第十四話 蜘蛛探しはスライムと
「・・・という訳で、あの子の父親は何処かの湖の周りに捕らわれているだろうな」
数分してイリサが戻って来た後。
ギルドでジレンから得た情報を俺はイリサへと伝えていた。
今から相対する敵は俺達からすれば未知の敵、用心深いに越したことはないだろう。
なので、行く前にしっかりと作戦会議をする事にした。
「ふーん。つまり、大量のトラップスパイダーと以前に、蜘蛛の巣自体にも気をつけなきゃ危ない訳ね」
「ああ、名前の通り罠を駆使して獲物を狩るみたいだからな。捕まったりしようものなら相手の土俵の上で戦うことになっちまう」
つまり、一番気をつけるべきは蜘蛛の巣に俺達が引っかからない事だ。
「でも、動物達を拘束する程の大きさなんでしょ?見ればすぐ分かるんじゃないかしら?」
「いや、それは無いな。動物は危険に敏感だ、それを捕らえるなら、より見えづらい巣を張らなければそもそも捕まえられないからな」
なるほど、と頷くイリサ。
「だから用心して行かなければいけないな。俺達まで捕まる訳にはいかない」
ミイラ取りがミイラになる事だけは避けなければいけない。
俺達は助けるために行くのだ、喰われるために行くのでは無い。
俺はイリサへと最終確認をする。
「という訳だ。目的は別にトラップスパイダーを狩ることでは無い、レヴィの父親の救出をせ次第直ぐに撤収する。これでいいな?」
「分かったわ。・・・出発はなるべく早くした方がいいわね。セア、さっさと準備するわよ?」
「ああ、問題無い。俺は何時でも出発できる」
そう言ってアイテムボックスから、先程貰ったセツナ特性の回復薬を手に取る。
「回復薬を買うのにも結構お金はかかるからな。セツナのお陰でかなり負担が減る、ありがとうな」
「てへへ、褒められると恥ずかしいですよセアくん」
「まあそもそも怪我をしないのが一番だがな。・・・よし、じゃあ向かうとするか?」
「行ってらっしゃい!気をつけてね?セアくん、イリサちゃん。戻って来なかったら私、追っかけて行っちゃうかもしれないからね?」
「ああ、気をつけるから大丈夫だ。・・・よし行くぞ、イリサ」
準備を終えて部屋から出てきたイリサへと俺は声をかけ、そのまま俺達二人は北の山へ探索へと出かけるのであった。
一一北の山、麓。
他の森に勝るとも劣らない量の木々が生えている中、ギャアギャアと知らない魔物であろうものの声がどこからとも無く聞こえるそこは、まるで映画の世界に迷い込んだかのようだ。
まあ、そもそもの話この世界に迷い込んだ時点でそう思っているのだが。
(確か恐竜が復活した、みたいな内容の映画だったな。恐竜とは違えども、そもそもこの世界には魔物がいるんだがな)
ティラノサウルスの様な魔物も居るのだろうか、絶対戦いたくないな等と考えていると、横を歩いていたイリサから声をかけられる。
「ねえ、セア?久しぶりに来たはいいけど私ここの地理なんて詳しくないわよ?どうやって湖なんて探すの?」
「ああ、それなら考えがあるからな。少し待っててくれ」
そう言って、俺はカバンから籠を取り出す。
そこには、ふるふると動く青色のゼリー状の魔物、スライムが捕まえられていた。
「ちょっ!?セアにしては大荷物ねなんて思っていたけどそんなのいつ捕まえたの!?」
「さっきここまで来る途中だ。こいつはウォータースライムと言って、鑑定したらたまに水を吐くだけの無害な魔物らしい。
・・・こいつは水辺に向かう習性があるみたいでな。たまにその習性を利用する冒険者もいる、とローザさんも言っていたぞ?」
「いつの間に捕まえたのよ・・・」
俺はウォータースライムを地面へと放す。
