物以外は使ってはいけない』とされています。しかし、多くの国では、『危険だと証明された添加物以外は使ってはいけない』とせられているのです。この場合、リスクが高いのは『危険だと証明された添加物以外は使ってはいけない』方だと思います。危険とされていなくても、危険だとわかるまでに時間がかかるものを使ってしまえば、手遅れになるからです。

特に農薬は、水銀を使ったものだと、長い時間をかけて骨に浸透していくと効きました。それを思えば、ちゃんと地方の方にも、使用禁止なら、使用禁止だと中央政府が徹底して教えなければいけないのではないかと思います・・・。

そして、彼らにもっと余裕のある生活ができるようになんらかの制度を設け、きちんとした援助を中国政府は国として行うべきではないでしょうか?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