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怪奇1


趙さんが死んだ。



その知らせを聞いて、慌てて中国に向かった。



趙さんは、留学在学中に知り合ったおかゆの屋台の青年だった。

彼は地方出身者で、父親は料理人をしていた。彼はそんな父の背を見て育ち、同じように料理人になった。生まれ育った場所で、料理人として働いていたわけだが、より高い給料を求めて都会に出た。両親や下の兄弟、目が見えなくなった祖母のために、彼は働く必要があったのだ。仕事がなかなか見つからなくて困ったそうだが、同郷のつてで、なんとかおかゆの屋台に落ち着けたのだった。


出会った頃の彼は、いつもタオルで額の汗を拭いていた。

よく働く、二十五歳の好青年。

中国での朝ごはんは、いつも趙さんのおかゆだった。



「何故彼は死んだの?」



出迎えてくれた友達・ロウに聞く。

下の兄弟に喘息持ちがいるとは聞いていたが、彼に持病はなかったはず。

その問いに友達は、早口でしゃべる。

相手は、本家本元の漢民族。

それほど、中国語が堪能でないので聞き取れなかった。


「落ち着いて、ゆっくり話して・・・!」


数回なだめて、ようやく相手は落ち着いた。


「・・・・陳情村!」

「陳情村?」


聞き覚えのある名前。

どこで聞いたような・・・・?


