第三十二話 いざフィドンナ公国へ
ティルクソリア王国の国境付近にて。一人の少年と三人の少女、そして一匹のスライムが心地よい風の吹く草原に並んで腰を下ろしていた。
「それにしても遠出だなんて久々だな。それこそ、この人生で初めてか?」
昼ご飯を食べ終え、水で喉を潤し終えた俺は誰に言うでもなく呟く。
「この人生だなんて変な言い方するわね、セア。・・・それにしても意外ね?あんなに旅への欲求が凄いからもっと色々な所に行ったことくらいありそうだったんだけど」
「ですです、私もセアくんにそんなイメージをちょっと持ってました!」
「まあ幼い頃はそれこそ勉強漬けだったからな。旅の目的地の事をよく知らないまま行くのも良いが、異国へ行くとなれば話は別だ。だから実際に国を出るのすら初めてだ」
イリサとセツナは俺に意外そうな表情を浮かべるが、実際に俺は国から出た事が無い。それどころか幼少期の頃など、部屋の中で毎日異国の本を読み漁っていた。
(そういえばこの世界は国によって言葉の違いは特に無いらしいな。訛り程度ならあるそうだが、それならば特に問題ない)
もし言語に違いがあるのならば、追加で複数の言語を覚えなければいけないところだった。
そうで無くて良かったな、等と呑気に思考を巡らせながらアイテムボックスへと水筒を放り込み、俺は目の前の二台の大きな魔道具へと目を向けた。
素材は何かしらの金属をメインにして、所々に魔力の込められた魔鉱石がはめられている。
前世で見慣れた形のソレは多少厳つい見た目をしているが、丁寧に加工の施された持ち手と搭乗者に負担のかからないよう整えられた革製の座席。
ーーその魔道具は、大きさも然ることながら。高純度の魔鉱石を複数個も使われたソレは異様な存在感を放っていた。
(この世界でのバイクの再現。燃費的な問題で俺達くらいしか使えないが、シルヴィさんもよく作れたもんだな)
俺がこういう魔道具を作りたい、と言った時。もちろん彼女はバイク等という物を知らなかったが、たったの数日でここまでの魔道具を作り上げた。
初の試みという事で中々に失敗したらしいが、そんな事が気にならないくらいに良い仕事だ、と快く引き受けてくれた彼女には感謝しかない。
「セアくんセアくん。その魔道具、バイクでしたっけ?すっごく気持ちいいですね!」
「ああ、コレで風を感じながら景色を楽しむ。俺にとってはそれひとつ取っても至高の時間だ」
思わず口元を緩ませてしまう。なんせ、この世界に来てから十五年間ずっと渇望し続けてきた行為だ。
受け取った俺の分の礼金から六割を使ってしまったがそれはそれ、背に腹はかえられない。
(なんならもっと金はかかるかと思っていたんだがな。これもシルヴィさんの腕か?)
魔道具屋の店主で魔道具制作の技術は一級品。それ以外でもギルドマスターと知り合いで、彼にも一目置かれる存在な上に王城内にも出入りすると来た。
(考えれば考える程謎な女性だな。・・・まあいいか、とりあえず出発するか)
皆が腹を満たしたのを確認したところで、俺は片方のバイクへと跨る。
それを見たセツナは俺の後ろに乗り、イリサはもう片方のバイクの運転席へ。
「クィリア。ずっとエミルスをつんつんとしてたら置いていかれるぞ、イリサに」
「こんな所に置いていかれるなんて嫌ですよ!?乗りますから待って、待ってください!」
クィリアに胸元で抱きしめられてむにーっと伸びているスライムを座席後方のバックパックへと詰め込み、手持ち無沙汰となったクィリアはイリサの後ろへと座る。
俺とイリサは全員の準備が完了したのを見計らい、スタータースイッチ代わりの魔石を押し込みエンジンをかける。
「・・・相変わらず凄い振動ね。セア、まだ運転に慣れてないからゆっくりお願いね?」
「当たり前だ。事故られたりしたら嫌だからな、安全運転で行くぞ」
そう言うと同時に俺達は次の目的地であるフィドンナ公国へと発進する。
前世で聞き慣れたエンジン音こそ無いが、颯爽と走り抜け風を切る感覚やハンドルを通じて手に伝わる振動の一つ一つに俺の心は踊っている。
背中に当たるセツナの身体の感触は既に意識の外、俺も他の皆も流れていく景色に夢中になっている。
「セアお兄ちゃんはなんでそんなに上手く運転出来るんでしょうか・・・。私も運転してみたくなってしまいます」
「クィリアちゃん、私も運転したいんだけどセアくんとイリサちゃんに止められちゃったんだ・・・」
「お姉ちゃんコレに乗って気がついたらどこか遠くに行ってるとかありそうでしょ?・・・それに、セアの後ろに乗せてもらってるんだから良いじゃない」
「俺としては特に問題ないぞ?確かに四人で並んで運転したくもあるけれども二人乗りっていうのも中々楽しいからな」
それを聞いたセツナは、えへへーとはにかみながらも抱き着く腕の力を強める。
意識の外へと飛びさったはずの煩悩に少しばかり運転から気が逸れかけるが。
「・・・なんででしょう?なんだか懐かしいような嬉しいようなそんな気持ちになれますね。セアくんの背中、大好きです」
背中へと顔を埋めるセツナの台詞に、俺は再度頬を緩めてしまい。
(・・・ああ。もしセツナが柊じゃないとしても。俺はコイツらが望む限り旅へと連れ出そう。新たな出会いと言う素敵な体験を、皆で共有しようーー)
より強く、再度決意する。
「さあ、次の目的地まではまだあるぞ?それまでには平原以外に山道も勿論の事あるからな、楽しみながら行くぞ」
風の音に負けずに耳に入る皆の元気の良い返事。
俺達は始まったばかりの旅の行先に心躍らせるのであった。
ーーその頃、旧リヴェルディア王国。
過去にソコに確実にあった景色、繁栄の国と呼ばれるほどの絢爛さは一切無い瓦礫の山となったその土地にて。
生命の気配すら普段は感じられなくなった場所で、奇抜な服装をした男女が平然と歩いていた。
「ーーまさかあの様なイレギュラーが生じるとはとんだ誤算でしたねェ?」
不気味な仮面で目と鼻を隠す男はそう隣を並んで歩く少女へと問いかける。
手で口を覆うようにして吐き出されたその言葉とは裏腹に、隙間からは笑みが零れているのは余裕の現れだろう。
「次殺せば良いだけの話。不愉快だから話しかけないで?ロノウェ」
「ふふははァ、コレは手厳しいですねェ!しかし、しかしながらですよォ。貴方一人の力で彼を仕留めることが出来るとォ?」
「イレギュラーだとしてもしっかりと準備さえしてしまえば問題ない。それにーー」
ゴスロリ姿の少女は、相変わらずの無表情で手元に抱きしめている継ぎ接ぎのぬいぐるみを見て。
「アルプトもやる気みたい。次は無い・・・って憎悪が伝わってくる」
「どうやら心配は無用のようですねェ。となれば彼等が向かう先であるフィドンナ公国にてェ!確実に仕留めると致しましょうかァ!!」
もはや切断された面影も無い右手を大仰に広げ、道化師は嗤い。
そのまま、二人の影は地下へと姿を消し。残った嘲りの笑い声すらも乾いた風がかき消したーー。
ここで第一章は終わりです?
正直初めての作品なので文章に不安がありますが、ここまで読んでいただけているのならば幸いです。
これからも引き続き書いていくので応援よろしくお願いします!




