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怪奇3




「地震・雷・火事・親父」


それが日本で言う怖いものをあらわすことわざ。


「じゃあ中国だと、『地震・雷・火事・政府』だ!」


そう言ったのは、中国人ではない友人だった。



ロウの誘いで、ホテル近くのファースト店に行った。

そこで、一人の旧友と会う約束をしていたのである。


「ひさしぶり!」


窓際の席にその友達はいた。

彼は手を振って、自分はここにいるとアピールしていた。

同じように手を振り返して、再会の挨拶を交わす。


「元気そうだね、アルバート?」

「そういう君は、スマートになったね?」


眼鏡を動かしながら、クフフと、相手は笑う。


アルバートは、留学時代の友人で、アメリカ国籍を持つイングランド系の白人男性だった。

ジャーナリスト志望で、中国での留学を終えると、かねてから夢だった通信系の仕事に就いたそうだ。

今回、中国へ来たのは、仕事もあったが、変わり果ててしまった友への弔辞が目的でもあった。


「哥哥(コヲコ:日本語で『兄』の意味)のパパは、もう帰ったのか?」


アルバートの問いに、ロウの表情が曇る。


「帰ったみたいだよ。趙さんのお父さんは・・・。」

「そうか・・・。」


陽気だったアルバートの顔が険しくなる。

アルバートが『哥哥』と呼ぶ相手は、趙さんのことだった。

どういう経緯で、彼が趙さんのことを哥哥と、『お兄さん』と呼ぶのかは知らない。

昔から、その理由を教えてはくれなかった。

おそらく、これから先も、その理由を知ることはできないだろう。

兄と慕う相手が、死んでしまったのだから。


「できれば、哥哥のパパに会いたかったよ。会って、詳しい話を聞きたかった。」

「・・・いつまでも、ここにいるわけにも行かないのよ。家や家族のこともあるでしょう?それに、これ以上ここにいたら、趙さんの・・・息子との約束を破ることになるわ。」

「約束・・・か。」


事前に電話で、趙さんの最後を聞いていたアルバートは、何度も約束という単語を繰り返す。


「いいよ。哥哥の故郷は、僕も知ってる。帰りに寄ればいい。」


そっけなく言うと、視線を外へと向ける。日差しが強い夏の午後。通りを行きかう人々は、みんな暑そうに汗をぬぐっていた。


「それよりも仕事はどうなの、アルバート?」


趙さんの話を終わらせるために、話題を変えて尋ねる。


「ああ、夢がかなって最高だよ!だけど、現実は最低だ!」


そう言うと、大声で笑いながら言った。


「ここで語るのはつまらない!せっかく会ったのだから、君の部屋に行っていいかい?あ、大丈夫だよ!エッチなことはしないから!アハハハ!!」


声高々に笑う男に、こちらは苦笑するしかなかった。



「『アホバート』じゃない?なにしに来たの?」


扉を開けた玲子が、真顔でそう言った。


「誰が『アホバート』ですか!?『アルバート』だって、何度言えばわかるんですか!?」

「『アホ』だから、『アホバート』。それで十分でしょう?」

「相変わらずだな、君は!『玲子』ではなく、冷たい女、『冷子』がぴったりだ!」

「だれが冷血女だって!?アホにだけは言われたくないわよ!」

「アホという人がアホなのです!君までいるなんて最悪だね!」

「嫌なら帰ればいいでしょう?それよりもアホバート、二人になんかしたらぶっ飛ばすからね!」

「僕がそんな人間に見えますか!?」

「保険をかけておいて損はないわよ。」


この二人は、いつもそうだった。

陽気で軽いアルバートと、マイペースで毒舌な玲子。

仲が悪いわけではないが、会えばこうして罵り合う。

普通の罵り合いと違うのは、それを笑顔でしている点だ。


「喧嘩はそこまでにして、中で話そうよ、玲子、アルバート。」

「そうよ。私、飲み物用意するから。」


手持ち無沙汰になったロウと二人で、もめる男女を部屋の中へと押し込む。ロウは、飲み物を取りに冷蔵庫へ向かう。その間にこっちは、玲子とアルバートを椅子に座らせた。

そして、ロウが持ってきたジュースで乾杯した。


「それで?どんな危ない話を持ってきたの、アルバート?」


