第十三話 北の山の情報収集
あの後、俺達はレヴィから父親の手がかりを聞けるだけ聞き出した。
「・・・やっぱり北の山に行ったのか」
「そうみたいね。あそこの魔物はかなり凶暴らしいわよ?行くなら急いだ方がいいわね」
聞いた話によると、北の山に生息する蜘蛛型の魔物が吐き出す糸が必要でそれを取りに行った可能性が高いそうだ。
その糸は防刃性と耐火性に優れているらしく、軽鎧等の繋ぎによく使うものらしい。
(喰われてなきゃ良いんだけどな・・・)
そう不穏な事を考えるのも無理はない、何せ三日も戻ってきていないのだから。
「よーし!じゃあ準備して行きますよ、セアくん!」
「ダメに決まってるじゃない!お姉ちゃんはお留守番!」
「なんで!?」
当たり前だ。魔物を倒す際に剣を出す度に怯えられては困る。
涙目になってイリサへと抗議するもイリサは断固拒否の姿勢を崩さず。
テコでも動かない、と察したのかセツナは俺の方へと寄ってくる。
「セアくん、イリサちゃんが虐めてきます・・・」
そう言ってこちらの袖を引っ張るセツナ。
潤んだ瞳でこちらを見上げてくるものだから、少しばかり心が揺れ動きそうになる。
「・・・帰って来たら好きな所に連れて行ってやるから。だから、家で俺の帰りを待っててくれないか?」
心を鬼にしきれなかった俺は、代替案を提示する。
すると、何故かセツナは顔を赤らめながら。
「・・・う、うん。分かりました、セアくん。家で待ってますね」
そう言ってトテテテと店を出てどこかへ行くセツナ。
(・・・?)
一体どうしたのだろうか。
そう思いイリサを呼び、事情を詳しく説明する。
「ちょっ!?なんで止めないのよ!絶対お姉ちゃん一人で先に家に向かっちゃってるじゃない!!」
イリサもダッシュで店を飛び出す。
残された俺は、足元で不安そうにするレヴィの頭に手を乗せて。
「・・・まあ、気にするな。俺達がなんとかするさ」
安心させるようにそう呟くのだった。
レヴィと一旦別れた俺は、ギルドへと赴いていた。
件の蜘蛛型の魔物について、詳しい情報を得るためだ。
ガチャリ、と重たい扉を開くと、そこには見覚えのある男が立っていた。
「ん?おお、セアか。今日は嬢ちゃんは一緒じゃねえのか?」
「ああ、諸事情あってな。お姉さん!すまない、エールを一杯!・・・少し聞きたいことがあるんだが良いか?」
そう言って俺は目の前に居る男、ジレンへと酒を一杯注文する。
かつて悪酔いして俺へと絡んできたこの男、ジレン。
あれからというものの何かと話す様になり、今ではこうしてたまに一緒に飲む仲となったのだ。
やってきたお酒を受け取ってジレンへとまわす。
「おっ、セア。奢ってくれんのか。・・・で、聞きたい事ってなんだ?」
ジョッキへと口をつけながら質問を聞いてきた。
「少し北の山に行く用事があってな。蜘蛛型の魔物と戦うことになりそうなんだが、何か知らないか?」
「蜘蛛型・・・。ああ、トラップスパイダーの事か。なんでまたそんな面倒臭い魔物と?」
「知り合いの女の子から依頼を受けてな。鍛冶師の父親がそいつらを狩りに行って戻ってこないらしい」
驚いて目を見開くジレン。
そりゃそうだ、戦闘向けでない天職で魔物を狩りに行くなど正気の沙汰ではない。
「そりゃまた、その親父さんはなんでそんな事を?」
「・・・野良の冒険者に騙されて盗みにあった様で、冒険者に対する信頼を失ったらしい」
「なるほどな。どうせ武力で脅したって所か?」
「らしいな。で、そのトラップスパイダーとやらはどんな魔物なんだ?」
「ああ、それはな・・・」
ジレンに件の魔物を説明してもらう。
トラップスパイダーはその名の通り、蜘蛛の巣を駆使して獲物を狩る魔物らしく。
北の山、正式名称は龍骨山脈。そこの湖近くに群生しているらしい。
湖の近くに巣を作り、水を飲みに来た動物達を捕まえるとそのまま粘性の高い糸でぐるぐる巻きにし、食料として保管。
