第二十九話 幕引き
嫌な予感ほどよく当たるとはよく言ったもので。
「・・・やっと見つけた。本当に面倒」
「・・・面倒なのはお互い様だな」
継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみを持った少女、フェアツィヒト。
そのゴスロリチックな服装が煤で汚れているのは、あの爆発によるものだろう。
(さて、どうするか。コイツの力はいまだ未知数だ)
強いて言えばあの道化師ロノウェを退場させた際に見せたあの触手、そして先程使っていた闇魔法。
(後はゾンビ生成か?流石にこの下にまで死体が眠っているとは考えたくないな。ーーとりあえずこの怯えているスライムをどうにかするか・・・)
足元でふるふると震えているスライム。
俺は少女が持つぬいぐるみの如く、ソイツをヒョイと両手で持ち上げる。
「・・・何する気?」
フェアツィヒトは相変わらずの無表情のまま問う。
俺は返答すること無く手元で震えているスライムを。
(出方を伺っているのか攻撃してこないな。なら丁度いい、俺はコイツを安全な場所にっ・・・!)
ーー全力投擲。
湖の奥の方にまで飛んで行ったスライムは盛大な水しぶきを上げて視界から消える。
「よし、待たせたな。コレで気兼ねなく戦闘を開始できる」
「・・・」
黙り込むフェアツィヒト、その表情は何故か普段以上に感情が感じられなかった。
旅先での出会いを大切にした結果の行動である、奇行では無い。
(いや、いきなり怯えているスライムを全力投擲とか奇行だわ。シリアスシーン総崩れじゃねぇか)
現に敵であるはずの少女は黙ってるし。
「どうした、まさかこのまま見逃してくれるのか?俺としてはそっちの方が助かるんだが」
「逃がす訳ない。貴方は私達の計画に邪魔」
「・・・アイテムボックスか」
恐らく、というか確実に彼女達の計画とやらには魔水晶が関わっているのだろう。
であれば戦えるアイテムボックス持ちが現れれば障害になるのは必然、処理すべき相手となる。
(ヤバい組織に目を付けられたみたいだな。勘弁してくれ、俺はアイツらとのんびり旅がしたいんだ)
そんな思いは届かず。
「・・・気が削がれたけど、貴方は殺さなきゃいけない。お願い、アルプト」
「っ!ぬいぐるみか、ってなんだよソレ・・・!!」
一度聞いたアルプトと言う名前。
それは少女が持つぬいぐるみの名で、ソレを呼んだ際にロノウェを触手で貫いて処理していた。
(だから触手攻撃に気をつければ良いと思っていたが、こんな化物が出てくるとは思わないだろ普通!)
そう、先程見せた触手はその身体のほんの一部だった様で。
ーーズル、ズルゥ。
破れた継ぎ接ぎの奥から這い出てくるのは、見るのも悍ましい様な触手の化け物。
かろうじて人型と言えるソレは、その姿全てをぬいぐるみからさらけ出す。
少女と同じーーいや、少女よりふた周りほど大きいソレは、その腕らしき物を。
「うおっ!?伸びんのかよソレ!!」
ヒュッ、と一瞬で首元へと伸ばして来た。
その攻撃を間一髪で躱した俺も、遅れて攻勢へと出る事にする。
「『火の弾丸』、『水の刃』・・・チッ、闇魔法を安全な場所から飛ばしてくんじゃねえ!!」
「・・・」
体術と魔法を駆使して触手を捌く。
捌いていると、隙間から闇魔法が飛んで来るので避ける必要に迫られる。
(チッ、さっきの木の魔物の時もそうだったがアイツが邪魔だ・・・!どうする!?)
考えさせまいと、触手の魔物アルプトが攻撃を続ける。
俺は魔法で対応するも、一瞬で放てる様な魔法は効かないようで当たっても霧散させられてしまう。
「クソが、厄介すぎるだろ。なんで魔法が効かないんだよ」
「・・・私のアルプトは強い。それだけ」
「強いんならその闇魔法の援護を止めてくれ!ソレのせいで決め手にかけてんだよ!!」
実際、絶妙に邪魔な闇魔法のせいで攻めきる事が出来ていない。
(水の檻で閉じ込めようにも魔力が霧散するせいでそもそも取り囲むことが出来ない。本当に面倒だな)
相手の攻撃は確かに鋭いが、不意を突かれなければどうと言うことは無い。
しかし、その圧倒的なまでの魔法耐性が邪魔をし、倒せる気がしないでいた。
「・・・アルプト、叫んで」
「キイィィィィァァアア!!!!」
少女が新たな指示を送った瞬間、目の前の敵が大きな金切り声を放つ。
(うるさっ!・・・チッ、しまった!!)
