第三話 可愛い子には旅をさせよ
時が経つのは早くてあれから3年ほど経った。
俺はもう、支えなどなくとも1人で歩けるようにまで成長していた。
なので今俺は旅と称して、屋敷の中を散策中だ。
(うーん、歩幅が小さい分やっぱり広く感じるな・・・。棚の上とか見えないし)
この屋敷の散策を始めたのは昨日。
家族総出で俺の3歳の誕生日、という事で屋敷内に俺の部屋を拵え、プレゼントをしてくれた。
それ以外では、他の貴族からの貢物や、高名な絵師が描いたと言われる肖像画等もあったが。
自分の絵が飾られるのは普通に恥ずかしいので、自分の部屋に飾ろうとする父さんにいやいやと首を振っておいた。
「あら、セア様。お散歩ですか?」
「うん、セシリー。セシリーはお掃除中?」
「そうですよ。セア様にお仕えするメイドの1人として、住みやすい空間にしなければいけませんからね」
しゃがんで俺に目線を合わせるセシリー。
美人さんがヒラヒラとしたスカートを履いてしゃがむので、目のやり場に困る。
そういえば、と俺は彼女に質問をする。
「ねえ、セシリー。お勉強したいんだけど、絵本って何処にあるの?」
そう、俺はこの世界についてまだ何も知らないのだ。
何故か話は日本語で通じるのだが、文字は最早知らない物だった。
この世界で生きるには、読み書きは勿論の事一般常識なども知って起きたい。
何せこの世界の文明レベルは良くて中世。それに、魔法も存在するときた。
となると、よくある例で言えば王侯貴族に対する失礼による打首。
そういうことがある可能性がとても高い。
俺はゆくゆくはこの世界を見て回りたいのだ。となるとそう言った危険はなるべく排除せねばなるまい。
この考えのもと屋敷内を旅しつつ、教本になりそうな絵本のありそうな図書館を探して回っていたのだ。
「勉強するための絵本・・・ですか。そうですね、無いことも無いのですが。
お母様であるクラリスタ様は元々宮廷に仕えていたので、作法や一般常識等セア様がおっしゃるお勉強は、頼めば喜んで教えて貰えると思いますよ?」
3歳児のものと思えない言動に、セシリーは驚きつつも提案をする。
実際、あの穏やかな母、クラリスタはその辺の本等とは比べ物にならないほどの知識を持っている。
(なるほど・・・その手があったな。母さんなら頼めば教えてくれるだろうし。今日の夕食の時にでもお願いするとしようか)
そう結論づけた俺はセシリーへと例を述べ、散歩・・・もとい旅を再開する。
「セア様はご立派ですね。もう少しは手がかかる方がお世話のしがいがあるのですが・・・」
俺の後ろ姿を眺めるセシリーは、そう呟いた。
グウ、とお腹から音が鳴る。
一一そろそろ夕食の時間か?
廊下の壁にかかった時計を見て、俺はダイニングへと向かった。
部屋に着くと、俺以外は皆着席していた。
「ごめんなさい、遅くなりました」
「大丈夫よ、セア。セシリーから話は聞いたわ。お屋敷の探検をしていたのでしょう?それよりも私は、貴方がお勉強をしたいと聞いたのだけれど・・・そうなの?」
「おお!セアはもう剣術を学びたいのか!そうかそうか、ならば明日からでもすぐに教えてやろう!!」
違うよ父さん、そうじゃないんだ。
俺が学びたいのは剣術では無く一般常識だ。ゆくゆくは剣術も学ぶつもりではあるが。
席に着き皆でスープを啜る。
「違うわ、リカルド。セアは世界がどう広がっているのかを知りたいのでしょう?」
「うん、お母さん。おれ、お外を見てみたいんだ。でも、まだ早いから」
なるべく拙い言葉で伝える。
これでも三歳児にしては喋りすぎではあるが、勉強するには致し方ないだろう。
「あらあら。セアはもしかしたら将来、偉大な冒険家になるのかしらねぇ」
手を口に当て微笑むクラリスタ。
「ダメ、かな?」
これでどうだ。必殺、上目遣い。
「ぐはっ」
関係の無い父さんがむせ込んだ。だがスルーだ。
母さんの反応は・・・
