第三十九話 日本人?
団長サマが唖然と惚けている中、クィリアはいつも通りにエミルスを抱きしめながら微笑む。
「流石です。・・・流石に私も驚きましたけど、セアお兄ちゃんなら納得です」
「お、おう。そうか」
当然の事だと言わんばかりに笑みを浮かべる彼女。
一体なぜにこの少女はここまでの全幅の信頼を寄せれるのだろうか?
将来悪い人に騙されないよな、心配になってくるぞ。・・・今更か。
まあこれはアイテムボックスについての世の中の常識という物を知るいい機会だったかもしれない。
家を出た時にもそんな大量の荷物は入れてなかったしな、そういう事に詳しい母も気付かなかったのだろう。
思い当たる原因はーー異世界人補正、か?この流れだとセツナのアイテムボックスも似たようなものだろうな、実際今でもかなりの荷物を入れているはずだし。
「・・・今、一瞬グランドセンチピードが消えた気がしたのだが」
「正直俺もビビった」
今考えても答えは出ないと結論づけ、頭を振って疑問を追い払う。
顔を引き攣らせていたイライザは、話を戻そうと咳き込む。
「んんっ・・・。でだ、討伐報酬の件だがどうしようか・・・」
「俺はコイツの素材は要らない上にあっても使わないだろうからな。イリサ達は?」
「うーん、何が作れるかも分からないから何とも言えないわね・・・」
「ですね・・・ってあれ?セアくん、エミルスくんが何か訴えてますよ?」
「ん?どうしたそんなに伸び縮みして。まあ大体察しはつくが」
捕食したいのか?と俺はエミルスに問う。
その予想はどうやら正しかったようで、縦に伸び縮みしだす。これは確か肯定だったか?
「という訳だ。素材の指定はしないから、コイツが捕食できる分の端材を報酬として貰う。・・・それで大丈夫か?」
「ああ、勿論だ。すまないな、気を遣わせた」
「気にすんな。・・・用事はこれだけか?」
イライザが首を縦に振ったのを合図として、俺達はテントへと戻り下山の支度をする。
さて、ちょっとしたアクシデントがあったがやっとフィドンナ公国だ。この世界に来ての初の国外、どんな光景が待っているか楽しみだ。
雲ひとつ無い晴天の下、様々な種族が賑わう街。その喧騒はティルクソリアの城下町にも引けを取らない。
そんな街中のとある喫茶店にて。
「ん〜っ!これ美味しいわ、セア!」
「こっちのシフォンケーキも美味しいですよセアくん!」
「おーおー、分かったから食ってから喋ってくれ・・・お、美味いなこのクレープ」
「ふふっ、お兄ちゃん達の顔、緩んでますよ?」
「この表情を見れただけでも紹介した甲斐があったものだ・・・」
俺達は各々が手に持つフォークで、それぞれがデザートを夢中で頬張っていた。
ここまでの甘味は何時ぶりだろうか?クッキー等はたまに実家で出されたが、このようなケーキはそれこそ前世以来だ。
「聞いた話だとフィドンナ公国は軍事国家らしいが。こんな光景を見ているとそう思えないな」
「この領地を治めている者がとても広い知識をお持ちの方でな。それに性格も温厚なために国民全員に慕われている」
ふーん、そんな人が領主ならこれだけ人が集まるのも納得か。
俺はクレープを口に運びながら話を聞く。
「その上何やらとても思慮深い方でな、私も子供の頃にお世話になった」
なるほどな、聞く限りかなり善良な人だ。
具体的な人柄は分からないが、ここに滞在する上では覚えておいて損は無いだろう。
「セア殿達が良ければだが、これから挨拶しに行くか?リョーゴ・キクマル殿の元へ」
「・・・は?」
思わず手に持っていたフォークを落としてしまった。
デザートが美味しくて半分聞き流していたが、聞き逃せない内容がぶちかまされた。
気の所為でなければ明らかな日本語名だったよな?