ジュースを口につけて直ぐに玲子が問うた。


「危ない話って・・・・玲子?」


その言葉に、ロウと二人で玲子を見る。


「ファーストフード店では話せないような話だからこそ、わざわざホテルに話に来たんでしょう?」


玲子の言葉に、今度はアルバートの方を見る。


「アハハ!やっぱり、玲子は鋭いね。」


陽気に笑うと、持っていたジュースをテーブルに置く。


「大会が近いおかげで、町の中は警官だらけだ!おまけに、しょっちゅう職務質問で呼び止められる。少し前なら、警官に小金を渡せば、フリーパスだったのに、それすら通じなくなった。」

「しょっちゅう職務質問を受ける身分だから、外じゃ迂闊に話ができない。だから、ここに来たんでしょう?さすがの尾行も、ホテルの個室の中まで入って来ないだろうしね。」

「尾行!?」


あまり耳にしない言葉に、ロウと二人で声を上げる。


「アハハ!すごいな、玲子!どうしてそこまでわかるんだい?」


玲子の意見を、否定するどころか認めるアルバート。


「び、尾行って!なにしたのアルバート!?」

「誰に尾行されてるんですか!?」


ロウと二人で、周囲を見渡しながら尋ねる。


「大丈夫、大丈夫!大したことじゃないから。」

「尾行されておいて、大したことないわけないじゃん!?」

「だって本当だもん。僕は、大したことなんてしていない。ごく当たり前のことをしただけだよ。それなのに彼らは、怒っちゃったんだから。」

「怒っちゃったって・・・」

「誰を怒らせたの?」

「公安。」


アルバートの言葉に、飲みかけのジュースを噴出す。

側で玲子が、汚いわね〜と、言ったが、それどころではない。


「け、警察を怒らせたの!?」

「う〜ん・・・警察なのか、役人なのか・・・?」

「え?わからないの!?わからないのに怒らせたの!?」

「う〜ん!ひとまとめにすれば、公安・・・ポリスマンかなぁ?」


能天気な返事に、思わずロウを見る。

中国人の友達は、真っ青な顔で白人の友達を見ていた。

その視線に気づき、明るい声でアルバートは言った。


「大丈夫!ロウには迷惑かけないよ。」

「いやいや!十分迷惑かけてるって!アルバートさ、中国の公安をなめてない!?怪しい奴は捕まえるが鉄則なのよ。」

「そうよ。それでロウが捕まったらどうするわけ?」


それまで黙っていた玲子が口を開く。


「私達は外国人だからまだいいけど、この子は中国人。趙さんのこともあるんだから、変に疑われるじゃない?」

「向こうの目的はわかっているよ。ちゃんと、工作をするから平気さ。」


意味ありげに笑うと、カバンから茶色の封筒を取り出す。

そしてそれをテーブルの前に置いた。


「なにこれ?」

「僕が取材した資料だよ。」

「資料?」

「・・・ここに来る前、僕は四川省にいたんだ。」

「四川省に?もしかして―――」

「ああ、四川省大地震の取材をしていたんだよ。」


四川省大地震とは、数ヶ月前に中国で起こった大地震である。

中国国内はもとより、日本でも大きく取り上げられた自然災害。

多くの死者と孤児を生んだ、悲惨な出来事であった。


「あの大地震は、本当に歴史的なものだった。」

「うん・・・規模がすごかったからね。日本の阪神大震災の何倍もひどかったんだし。」

「被害もそうだけど、中国政府の対応もすごかったよ!それまで、海外からの受け入れを素直に受けたことがなかったのに、それをすんなり受け入れたんだからさ!」

「でも、日本の援助隊が入れたのは、震災が起きてからずいぶん経ってからじゃない?」


興味なさげに玲子が言う。


「最初は、どこの国からの支援も拒んでいたじゃない?結局、自分達の手に負えないって気づいて、ようやく断った支援を受け入れたんじゃない?」

「玲子・・・!」

「それは仕方ないわ、玲子。あそこは・・・国の需要拠点がある場所なんだから・・・。」


気まずそうにロウが言う。それを見て、優しい口調で玲子が言った。


「ごめん、ごめん、ロウ!ロウを困らせるつもりはなかったのよ!ただ・・・ね、日本の救助隊が助け出して、黙祷をささげた親子のことを思い出したから。それを思うとさ、重要拠点のことよりも、人民の命を優先してほしかったと思ってさ・・・。」