不意に放たれたその鳥肌を催す様な叫び声に、一瞬動きを止めてしまった。
ーーその隙を少女が見逃す訳もなく。
「・・・『辺獄への手招き』」
闇の沼とでも言えば良いのだろうか。
俺の足元に出現したソレは、底なし沼の様に徐々に徐々にと俺を引き摺り込む。
「魔法ってのは何でもありなのか・・・っ!」
「無駄。私は闇魔法の天才、貴方はそこを抜け出せない」
脱出しようと藻掻く俺に、フェアツィヒトは眉一つ動かさずにそう宣告する。
(この沼、力を吸い取るのか?全く身体が言うことを聞かねぇ!)
とうとう首元まで闇が迫って来る。
「貴方は邪魔。確実に殺させてもらうわ」
「・・・そんな見た目で本当に容赦ねぇな」
此方へと一歩ずつ歩みを進める少女。
(どうやって抜け出す?・・・駄目だ、さっきは自爆覚悟で木の根ごと吹っ飛ばしたが今回は相手がそもそも実体がない魔法だ、どうしようも無い)
ーー万事休すか、そう思った時だった。
「さよなら。・・・お願い、アルプーーとぉっ!!?」
「うおっ、底なし沼が消えた!?」
目の前の少女が何者かによって吹き飛ばされると同時に、俺は弾き出されるようにして拘束から解かれる。
横槍を入れてきた張本人を見ると、そこには。
「・・・ふるふる」
「湖の中に、グランドスライム・・・!?」
頭の上に件のウォータースライムを乗せた巨大スライムが、少女の居た方向へと身体を揺らしていた。
頭に乗せているという事は親か何かなのだろうか?
それはさておき。
「魔法ってのはイメージだったよな!ならこういうのはどうだ!!」
俺はフェアツィヒトへと銃の形にした指を向ける。
(アルプトとやらもスライムに気を取られているみたいだ。仕掛けるならココだろ!)
少女へ向けて放たれる魔法の銃弾。
ソレを彼女は避けようとするも間に合わない。
(水蒸気爆発を利用した火と水の複合弾。着弾地点で大爆発するぞ、多分)
土壇場で放った魔法なので作用するかは分からない。
が、そんな心配は必要無かったようで。
「・・・」
少女の表情が初めて焦りを見せる。
コレで終わりだろう、そう思った瞬間だった。
「ふむゥ?どうやら、ワタシを退場させた本人はァ!今まさにィ、殺られようとしているようですねェ!!」
「なっ、テメェは!」
少女と魔法の間に突如現れた道化師、ロノウェ。
彼はどう言った原理か、俺の魔法をひと撫ででかき消すと。
「・・・どうやら、貴方のお仲間が来たようですねェ。誠に、マコトに口惜しいですがァ!このショーはココで幕引きとさせて頂きましょォ!!」
「ロノウェ。まだ、私は・・・」
「何を仰るのですかァ。此度の任務は我々の敗北ですよォ?・・・やはり、ワタシ達は気が合わなかった様ですねェ」
「分かった。・・・セア、この借りは必ず返す」
「チッ、俺の名前をお前が呼ぶんじゃねぇ。心臓に悪い」
どうやら名前で縛るのは何かしらの制約があるらしい、アレ以降一度も使われることが無かった。
目の前の道化師と幼気な少女は、その影を薄くしていき消えて行く。
「精霊達が呼ぶ方へと急ぎましたが、間に合わなかったようですね」
身体が限界だったのだろう。
草をかき分ける音と共にその誰かの声を聴きながら、俺は意識を手放した。
急で申し訳ないですが、1日1話投稿にしていたのをリアルの都合で3日に1話程に落とそうかと思います。
最近無理なペースで書いていたせいで内容が雑になってしまっている状況です。
流石にそれは文を提供する者としてどうか、と思った結果なのでエタる気はさらさら無い、という報告です。