「すまん、もう一回名前を言ってくれないか?上手く聞き取れなかった」
「ふむ、ここまで食いついてくるとは思わなかったな?ならばもう一度言うぞ。リョーゴ・キクマル殿だ」
「・・・ああ、ありがとう。しっかりと聞こえた」
リョーゴ・キクマル。日本人とすれば菊丸亮吾とかか?
うーん、考えれば考えるほど分からないな。
だが俺と柊が転生したとなれば他にも居てもおかしくは無いな、もっと先に気付くべきだった。
しかしイライザが子供の頃に世話になったって事は、俺達よりもだいぶ前にこの世界に来た事になるぞ。どういう事だ?
・・・いや、コレは考えても今は答えは出ないな。
とすれば、だ。
俺はイライザに目線を合わせると。
「なあ。俺がその領主に会ったりする事って出来るのか?」
「・・・どうだろうか。いや、私が声をかけさえすれば多分会う約束を取り付けるくらいならば可能だが。何せキクマル殿は忙しい身だからな・・・」
「珍しいわね?セアが自分から権力者に会いに行くだなんて。いつもギルマスとかと会う時面倒くさそうにしてたのに」
そうか?俺は別にそんな事・・・いや、めちゃくちゃ思ってたな。毎回面倒事押し付けられてたし。
「イリサお姉ちゃん、その言葉私にも刺さるのですが・・・」
「あわわ、クィリアちゃん!セアくんは別にそんな事思わないですよ!?ね、セアくん!」
「ああ。妹みたいなもんだろ、知らんが」
「「「うわぁ・・・」」」
なんか凄い白い目で見られたんだが。
エミルスだけがのんびりと食事を楽しんでいる。ってか今更だけどこの店魔物オーケーなのな。
「権力者?いや、まさか」
「イライザ、どうした?何か鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をして」
「まめでっぽー?なんだそれは・・・いや、それは今はいい。クィリア殿、一つ聞かせて貰ってもいいだろうか?」
「はい、なんでしょう?」
「権力者という発言で思い至ったのだが。もしかすると貴女は友国、ティルクソリアの第二王女だろうか?」
あー、流石に気付くのか。
特に今まで問題にならなかったから懸念しなかったが、この場合どうすりゃいいんだ?
俺はクィリアに視線を投げると、彼女はクスクスと笑いながら。
「ふふっ、そんなに堅苦しい挨拶なんて要りませんよ?だって今は私も旅人ですし。・・・お父様にはナイショで出てきましたが」
「・・・成程。お心遣い、感謝する」
よく分からんが大丈夫な様だ。
いやまあ俺には諸外国間のやり取りなぞ分からんからな、クィリアに任せるしか無い。
「しかし、王女がお忍びとは言え旅に出るとは。中々に肝の据わったお方だ」
「ああ、それならば私には優秀な守護騎士が居ますからね?」
「・・・さてな。俺ばかりが護っているとは限らない」
ぶっちゃけ偶に護られている事さえある。
男としてちょっぴり情けないが、ウチのパーティメンバーは全員優秀だからな、お互いが護りあっていると言っても過言では無いだろう。
「確かに貴女達であれば危険は少ない、か。・・・承知した。狩護騎士団長イライザ、我がフィドンナ公国を代表してクィリア殿とその一行を招待しよう」
「ありがとうございます。あとよろしければなのですが、堅苦しい態度を解して友の様に接して下さいませんか?」
「・・・善処させてもらおう」
「ふふっ、お願いしますね?イライザ」
こうして無事に終了したお茶会は新たなる目標である謎の人物、リョーゴ・キクマルという存在を残した。
さて、この出会いは吉と出るか凶と出るか。
一切の予測が出来ないが、俺はなるべく上手く事を運ぶだけだ。・・・願わくば、記憶を司る神様とやらの情報が有ればいいのだが。