ごめんね、と、ささやけば、ロウは無言で首を振る。


玲子の話す親子とは、日本の救助隊が、瓦礫の中から救い出した母親と赤ん坊のことだった。四川省に救援に入った時、生き埋めになった人の生存は、ほぼ絶望的だった。それでも救助隊は、生き埋めになっている人達を助けた。彼らは、すでに冷たくなっていた。助けた母子も冷たくなっていた。

その二人に対し、日本の隊員が黙祷をささげたのだ。若くして、前途ある未来がありながら、それを絶たれた親子への冥福を込め、祈りをささげたのだ。

それは、日本だけでなく、中国国内や世界中に放送された。

この祈りは、人々の心を大きく動かし、暖めたのだった。


「あれは・・・本当に悲しかったよね。自然災害の前では、人間って無力だなって・・・。」

「あんたは、そういうことしか思わなかったの?」

「そういう玲子は、どう思ったの?」


玲子の言い方に内心ムッとした。低めの声で問えば、相手はため息混じりに言った。


「カルチャーショックを受けちゃったわ!」

「カルチャーショック?」

「そう!私はあの出来事がきっかけで、反日感情が和らいだことにびっくりしたわ!日本では、亡くなった人に対しても、敬意を表すのが普通じゃない?特に、苦しんで、死んでしまった相手に対して、死後の世界でのその人の幸せを祈るのは当たり前でしょう?それがあんな風に喜ばれるなんて、思ってもみなかったわ!ホント、久々のカルチャーショックだったんだから!」

「・・・日本ではそうなの?」


玲子の言葉を確かめるようにロウが問う。


「そうよ。驚いたのはそれだけじゃないわ!被害者の大半が子供だったことにも驚いた!」

「日本のテレビでは、そう言っていたね。生き埋めになった子供のこととか。」

「残酷すぎるわ!生き埋めになった人間の生存率は、3日経てば数十パーセントになのよ。それなのに、救援のために向かった医療チームが、現地じゃなくて病院の方で医療活動をさせるんだから驚いたわ!病院に来れる相手を治療するのも大事だけど、病院に来れない相手を治療しなきゃ意味ないでしょう?」

「仕方ないよ、玲子。準備が追いつかなかったんだから。」


答えたのはアルバートだった。


「中国という国は、今まであれほどの大地震を経験したことがない。だから、実際に起こった時、対処の仕方がわからなかったんだよ。助けに来てくれた人達の使い方にしても、有効に使いたくても、使い方がわからなかっただけなんだ。」

「そうだとしてもおかしい!なんで校舎ばっかり、バンバン壊れるわけ!?昔からある庶民の家が壊れるならまだしも、それよりも後に出来た鉄筋コンクリートの校舎が崩壊するの!?物理的に考えてもおかしいでしょう!?」

「おかしいよ。だから僕は、調べたんだ。」


そう言うと、封筒の口を空けて中身を出した。

そこには、英文でぎっしりと文字が書かれた紙の束が出てきた。


「なにこれ?」

「被災地の人々の声だ。」


紙の束を留めていたクリップをはずし、フセンにしたがってメモを分ける。分けたメモを、それぞれこちらに手渡した。渡されたメモは、走り書きで記されており、解読するのが難しかった。