考えていたら、肩を叩かれた。


振り向くと、一緒に留学していた友達の玲子がいた。


「来るの遅い!まぁ・・・時期が時期だから仕方ないか?」


ベリーショートの友人は、そう言って微笑む。


その玲子に言われるがまま、彼女が借りているホテルへと向かった。



「あんたさ・・・陳情村のこと、覚えてる?」


ホテルの玲子の部屋に着くと、彼女はそう問いかけた。


「それが・・・思い出せないの。」

「ほら!地方の人達が、地元のいい加減な対応を中央政府に訴えるために集まってたところ!」

「――――ああ、アレ・・・!?」


思い出した。


陳情村。

地方役人達の不条理な対応を訴えるため、被害にあった人達が集まって村を作ってしまった場所のこと。

中国各地から、不正を訴えるために集まった人々が集まって作った村。

意識して作ったわけではないが、出来上がってしまった村。

官僚の怠慢で出来上がってしまった村。



「そこで・・・趙さんは死んだの?なんでそんなところに行ったの・・・?」



ここでの趙さんの家は、陳情村からかなり離れている。

仮に引っ越したとしても、金銭的なことを考えれば、そんな余裕が彼にあるとは思えない。

第一、なんで陳情村へ、引っ越さなくてはならないのか。

あそこは、地方役人の【悪】を訴える場所。

そんな場所で――――――・・・・



「なんで・・・死んだの?もしかして、病死?それとも・・・事故?」



言葉を選びながら尋ねる。

否、選びながら聞かなければならないのだ。



「趙さんは―――――不慮の事故か病気で、たまたま、陳情村の前で亡くなっ・・・?」



「――――――違う!!超さんは、趙さんは殺されたっ!!」



そう叫ぶと、ロウは大声で泣き始めた。


「馬鹿!せっかく、泣き止んでたのに・・・!」


そう言って、睨み付ける玲子。怒るような、責めるような、困った眼でこちらを見る。



・・・・わかってるよ。



「ごめん・・・。」



だから、言葉を選んでいたのに・・・・。



泣いている相手に視線を向ける。

出迎えてくれた友人・ロウは、ベッドに突っ伏して泣いていた。




ロウとは、出会う()から友達だった。

中国語を習い始めた頃、早く上達したくて、文通を始めた。



「その国の言葉をマスターしようと思ったら、まずは、マスターしたい言葉の国の人を恋人にしなさい。」



それと同じ原理だった。

マスターするために、恋人ではなく、友達作りから始めた。

そして、中国語の先生のつてで、文通相手としてロウを紹介された。

彼女も、異国の言葉を、日本語をマスターしたかったらしい。

同じ漫画が好きだったこともあり、すぐに意気投合した。

最初はお互い、それぞれの語学の先生を通して手紙を書いていた。

だが、回数を重ねるごとに、一人でかけるようになっていた。

手紙の枚数も、どんどん増え、長い文章も書けるようになった。


「あなたが中国に来たら、美味しいおかゆの屋台を紹介します。中国の朝は、おかゆではじまるのよ。」


それが、彼女の手紙の〆の言葉だった。


そしてその屋台が、趙さんの屋台だったのだ。



「趙さん!趙さん!」



ロウは、趙さんのことが好きだった。


だから、言葉を選びながら聞いた。

彼女が傷つかないように。

悲しまないように。

でもそれには、限界があった。







「・・・・趙さんが死んだ理由はなに?」


かなり時間がたってから、ロウが泣き疲れて寝てしまったところで玲子に聞く。

彼女は、ロウの体にシーツをかけるとベットから離れる。

そして、向かい合わせになる形で、正面のいすに腰を下ろした。


「・・・・・・趙さんに、喘息持ちの弟がいたの覚えてる?」

「覚えてるよ。」

「その子ね、死んじゃったのよ。・・・・・・練習台にされて。」

「練習台!?」

「弟君が通ってた病院ってのが、結構地元じゃハバが利いてね・・・。」


テーブルにあったタバコを手に取る玲子。


「中央政府が禁止してる薬とかも、平気で使ってたりしてね。医者の卵とかでも、人手不足ってことで、ジャンジャン本番させてるの。」

「研修じゃなくて?」

「本番。」


タバコをくわえて火をつける。


「そんな馬鹿な場所だから、事故が起きてね・・・。弟君、間違った薬出されて、あっけなく死んじゃったの・・・・。」

「なっ!?そ、それで弟君は、死んじゃったの!?」

「趙さんの両親はね、飲ませた後で、いつもと違う薬だと気づいたの。吐かせようとしたけど手遅れだった・・・・。」

「それ医療事故じゃない!?ううん、下手したら、殺――――――!」



さつじん。



「―――――殺人にはされなかった。」



語尾を遮るように、強い口調で玲子は言った。



「そこの病院は、役人にも顔が利いてね。お金があるから、好き勝手できるのよ。だから、事件をもみ消してしまった・・・。」

「なにそれ!?日本じゃ、立派な問題じゃない!?警察はなにやっ―――――・・・・・!?」



――――――――――――陳情村。



頭の中で、先ほど聞いた三文字が浮かぶ。



(・・・・・・・・・・・・陳情村。)



その三文字を、その名前を聞いた時点で、わかっていたはずだ。


この話の結末を。


趙さんの死の真相を。



気づいていたはずなのに――――――――――――――――




「警察は――――――・・・・・調べてくれたの?」




愚問だったが、問うていた。



「病院側は『飲む前に気づかなかった親の責任。』・・・警察は『示談解決したと聞いている。帰れ。』・・・・・だってさ。」

「そんな・・・・!」

「趙さんの両親はね、示談なんてしていないし、金も受けてないって、抗議したけど無視されてね。」


(やっぱり・・・・。)


