第三十五話 一撃必殺
徐々に徐々にエミルスから放たれる光が収まっていき、姿を再度目視できるようになる。
ーーそこには、エミルスが居た。
・・・いやだってコレ何も変わってないし。普通は魔物が光り輝き始めたら進化するもんじゃないの?
「わあ、見て下さいお兄ちゃん!エミルスが強くなりました!」
「そうなのか?」
「はい!大きさもほんの少し大きくなったでしょうか?それに、雰囲気も全然違います!」
俺には見ただけでは分からないが、クィリアには分かるらしい。
大きさに関して言われても、首を傾げるレベルだ。
「すまん、エミルス。ちょっと鑑定してもいいか?」
「・・・ふるふる」
クィリア曰く、今みたいに縦にぐにぐにと伸び縮みする時は肯定の意味らしい。
という事で俺はそのもちもちとした身体に触れてステータスを見ることにする。
・ステータス
名前 : エミルス
種族 : ハードウォータースライム
レベル : なし
HP : 20/20
MP : 3/3
筋力 : 3/3
防御 : 60/60
魔力 : 30
対魔力 : 60/60
敏捷 : 1
スキル 水発射
完全物理耐性
分裂
・・・なるほど、やっぱり進化しているみたいだ。
敏捷とかは相変わらず最低値だが、見るに防御面のステータスが伸びているな。種族もハードウォータースライムになっているから間違いないだろう。
俺はくすぐったそうに揺れているエミルスから手をどけると、今見た内容をクィリア達に伝える。
「ハードウォータースライム、ですか。聞いた事ないですね・・・、そもそも普通スライムが強くなるには合体してグランドスライムになるものです」
「セア、完全物理耐性って事はこの子凄い硬いの?変わらずぷにぷにしてるんだけど」
「まあ元々スライム自体、物理耐性が高いからな。より衝撃を吸収するようになったって所だろ」
さて、仲間の新たなステータスを確認した所でだ。
そろそろ崖上に来て魔物を殲滅した原因を排除しに動くとしようか。
俺は仕事を始める前に、ぐいと伸びをしてクィリアに向き直る。
「よし。じゃあ俺が今から魔法を使う時、スキル強化魔法をかけてくれ」
「了解です、それならもうかけておきますね」
彼女が詠唱をし終えると、身体に緑色の魔力が薄く貼られる。コレがバフをかけているのだろう。
「セアくん、私達は何すればいいのかな?」
「セツナとイリサは、エミルスを連れてさっきみたいに襲ってくる魔物を撃退してくれ。今から俺は暫く動けなくなるからな」
「了解だよ!行こっ、イリサちゃん!エミルスくん!」
「ちょっ、腕引っ張らないでも着いていくわよ!」
エミルスを頭に乗せたセツナにイリサが連れていかれるのを見ながら、詠唱の準備をする。
(さて、物理で殴ると言ったものの。あの巨大ムカデにダメージを与えるにはどのくらい魔力を使えばいいだろうか)
俺はアイテムボックスへと毎日のように溜め込んでいた魔力の事を考える。
ここ一ヶ月以上、魔力を使わない時に隙あらば余剰分をアイテムボックスに送り続けていた。
・・・その数約三万、膨大な量だ。
空中。グランドセンチピードの真上に当たる場所を見上げ、意識を集中させる。
まずは水魔法。巨大な水球を、大量の魔力を消費し作り上げていく。
直径は既に二十メートルくらいだろうか?流石にこのサイズを維持していると魔力が底をつきそうになってくる。
俺はアイテムボックスから貯蔵していた魔力を補充し、次の作業に入る。
「さて・・・『熱奪取』」
俺が相手の動きを封じる際に使う、水魔法と火魔法のコンボ。
普段は大きくて二メートルほどの球体にしか使わないこの魔法、実は思いの外消費魔力が多い。
俺は浮かばせた水球の形を調整しながら、熱を奪って端から徐々に凍らせていく。
(氷が溶けないようにこのサイズ全体に『熱奪取』をかけるなんて、クィリアのサポートが無けりゃ出来なかったぞ)
正直今もゴリゴリと魔力が減っている。
作業を初めてから五分ほどたっただろうか?俺は額に滲み出た汗を拭いながら、空中に浮かぶ大きな氷の杭を見る。
鋭く尖ったソレを発射するために、クィリアには風魔法で援護をしてもらおう。
ジェスチャーで上から下に風を送って欲しい旨を伝えると、彼女は頷いて詠唱を始める。
風魔法が発動するタイミングまで、俺はこの魔法を維持しなければならない。
再度額に脂汗が滲み出てきた瞬間。
「行きます、『暴風』!」
氷杭の上に感じたクィリアの魔力が動いた瞬間、俺も掲げていた腕を振り下ろす。
勢いよく崖下に落ちて行く氷杭を暴風が上から押し、更に加速させる。
時間で言えば一秒もかかっていないだろうか?
超速で落ちていった巨大な杭は、同じく巨大な魔物の背中を易々と貫き地面に打ち込まれる。
森中に響き渡る轟音と魔物の断末魔。
頭部分からかなり離れているはずなのに、ここまでハッキリと聞こえてくる。
「・・・上手くいったか。流石に疲れた」
全身の力が抜け、地面に仰向けに倒れ込む寸前に身体が抱き止められる。
そのままゆっくりと地面に下ろされ、頭には柔らかな感触。
「お疲れ様です、セアお兄ちゃん」
その鮮やかな髪に月明かりを煌めかせながら、微笑んで頭を撫でてくるクィリア。
年下にそんな事をされるのは流石に気恥ずかしいので、怠い身体を無理やり起こす。
「ああ、クィリアもサポートありがとうな?助かったわ」
「あっ・・・」
つい頭を撫でてしまう。俺に妹が居たらこんな感じなのだろうか?
思えば前世では一人っ子、今世では兄が一人。弟妹が居たことはついぞ無い。
「凄い音だったけど終わったの?・・・って何やってんのよセア」
「イリサ達か。無事終わったぞ、多分」
俺は撫でていた手を離し、戻ってきたイリサ達を労う。
何やらエミルス以外の二人は不服そうだが、何かあったのだろうか。撫でて欲しいとか?
試しに撫でてみると、どちらも顔を赤くしながら俯く。この反応は正解なのか分からないし、意識し出すと俺も恥ずかしい。
・・・やっぱりこんなキザな行動俺に合わん。
すぐ様に手を頭から離し、軽く肩を回す。
「・・・ズルい」
誰かが小さく呟いたその声に気付くことなく、俺は後処理をしに向かった。
グランドセンチピードの頭付近、ほとんどの狩護騎士団が戦闘を行っていた場所。
唐突な地面を震わすほどの轟音と共に咆哮を上げ、力尽きたその魔物。
一体なんだ、新たな敵か。
様子を見に行った団員の帰りを待つ団長、イライザの頭には一人の男の姿。
「・・・まさかな、流石に無いか」
その予想は裏切られる事は無く、戻ってきた団員の報告により驚愕するのはすぐ後のことだ。