「最初僕は、チベットにいたんだ。そこで取材をしていたんだけど、四川省での地震を聞いて、仲間と数人で現地に向かった。」


彼はジュースの缶を持つと、それを口にしながら言った。


「向こうに着いた時、僕ら西洋人は、現地に入れてもらえないと思っていた。一緒に来た仲間の中に日系二世がいたから、最悪の場合は、彼を変装させて入るつもりだった。」

「つもりだったってことは・・・入らなかったの?」

「いいや。変装しなくても、入れてもらえたんだよ。びっくりしたね!あそこは、軍事施設があると聞いていたから、入るのは難しいと思っていた。でも、身分が証明できれば、入ることを許されたんだよ。」

「不思議だね・・・。」

「偶然が重なったのさ!中国政府としては、これ以上国際社会から批判を受けるわけには行かなかったからね。」

「それで?この汚いミミズ文字は、なにを書いてるの?」

「好きで汚く書いたわけじゃない!」


玲子の問いに、アルバートは言った。


「急いで書いていたら、文字がゆがんでしまっただけだよ!」

「なんで急ぐ必要があったの?」

「よく聞いてくれたね!」


グッと、親指を立てると、こちらを見ながら言った。

その顔を見た瞬間、聞いたことを後悔した。


「これは震災によって、子供を亡くした親達から集めた資料なんだ。」

「親達から?」

「四川省に入ってから、僕は多くの悲劇を目にした。中でも、子供を失った親の姿は痛ましかった。」

「無理もないわ!子供の死人の方が多いんだから。」

「ええ。犠牲になった子供は、行方不明を含めて約九千人。」

「九千人!?そんなに増えたの!?」


四川省の震災は、テレビでも見ていた。多くの子供が犠牲になったとは聞いてたが、この時点で知っていた死亡者数情報は五千人。アルバートの言葉により、その情報は更新された。


「最近は、報道しなくなってきているから、新しい情報を知らないのも無理がない。君が知らないなら、ロウはもっと知らないだろうね?」


アルバートの言葉でロウを見る。


「そうだったんですか・・・・?」


目を丸くして彼女は言う。同じ中国に住むロウでさえ、そのことを知らなかったらしい。


「最近のテレビや新聞は、オリンピックや劉翔のことばかりでした・・・。でも、主席が、被災地を訪問し、感動的な救出活動に力を貸しているというのは知っていましたけど。」

「感動的?」


救援活動の際は、あまり聞かない言葉。思わず聞き返せば、彼女がこちらを見た。


「そうですよ。日本の救助隊の話もしていました。中国も、日本の救助隊と同じように、感動的な救助と働きをしていると放送していました。」

「他人のふんどしで、相撲を取ったわけね。」


ロウに聞こえないような小声で、玲子はつぶやく。


「感動よりも、生きて助けてくれた方がいいわよ!」

「玲子。」

「何度も言うけど、子供ばっかりが死んでいるのが気に入らない!それに、手抜き工事をしていたって噂もあるんでしょ?」


短い髪をかきながら玲子は言う。


「テレビでは、手抜き工事、現地じゃ『おから工事』って言われる工事が原因で、倒壊しなくて言い校舎が、死ななくていい子供が死んだっていうじゃない?」

「そのことでしたら、教育省と地方当局が調査しています。事実がわかり次第、責任者を厳しく処分するそうです。」

「じゃあ、中国の毒物餃子の時みたいに、責任者を殺すわけ?死人に口なしで、後は知らん顔するわけ?」

「あれは、まだ未解決問題ですよ、玲子!」

「ロウには悪いけど、あれは中国の責任よ!あんただって本当は、わかってるんでしょう!?」


そう言うと、ひどく困った顔でロウを見る玲子。


「ここには、監視員はいないのよ?まだ、その癖が抜けないの?」

「私は!」

「私だって、あんたがいやな思いをするようなことは言いたくないよ?だけど、言わないでいることの方が、もっと悪いことじゃない?」

「玲子・・・。」

「・・・・ごめん、ロウ・・・・。話が脱線しちゃったわ。アホバート、話を続けて!」

「だから、『アホ』じゃなくて『アル』だよ!」


玲子に、コラと、檄を飛ばすと、咳払いをしながら言った。


「とにかく僕は、子供を亡くした親達の取材をした!そして話を聞くうちに、僕の中で疑問が生まれたんだ。」

「疑問?」

「そうだよ!この大地震で、小中学校などが倒壊し、約九千人が犠牲になった。不思議なことに、校舎周辺の住宅は倒壊していない。一つや二つなら、運がよかったと言ってもいいが、ほとんどがそうだった。立地条件が違ったのなら説明がつくが、学校や住宅が建っている場所は、同じ山陰地帯。違いがあるとすれば、住宅は民間が、学校施設は国が建てたことぐらいだ。」