予想通りの答えが返ってきた。


「趙さんの両親、『ここの役人じゃ話にならない!』てことで、こっちに来たわけよ。それで超さんに、弟のことを話して・・・・。」


・・・・なにを聞いているのだろう。


「弟が殺されたって聞いて、ひどく嘆いたらしいよ。当然よね・・・一番心配して、気にかけてた子だったからさ。」


聞かなくたって


「それで趙さん、ロウ達が止めるのも聞かずに、一人で陳情村に行ったのよ。」


話の結末はわかってるじゃない。


「一人で・・・・行ったんだ。」



彼ならそうするだろう。

親思いで、家族思いの彼なら、きっと1人で行くはずだ。



「・・・・こっちに来た父親は、最後まで『自分も行く!』って言い張ったみたいだけど。」



玲子がそういい終わらないうちに、甲高い声が部屋に響く。

見れば、目を覚ましたロウが、こちらを見ていた。

そして、物凄い口調でなにかを言っていた。

会話全体は聞き取れなかったが、断片的な単語で、何を言っているかわかった。


趙さんは、陳情村がどうところか知っていた。

そこは、役人が煙たがり、いつも重たい空気が流れる場所。

そこにいるだけで、冤罪にされてしまう場所。

地方の不正を、放置し、それを無視しようとする中央政府による不当な弾圧が起こる場所。

しかも今は・・・中国が世界に注目されている時期。

その監視は厳しく、いつも以上に私服の警官が闊歩(かっぽ)している。


話を聞かない『同族の役人』よりも、『異国から来た者達』に、そこの人々は不条理なを訴え始めていた。


それが、この国で大きな力を持つ者達は気に入らないのだ。

言いがかりや難癖をつけ、ひどい時には無理やり連れて行く。



余計な口をきけなくする為に、そこの人々を連れて行く。



そして、連れて行かれた人々は―――――――――――・・・・・帰ってこない。




「趙さんも・・・・帰ってこなかったんだね。」




だからあえて、一人でそこに向かった。


弟のために、死ぬ覚悟でそこに行ったんだ。


国に殺されるとわかっていても、『間違いを間違い』と訴えに行ったのだ。



「行って数日で、連れて行かれたらしいよ。」



ロウの背中をさすりながら玲子は言う。



「趙さんの・・・・お父さんは?」

「・・・・・・家に帰ったよ。そういう約束だったらしいから。」

「約束?」




「『僕になにかあったら、必ず家に帰ってください。』」




「ロウ?」



問いに答えたのは、泣いているロウだった。



「『弟弟ティティ[←日本語で『弟』]だけじゃなく、パーパ(日本語で『お父さん』)にまで何かあったらマーマ(日本語で『お母さん』)はどうすればいいんですか?目の見えないナイナイ(日本語で『おばあちゃん』)は?残っているは弟弟?みんな、パーパが頼りなんですよ?僕が、パーパの代わりに弟の無念を訴えて着ます。でも、万が一僕が戻らない時は、家に帰ってくださいね。僕で役人が動かなかったら・・・・・・・・』」




そこで言葉が途切れる。ロウは大きく息を吸うと、最後の言葉を言った。



「『辛いでしょうが、諦めて帰ってください・・・。そういうことがもう一度あるようなら・・・・なにを言ってもなにもしてくれない、無駄なことだということなんですから・・・・!』」



なにもしてくれない。



「『ここはそういう国だと、諦めてください・・・・!』」




「ふざけんなよ・・・・!」




あまりにも無常な現実に対して、無意識に怒りを吐いていた。



そこで、この話は終わった。

気づけば、玲子が泣いていた。

気まずくなって、なんとなく洗面所の方へ行った。

汚れていない手を洗った。

流れる水に手を当てながら、しばらく水の冷たさを感じていた。

顔を上げれば、目の前に見慣れた顔・・・・自分の顔があった。

鏡に映る自分の顔を見ながら考えた。



趙さんのことを考えた。



頼りがいのある兄のような存在だった。

最初は、片言の日本語しかしゃべれなかったが、最後に会ったときは流暢(りゅうちょう)な日本語を話せるようになっていた。

勉強ができないわけではなかった。

勉強できる環境ではなかっただけだった。


こんなことになるなら、もっと彼にしてあげることができたんじゃないだろうか?