一体一体は弱いらしいが、身体の模様での擬態率が高く且つ集団で襲ってくるらしいので非常に敬遠されている魔物だとか。
「大方、その親父さんは舐めてかかってたんだろうな・・・。すまない、俺も一緒に行ってやりたいがパーティでの調査がこれからあるんだ」
そう言いジレンは歯噛みする。
初対面での印象こそ最悪だったが、こいつは中々正義感のある男だ。
(悪酔いしなければめちゃくちゃ良い奴なんだよな)
残念な所だ。
「いや、それだけの情報を得られただけでも充分助かった」
「ああ。頑張れよ、セア」
背後からかけられる応援に片手を上げて応え、俺はイリサ達の家へと向かう。
何事もなく着いたので、ドアをノックする。
「戻ったぞ。イリサ、セツナ」
「あっ、やっと帰ってきたのね。セア・・・」
そう言いドアから顔を出したのはイリサ。
心做しか困ったような表情をしている。
「早く、入って。そしてお姉ちゃんの所に行ってあげて」
「お、おう?わかった」
急かされてリビングへと向かう。
着いたがまず目が引かれるのは、テーブルの上に並べられた大量の回復薬と見られるものが入った容器。
そしてその前には。
何故か目を回しながら、アイテムボックスから出したテノヒラ草を回復薬へと調合する作業を繰り返すセツナが居た。
「おい、セツナ。帰ったぞ。どうしたんだこの大量の回復薬らしきものは」
「わっ、セアくん!?お、おかか、おかえり!」
(おかか・・・?)
後ろから声をかけると、セツナは上擦った声で俺を出迎える。
その顔は相変わらず何故か赤い。
どうしたのだろうか、と少しばかり心配していると。
「セアくん!これ、私が作ったんですけど・・・。怪我したらいけないですし、持っていって下さい!」
「・・・?ああ、それならありがたく頂くが。どうしたんだ一体」
アイテムボックスへと貰った回復薬をしまう。
そういえば、と代わりにアイテムボックスから先程買ったネックレスを二つ取り出す。
それぞれペンダント部分に、綺麗にカッティングされた魔鉱石が嵌められている。
俺は黒色のペンダントをセツナ、赤色のペンダントをイリサへと手渡す。
「あっ、このペンダント・・・」
「へっ?私にも?」
「ああ。鑑定してみたらステータスが少しばかり上がる加護があったからな。普段のお礼も兼ねてプレゼントしようとな、邪魔じゃなければ着けてくれ」
黒と赤のペンダント、それぞれ防御と筋力が上がるようなので二人に丁度良いだろう。
それに、二人は仲が良いのでペアになる様に鏡合わせに模様も刻んで貰った。
「うん!セアくん、着けてください!」
はにかみながら近付いてくるセツナ。
早く早く、と言った様にこちらを見上げる彼女に思わずドキッとする。
気恥しさを紛らわしながら、なるべく平静を保ってネックレスを着けてあげる。
「ありがとうございます!イリサちゃんも着けてもらったら?」
「えっ!?わ、私は別にいいわよ!」
「まあまあ、ほらほら」
「ちょっ・・・お姉ちゃん!」
セツナはそう言ってイリサをグイグイとこちらへ押してくる。
押されるがまま俺の目の前へと来た彼女は、顔を赤くして黙ってしまう。
普段の彼女とは違ったしおらしい態度にクスリと笑ってしまう。
「な、何よ」
「いや。イリサもそんな表情するだなんてな。照れくさかったのが一気に吹き飛んだわ」
はい、ともう片方のペンダントをイリサの首に着けると彼女は赤い顔をさらに耳まで真っ赤にして。
「う、うっさい!バカ!」
そのまま、バッと脱兎のごとくどこかへ走り去ってしまった。
手持ち無沙汰となった俺の両手。
「・・・なんか初めて会った時もこんな感じだったか」
「イリサちゃんったら、すっごい照れてましたねえ」
残された俺達は、顔を合わせてクスクスとイリサの後ろ姿を眺めるのだった。