「じゃあ・・・手抜き工事なの?」

「地元の人間はそう言っているし、考えている。でも、口だけで言っても、証拠がなければ意味がない。だから僕は、それが本当かどうか調べたんだ。」


手を前で組みながら、若いジャーナリストは言う。


「僕は、亡くなった子供の親達と一緒に倒壊した現場に行った。ある程度、そこで話を聞いてから、建物の骨組みを捜した。」

「骨組みを?」

「手抜き工事の証拠を探したのね?」


日本でも問題になった、欠陥住宅。それを思い出し、アルバートに問う。

彼は、そうだと、短く答えた。


「瓦礫や土がひどかったけど、すぐにみつかったよ。ただ困ったことに僕は、建築に関する知識がなかったからね・・・。とりあえず、骨組みの写真をいくつか撮って、壁の素材を少し貰ったんだ。」

「貰ったって、アルバート・・・勝手に持ち出したの!?」

「少しだけだよ。ブロックの塊を持ち出したわけじゃない。そんなに多いと、重くて運べないし。」

「いやいや!そういう問題じゃないと思うよ!?」

「そうですよ!よく公安に捕まりませんでしたね!?」

「見つからないように、鉄筋を折ったり、壁の素材を削ったりしたんだよ。アハハ!」

「危ないですよ!」


のん気に笑うアルバートに、ロウが真顔で怒る。


「そんなことをするから、公安に尾行されるんです!大陸(中国)の公安を、甘く見てはいけません!」

「知ってるよ。だから、哥哥は死んだんじゃないか。」


アルバートの発言にギョッとする。空気が凍りつくのを感じた。

ロウを見れば、失言状態に陥っていた。


「ア、アルバート!」

「本当のことじゃないか。僕だって、カメラやテープレコーダーと相性の悪い土や砂を運びたくはなかった。でも、運び出さないとなくなってしまうんだ。」

「なくなるって・・・」

「片付ければ、なくなりますよ?」


困惑気味にロウがたずねる。アルバートは、うん、と頷くと、話の真意を語った。


「その現場は、まだ手がつけられていなかったから、急いで持ち帰ったんだよ。」

「まだ手がつけられていないって、どういうこと?」

「証拠隠滅のための裏工作だ。」

「証拠隠滅に裏工作!?」

「救助活動と並行する形で行われていたよ。機械や人の手を使って、建物の骨組みや壁だった部分を集めていた。どけたものを、邪魔だから重ねていくというなら話がわかるが、明らかに集めては処分していたんだ。」

「え?」

「場所によっては、掘り起こしている隣で、更地にする作業をしているんだ。その場所に、子供の教室があった親達が、泣きながら抗議していたよ。『子供が見つかっていないから埋めないで!』って。」

「それ・・・どうなったの?」

「機械を動かしている人間が、どういう機関の人かはわからなかった。でも中国語で言っていたよ。『ここにはもう、誰の死体もない。だから、埋めているんだ。』ってね。」

「どこまで探して、そう言いきれるのかしらね?」

「知らないよ。話を聞こうと近づいたら、数人の男にガードされちゃったんだから、僕は。」

「ガード?」

「うん。『危ないから、近づかないで!』って。笑っちゃうよね?『それじゃあ、機械の側で抗議している親達はどうなんだって?』て、話だよ。」

「そうなると、行方不明になってる子供の何人かは、更地にされた土の中ってこと?」

「そうなるだろうね・・・。」

「じゃあ・・・手抜き工事は本当にあったの?」


あってほしくない事実。

違っていることを祈りながら聞いたが、メガネをかけた西洋人はそれを肯定した。


「あったと考えた方が正しい。そうしなければ、埋め立てたりしないだろう?ほとんどの校舎では、こういった証拠隠滅が行われていた。地元の人の言うとおり、『おから工事』が行われていたのは事実だ。僕は、早い段階でそれを確信した。」