そして思い出した。

彼に贈り物をしたことを。


昔・・・趙さんにプレゼントをしたことがあった。

度数の高い、日本酒を贈ったことがあったのだ。

彼はお酒が好きだったが、経済的な事情からめったに飲めない。

それを聞いて、趙さんの誕生日に日持ちのする日本酒を贈った。

中国人は豪酒な上に、同数の高い酒を好む。

彼も、それにもれぬ、酒好きだった。

本当は、中国のお酒を贈ればよかったのだろうが、その時はそこまで気が回らなかった。

単純に、珍しい物の方が喜ぶだろうと解釈したのだ。

異国の純度のよいお酒の贈り物を、彼はたいそう喜び、おかゆをサービスしてくれた。

そして、休みを挟んだ週の初めに、彼の屋台に行った。

日本のお酒の感想を聞くために。

しかし、返ってきた返事は予想外のものだった。


「パーパに送った。」

「え?」

「僕も酒は好きだけど、パーパはもっと好きだよ。日本の酒は、美味しいというから、きっと喜ぶよ。」

「じゃあ、自分で飲んでないの!?」

「開けたら、送るのに困るよ。僕はいいよ。まだ、先が長いから。」


人生の先が長いから。


そう言って、趙さんは笑う。

一緒に話を聞いていた玲子が、呆れ顔で自分のカバンに手を突っ込む。

そして、小さな酒瓶を取り出した。

その酒瓶は、見慣れた日本の酒だった。


「ロウから話を聞いて、まさかとは思ってたけど・・・あげる。」


玲子が言うには、親思い超さんのことだから、自分用にもらったプレゼントであっても、親に送るのではないかと思っていたらしい。だから、保険もかねて、日本からお酒を送ってもらったそうだ。ただし、玲子の出したお酒は、贈ったお酒とは違う銘柄のもの。聞けば、サイズがこれしかなかったのだと言う。

玲子の手際のよさに感心したが、彼女はさらに賢い方法をとった。

彼女は、取り出したお酒の口をねじって、封をあけると、またねじって口を閉めてから、趙さんの前にそれを置いた。


「日本の酒は、開けたらすぐに飲まなきゃだめなの。この酒も、今夜中に飲まないと腐るわよ〜?」

「・・・え?」

「玲子・・・!」



その手があったかっ!!?



呆気にとられる趙さんを尻目に、相手の行動を賞賛した。

それと同時に、己の勘の鈍さを悔いた。

玲子は、気にしない気にしないと慰めてくれたが、悔やまない方がおかしい。


(そうして渡しておけば、趙さんは飲んでくれたのに・・・・。)


玲子の行動は、趙さんを含めた周りからすれば、かなりの破天荒な行動だった。

しばらく呆気に取られていた趙さんだったが、大きな声を立てて笑い始めた。


「玲子にはかなわないよ!」


そう言うと、今夜飲んで明日必ず感想を伝えると、趙さんは約束した。

満足そうな玲子に対し、あからさまに不満げな顔で私は彼を見た。

それに、気づいた趙さんは急に改まった口調で言った。


「本当にごめんね。僕のためにくれたのに・・・。でも、気持ちはもらってるから許してクダサイ。」


心底、すまなそうに言うと頭を下げる趙さん。

そんな相手を怒る気にはなれなかった。

でも、なにも言わないのも癪なので言ってやった。



「それじゃあ、次の誕生日も、同じものをあげるから、今度はちゃんと飲んでよ!いいね!?」


「謝謝(シェイシェイ:ありがとう)!オネガイイタシマス!」



照れ笑いをする友達に、こちらも自然と笑みが漏れた。







耳鳴りがする。

自分が泣いているのだとわかったのは、鏡に映る自分の顔を見てからだ。

涙が、目じりの下ではなく、鼻の方へと流れていく。

悔しくて、悲しくて、痛かった。

年の近い兄のように思っていた友達が死んだ。


彼の死体は返してもらえたのか、父親と一緒に故郷に帰れたか。

どうなったのかわからない。

ロウに聞けばわかるが、聞く気に慣れなかった。



泣きながら、しばらくこの国にとどまることを決意した。












陳情村は実在します。

地方の人々が、地方の警察や金持ちや有力者から受けた不当な扱いについて、北京の中央政府に訴えるために、都会に出てきて集まった結果、誕生した村です。

実際は、中央政府に訴えても、ほとんど取り合ってくれないので、長期戦で陳情村に滞在している人が大半です。

訴えた人の中には、命を落とす人もいます。

資金が尽きたために飢えたとか、そこで病気にかかって亡くなったというパターンもありますが、政府によってほおむられるケースもあるようです。

政府が直接手を下しているのを見たわけではありませんが、そう訴えている陳情村の人々の姿をテレビで見たことはあります。

真相はどうなのでしょうか・・・・?

最近の陳情村の住民の特徴として、海外メディアに訴えるケースが増えています。

理由は、その方が確実だからです。


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