「ふふっ。そんなにお勉強したいのね。・・・もうちょっとは遊んでても良い年頃なのだけれど、分かったわ。明日から、毎日お昼にお勉強しましょうね」
「・・・セアは凄いな。俺も負けていられないな」
勝った。
兄さんも兄さんで何か尊敬の眼差しを向けているけれど、そんな事よりもこれで一歩前進した。
さて、明日からは毎日勉強だ。
これも将来のため。勉強は好きでは無いが、頑張るとしよう。
翌日、お昼ご飯を食べ終わった俺は母さんに連れられて図書館へと向かう。
まずは読み書きの練習のようで、沢山の本を一緒に読まされた。
産まれたばかりで頭が柔らかいのか。スルスルと知識が吸収されていく。
(学生の頃はここまで記憶力は良くなかったんだがな・・・)
恐るべし赤ちゃんパワー、三歳児は果たして赤ちゃんと言えるか微妙なところだが。
さて、三時間にも渡る一日目の勉強会を終えて、分かったことがある。
流石に察していたが、ここは地球では無く。「ガラティア」という世界の様だ。
また、魔法もしっかりと存在するようで、世の中に欠かせないものとなっているみたいだ。
今俺が住むこの国の名前は「ティルクソリア王国」というようで。
家名に「ティル」と入る家は四代以内に王族の先祖が居るらしい。
話を聞く限り、母さんの母さん・・・つまり俺からすると祖母が現国王の姉にあたる人物らしく。
(俺ってバリバリの貴族じゃん)
新たな事実に少し、いやかなり困惑するのだった。
他にも、この世界にはモンスターやダンジョンが存在したりとか。
街に出たら俺達とは違う種族、よく言う獣人やドワーフ、果ては魔人等も存在しているとか。
魔王はいるのか尋ねると、魔王といった存在は居るようだが、魔人達の国を統べているというだけで特に悪さはしていないらしい。むしろ温厚なよう。
逆に、一つ国を挟んだ所にある「グランスルト帝国」は好戦的らしく、よく隣国へと圧をかけているらしい。
(ふーん、何処でもそう言った国はあるものなんだな。良かった、産まれた所がその国じゃなくて)
聞けばその国の長、皇帝は民に圧政を敷いているらしく。
とてもじゃないが旅どころでは無い。
そういえば、旅といえばだ。
「ねえ、お母さん。おれって旅、できるの?」
俺は何故か地位の高い所に産まれた。
となると、もしかしたら人生に既にレールが敷かれているのでは?と思い、疑問をぶつける。
が、杞憂だったようで。
「ふふっ、大丈夫よ、セア。貴方は貴方が生きたいように生きればいいの。・・・リカルドは騎士にさせたがっているけれど、そんなのなる必要は無いわ」
それを聞いて安心した俺は、この日以降も毎日勉強を続けて見聞を広めた。
一一例えばこの世界には修羅・防護・魔法・生命・感情それぞれの五柱の神様がいる事。
それぞれが祀られている神殿があるらしく、十五歳になったらそのどれかへと赴き「天職」と言うものを授かる事。
そして一一天職と言うのは、その人その人の魂によって決まる、という事。
魂によって決まるということは、直接その人と天職が紐付けされるという事で、例えば天職が「鍛冶師」だった場合。
その身には鍛冶師として必須のスキルが身につき、より良い武器が打てるようになり。
天職が「魔道士」であれば扱える魔力が強大になり、より強い魔法の適性が得られる。
ちなみに母さんの天職は「魔道士」、父さんは「聖騎士」のようだ。
一一旅するのに適した天職ってなんだろうか。
ふと思い、過去にどのような天職が発見されているのかを見てみる。が、特にピンとくるものは無い。
(・・・ま、なるようになるか)
そう結論付けて、俺はその日は教科書代わりの本を閉じた。
時が経つのはやっぱり早く、七歳からは父さん達に混ざって剣術の勉強もした。
「はっはっは!セアよ、俺を倒してみろっ!!」
そう言い俺の前に立つのは、現王国軍団長である父。
最初こそ俺の素人剣を受けたり躱すだけだったのだが、半年もすれば普通に木刀を叩き込んでくるようになった。
当たったら死ぬほど痛いので避けてばかりでいると。