「つまり、持ち帰った鉄筋や壁で、手抜き工事だとわかったの?」

「残念ながら、僕に建設関係の知識はないよ。だから、写真と持ち帰ったサンプルを知り合った専門家の元へ送った。」

「じゃあ、専門家がそうだといったの?」

「いいや。この時点ではまだ、物的証拠はなかった。物理的な証拠はなかったけど、人為的な証拠はあったんだ。」

「人為的な証拠?」

「ああ。校舎の工事を行った現場の従業員と、その会社の関係者に話を聞いたんだ。ロウの前でこんなことは言いたくないが、中国は賄賂社会だよね?」


ロウを見ながら、アルバートは言う。

そう言われた彼女は、無表情でアルバートを見る。


「建設関係者は、共産党から仕事を請けたら、相手に紹介料を贈らなければならない。100の仕事だとしたら、4割は賄賂に使われる。請負主は、上もやるんだからと、自分も1〜2割の工事費を着服する。その残った半分以下の金額で、建設資材や作業員の賃金を支払わなければいけない。」

「地方は、中央政権の力があまり届かない。だから、共産党の幹部にとっては、賄賂をとりやすいんだ。その理由はいくつかあるけど、もともとの中国という国の体質による。昔からこの国は1権力者による統治国家の時代が長かった。おまけに、多種多様な民族の多い多民族国家だ。多数決で決まることがほとんどだし、漢民族の意見が優先される。」

「アルバート・・・。」


何か言いたげに、ロウが口を開く。何か言おうとするのだが、彼女は何も言わない。

おそらく、なんと答えていいのかわからないのだろう。

そんな彼女を、アルバートらしくない、悲しそうな目で見ると言った。


「救援隊が早く現地に入れなかった理由の中に、内陸部の現状を見せたくないという思いがあったのかもしれない。救助隊の中には、建設関係の人間も多くいる。彼らを通して、あってはならない手抜き工事の現状を、世界に知られるわけには行かなかったんだよ。オリンピックも近いからね。」