彼?はしばらく地面でふるふるとした後、俺達から見て右前、方角的には北東の方へと進んで行った。
「なるほど、あっちらしいな」
のろのろと進むスライム君を回収してそちらの方へ向かう。
ある程度進んだらもう一度放し、方角を確認する。
その作業を続けること四十分。
「おい!そっちは危ないぞボウズ共!」
そう注意を促す声が、真上から聞こえた。
なんだなんだ、と思いそちらの方を見てみると。
「大丈夫だったか?よし、なら良い。ところで、すまないがどうにか俺の身体にまとわりついたコレを引き剥がせないか!?」
白い粘性を持った糸でぐるぐる巻きにされているオッサン一一もとい、レヴィの親父さんであろう男性が木に吊り下げられていた。
三日も何も食べれていないからか、その姿はかなり痩せこけていた。
唯一の救いは、鮮度を保つためだろうか、呼吸が出来るよう頭だけは糸から逃れられていた。
芋虫姿で気に吊り下げられているその姿は間抜けで、間違えても娘には見せたくないだろうな。
さて、どうやって助け出すか。
一一そう考えている時だった。
キラリ、と近場の草陰の中で、何かに光が反射した。
俺は反射的に足下にあった石を拾い。
ヒュン!とそちらへと向かって投擲をした。
「ギイィッ!?」
そんな声と同時に、物陰から飛び出してくるのは一匹の魔物、トラップスパイダーだった。
森に紛れる様にと設計された斑模様に、てらてらと口から滴らせる涎と思わしきもの。
横幅1メートルはありそうなその姿は、別段蜘蛛が苦手という訳ではない俺にすら、生理的嫌悪感を感じさせるものだった。
「ギィ、ギイィッ!」
その鳴き声は他の仲間を呼び寄せるものだったのだろうか。
そこかしこでガサガサッ、と音がなったと思うと。
「・・・囲まれていたのか」
気が付けば俺とイリサは、大量のトラップスパイダーに周りを囲まれてしまっていた。
「ひい、ふう、みい・・・。ざっと十体はいるな、どうするイリサ?」
「どうするもこうするも無いでしょ!さっさと狩るわよ!」
そう言ってイリサが手近な蜘蛛へと突貫する、が。
剣を上段へと持ち上げると、その剣はピタリ、と動きを止めた。
「えっ、嘘!?」
「イリサ、気をつけろと言ったろう!蜘蛛の巣は基本的に目に見えない細さで張り巡らされているんだ!」
そう言って俺は、足元の砂を蹴りあげてなるべく広く撒き散らす。
「ちっ、かなり多いな!」
引っかかった砂に色付けをされ、空中に浮かび上がる蜘蛛の巣。
どうやらこの周辺はこいつらの狩場のようで、目に見えるだけでもかなりの数が仕掛けられていた。
この糸は防具に使われるだけあって剣では斬れない。
さて、どうしたものかと俺が悩んでいると。
「セア、これ邪魔!!アイテムボックスか何かに仕舞えないの!?」
「なるほど、その手があったか!」
そう言って俺は蜘蛛の巣へと触れ、アイテムボックスへと仕舞うと目の前の視界が綺麗に晴れた。
急に仕掛けておいた罠が消えて焦ったのだろうか。
ギイギイと、蜘蛛達が一斉に襲いかかってくる。
動きを阻害するものが無くなった俺と、剣を再度取り返したイリサはお互い襲いかかる蜘蛛へと対抗をする。
蜘蛛の巣という最大の武器を失ったトラップスパイダーはとても弱く。
暫く剣戟をお見舞いしていると、文字通り蜘蛛の子を散らす様に何処かへと逃げ去っていった。
「よし、一先ず目の前の危機は去ったか」
「そうね。・・・で、どうするの?」
「どうするも何も。あのオッサンを助けるに決まってるだろ」
そう言って俺達は、未だぶら下げられている防具屋の親父さんを救出する作業を開始した。