「セアよ、躱してばかりでは勝てんぞ!隙を見て攻撃を叩き込めい!!」
と、本気の一太刀を入れてきて、俺は意識を刈り取られる。
回復薬や回復魔法の存在が無い前世であれば確実に大問題となるであろう。
「リカルド、貴方またセアを虐めているの?」
目を開けるとそこには、父さんの背後を取り、魔力の塊を待機させる母さん。
ぶっちゃけ、この時が一番怖かった。
「クレスはもう天職を授かっているのでオーバーな訓練には目を瞑ります。ですが、セアはまだ天職を授かっていないままの普通の男の子なのよ?」
(ああ、なんだ救いの女神か)
そう言って俺の怪我を母さんが治療してくれる日が何回も続いた。
一一そして。
とうとう、俺は十五歳となった。
天職を授かる齢である。
「はっはっ!セアももう十五歳か!どんな天職がでるか。今から楽しみだな!!」
「うん、父さん。馬車の狭い空間でそんな大声出されると耳が痛いから抑えて」
「ああ、すまないセア。如何せんずっと楽しみだったのでなあ・・・。お前の兄、クレスは聖騎士と来た。」
「流石兄さんだ。・・・俺は、どのような結果が出たとしても」
「ああ、分かっているさ。旅に出るのだろう?幼い頃からお前はそればかりだったからな。寂しいが、たまには帰ってくるのだろう?」
「もちろん。なんて言ったって、あの家は俺の第二の故郷だからな」
一一俺は、昨日の夕食時に家族へ秘密を伝えた。
前世の記憶を持ってしまっている事。
それを伝えた時、父さんは驚きに目を見開き。
母さんは察していたかのように目を伏せた。
兄さんに至っては箸を落としてしまっていた。
激怒されるだろうか、殺されても文句は言えないな。
そう思ったのだが、ここまで十年以上も愛情を注いでくれた家族を騙し続ける訳には行かない。
そう思い、全てを話した。
「・・・ああ、昨日は正直俺の人生で一番の衝撃だった。だが、昨日も言ったようにお前は俺の息子で、俺達の家族だ。いつでも帰ってこい」
「・・・ありがとうな、父さん」
俺の家族は。
セア・ティルティフォンだけでなく。
久遠瀬亜としての俺まで、家族として受け入れてくれたのだ。
思わず涙ぐんだ。
なんせ前世を合わせたらもう三十年以上も生きているんだ、涙腺だって緩くなる。
「何、気にせず胸を張れ!お前はお前で、俺達の家族だ!分かったら行ってこい、はっはっはっ!」
豪快な笑い声を背に、俺は神殿へと赴く。
そこには既に数名の神官が待ち構えていた。
「ようこそおいでくださいました。セア・ティルティフォン様ですね。・・・では、あちらの神像の前で片膝を着き、目を瞑って下さい」
俺は指示される通りに動く。
目を瞑ると、視界の情報がシャットアウトされたために考え事をしてしまう。
それは、前世で最高の友人と出会い、旅をして。
そこから色々とあって転生し、新たな家族と出会い、はや十五年の時を歩んだ。
(・・・出会い、か)
俺は、明日から新たな旅路へと着く。
旅先ではどのような出会いがあるのか。はたまた、どんな困難が待ち受けているのか。
もしかしたら運命の相手だっているかもしれないな。
そう未来へと思いを馳せていると、神官が目の前に来たのだろう、気配を感じる。
「セア・ティルティフォン様。こちらが貴方のステータスです」
名前を呼ばれ、目を開ける。
目の前にはステータスの書かれた紙を持った老神父。
「ありがとうございます」
母さんから学んだ貴族としての一礼をし、ステータスの書かれた紙を受け取る。
そこには。
・ステータス
名前 : セア・ティルティフォン
天職【旅人】
レベル : 5
HP : 20/20
MP : 40/40
筋力 : 40
防御 : 20
魔力 : 40
対魔力 : 40
敏捷 : 65
天職スキル 鑑定
アイテムボックス
生活魔術
適応
スキル 剣術(レベル6)
体術(レベル3)
速読
「・・・旅人、か。俺にピッタリだわ」
天職を見てそう呟く俺の口元は、僅かに緩んでいた。