「そんな・・・!」

「だから政府は、誤魔化しがきくところまで誤魔化してから、海外からの援助隊を受け入れたんだよ。こういうところは、ミャンマーと同じような体質だね。」

「・・・アルバート、テレビや新聞が流していた援助活動というのは。」


悲しそうな顔でロウがつぶやく。


「感動的な救出を、何度も流したのは――――・・・!」

「パフォーマンスであり、フェイクだよ、ロウ。その証拠に君達人民は、感動的な救出場面しか、見ていないだろう?」

「ああ・・・!」


ため息とも、嘆きとも取れる声を漏らすロウ。


「アルバートの言うことは、多分正しい・・・と、思います。」

「ロウ。」

「アルバートのいうことは、道理に合っています。でも、私の知らないことばかりだわ・・・。」


小さくロウがつぶやく。中国人である彼女が、どこまでの情報を知っていたかは知らない。だが、


「テレビでは、主席が被災地を訪問するシーンばかりだったから・・・・。」


と、言う言葉を聞けば、今の話の大半を彼女が知らなかったのだとわかる。


それを聞きながら、先ほどの玲子の言葉を思い出す。

もしかして、日本人の救出劇を中国政府は利用したのではないだろうか。

亡くなった親子に黙祷をささげる日本の救助隊の姿に、多くの中国人は涙した。

それまで、日本人に反感を持っていた年配そうでさえ、「日本人を見直した」と語ったのだ。

救助の遅れを指摘される中国政府が、それを見てよからぬ事を考えないとは言い切れない。

感動的にすれば、生きた人間の救出でなくても、国民は納得する。

いつから、感動的な救出がうたい文句にされていたかはわからない。

しかし、日本の救助隊の黙祷前後から、そのような報道が増えていた記憶がある。

これはあくまで、個人的な考えと妄想に過ぎない。

推測に過ぎないのだが・・・・。


それで、話のつじつまが合ってしまうのだから、怖かった。


「それじゃあ、子供を亡くした親達が出も起こして当然ね。」

「デモ?」

「デモがあったの?」


玲子の言葉を聞き返す。彼女はアルバートを見ながら言った。


「政府の対応に抗議して、デモ起こしたって聞いたけど?」

「事実だよ。」


アルバートはそれを認めた。


「でも、僕は見ていないんだよ。」

「見てないのに知ってるの?」

「海外メディアは、集会場から追い出されたんだ。追い出したのはもちろん、公安の人間だよ。」

「また、警察なの?」

「警察だったね。21世紀とは便利な時代だよ。人々は携帯のメールで呼びかけあって、政府に対して、手抜き工事や救援活動の遅れ、援助物資不足やもろもろのことに関する怒り爆発させたんだ。」

「何人ぐらい集まったの?」

「仲間の話じゃ数百人ぐらいかな。あ、仲間というのは、記者仲間だよ。さっき話した日系二世の人。うまい具合に集会にもぐりこめたんだ。」

「なにやってんの!?めっちゃ危ないじゃん!?」

「生きて帰れたから大丈夫だよ。やっぱり、僕みたいな西洋人は目立つから、すぐに追い払われたけど、彼はいい具合に取材をしたみたいだ。」


不適に笑う友のおかげで、心臓が痛くなった。


「それで?どんな抗議活動をしたの?」

「文字通り、政府への不満と子供を亡くした悲しみを叫んでいたよ。怒り狂う親達に、地元の職員が『共産党を信じてほしい』と、繰り返し言っていたそうだ。でも彼らは、そんな言葉じゃ納得できなかった。共産党の主席でも来てくれれば、少しは落ち着いたかもしれない。親達の何十人かは腹いせに、公安のテントや中の機材を破壊したらしいからね。」

「・・・すごいね。」

「すごくないわよ。親なら、それぐらい怒るのが当然じゃない?いい機会だから、しっかり政府を困らせればいいわ。」

「甘いですよ、玲子は。」


悪戯っぽく笑う玲子に、ロウが冷たい声で言った。


「それで手を焼いて困るほど、共産党は甘くないです。すぐに、簡単な解決方法をとるでしょう。」

「ロウの言うとおりだ。対応に困った政府は、簡単な打開策を使ったんだから。」

「簡単な打開策?」

「そうだよ。中国政府は、校舎の倒壊で死んだ生徒や教師の親達に、『救済金』を支払ったんだ。」

「賠償金を支払ったってこと!?」

「似たようなものだね。犠牲者一人当たり16〜17万元。」

「17万元!?」


ロウが目を丸くする。


「日本円で270万円も払ったの!?全員に!?」

「いいや。被害にあった親の一部、約300人ほどに支払われたらしいよ。ただし、この救済金はただの救済金じゃない。親達を懐柔することが目的なんだ。これ以上、中国政府の悪口を言わせないためのね。」

「それで、親達は同意したの?」

「ほぼ全員が同意したらしい。納得できない親もいたみたいだけど、残りの人生を思えば、お金があって困ることはないからね。」

「金で解決したんだ。」

「そう。文字通り、金で解決したんだよ。救済金を支払うことで、すべてを不問にさせてみたいだ。それが、救済金を受け取る条件。それが守れなければ、お金は支払わないと条件付けてね。おかげで、取材がやりづらかった!」


テーブルに手を伸ばすと、アルバートは封筒の中から小さな封筒を取り出した。


「さっき話した、校舎を支えていた鉄筋や壁のサンプルと写真のことだけど。」

「うん?」

「正確なデータが出たよ。」

「え!?」

「少し時間がかったけど、数日前にそれのコピーを送ってもらったんだ。」

「アルバート・・・・!」

「でも、結果は教えてあげない。」

「ええ!?」


これには、三人全員が絶句した。

アルバートの性格を考えれば、自慢気にほいほい言うと思っていた。


「これはね、軽い話じゃないんだよ。」


そんなこちらの本心を見透かしたように、若いジャーナリストは言った。


「この問題は、軽々しく口に出してはいけないんだ。それだけ、重いものがこめられた深い問題なんだ。」

「アルバート・・・。」

「公安の人間が狙ってるのは、僕が持っているこのコピーだ。」


そう言うと、封筒から一枚の紙を出す。それをひらひらさせながら、部屋にあった灰皿の中へと落とした。


「あ!?」


まさか!?


その先を考えた時、問題の紙は紅蓮の炎に包まれていた。


「アルバート・・・。」


ポケットにライターをしまいながら彼は笑う。


「ここまで話を引っ張っといて、それはないでしょう、アホバート?」

「だから話したんだよ。万が一、君達が公安に捕まっても、僕が目の前で燃やしたと言えば、拷問されずにすむじゃないか。」

「それは逆です!拷問をかけやすくする理由になるだけです!」


呆れる女性二人に、ヘラヘラ謝ると、こちらを見ながら言った。


「話してばかりいたら、お腹がすいた!これから外に、何か食べに行こう!久しぶりの中華料理を楽しみたい!」

「・・・アルバート。」

「でも、哥哥のおかゆより、おいしいおかゆはないだろうけど!」


そう言って笑ったアルバートだったが、その目はとても悲しそうだった。






























四川省の大地震問題は、現在でも、その爪あとを残しています。

現在(2009年7月)の時点で、四川省に住んでいた農民の方々は、大移動を始めています。ゲルマン民族の大移動というわけではありませんが、農民の意見を無視した中央政府の政策によるものです。

まず四川省に住んでいる農民を他の省へ引越しをさせ、壊れた四川省の町をきれいに直します。その間、四川省から出て行ってもらった農民の方々には、他の町でも暮らしていけるように手に職を付けてもらいます。そして数年後、町が完全に復興したら、戻ってきてもらって、以前と同じように生活してもらうというものです。

この政策、無茶が三点ほどあります。

一つは、引越し先と引越し費用は全額農民達の負担。国から多少の援助金は出ますが、

たいした額ではありません。

二つ目は、引越し先で、必ず農業で生活していけないということです。中には、できる人もいるかもしれませんが、難しいです。そのため、手に職をつけるように訓練をさせますが、現実は厳しいです。それが三つ目です。手に職をつける人の多くが、中年層であり、専門職を身に着けても、雇用面で若者との差が出てしまいます。

そして四つ目は、四川州に帰ってきて、再び農業ができるという保証がないことです。なぜなら、農民達の土地は買い取られてしまい、多くは農地ではなくなっているからです。政府としては、新たな仕事ができるようにということらしいですが、昔から農業一筋でして来た人です。急には返られません。そのため、生まれ故郷を離れた数年という期間で、新たな生活に彼らが適応できるようにということらしいですが・・・無茶ではないでしょうか・・・?

農家の人々は、中国では貧しいとされています。

四川省の農民の場合は、決まった期限内に、農民全員が同時に引越しを行うわけです。そうなると、周辺省のアパートや借家の家賃は、一気に値上がりしました。稼ぎ時だからです。ただでさえ、金銭的に苦しいのに、ほとんど全部自己負担です。借金をしてまで、引越しをするうえに、引越し先での仕事もありません。元々、出稼ぎが多いところなので、多くの農民達が仕事を探すとなるとかなり大変です。おまけに自分達の農地も取り上げられてしまうのですから、財産らしい財産がなくなってしまいます。

中国政府は、戻ってからも同じように生活してもらうとは言っていますが、今までどおり、農業をできるとは約束していません。第一、数年も土地をほったらかしにしていては、荒れてしまって、直すのに時間がかかります。

四川省をきれいな町にするのもいいですが、昔から住んでいる人達を困らせるような政策をとっていいのでしょうか?


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