第十話 もう一度東の森へ
翌日の早朝。
俺達三人は依頼された薬草を採取すべく、東の森へと向かっていた。
「んー!いい天気ですよ、二人とも!」
そう上機嫌に両手を上げ、俺とイリサの前を行くセツナ。
イリサが一人で外を出歩かせてくれないらしく、久しぶりに陽の光を浴びたらしい。
「ちょっと、お姉ちゃん!一人で先に行ったら危ないってば!」
「全く、イリサちゃんは心配症だね。久しぶりの旅なんだからちょっとはいいじゃんかー」
こっちを向いてそう言うセツナの声色は弾んでいる。
「久しぶりだから心配なの、お姉ちゃんこの辺の地形忘れてる上に方向音痴でしょーが!」
(ああ、やっぱ方向音痴なのか)
前世を思い出す。
よく、はぐれたと思いきやキョロキョロと俺を探す柊を見つけたものだ。
「大丈夫だよ、いざとなれば隠密のスキルもあるし。それに、天職を授かってからは足も速くなったからね!」
「そういう問題じゃないのー!」
うがーっ、とつっこむイリサ。
(隠密。隠密か、そういえば)
スキルが増える現象。
【旅人】について色々と調べていたセツナなら何か分かるかもしれない。
そう思い、俺はセツナへと声をかける。
「なあ、セツナ。少しばかり聞きたいことがあるんだが」
「ふえ?何です?なんでも聞いてください!あ、イリサちゃんの個人情報はダメですよ?」
「いらんわそんなの。【旅人】についてなんだが。スキルが気がつけば増えているのは天職の影響か?」
何故かむくれるイリサはひとまず華麗にスルーしてセツナを見やると、直ぐに答えは返ってきた。
「そうだと思いますよ?だって適応って天職スキルを鑑定してみたらスキルが増えるよ、みたいな事が書いてありましたから!」
「・・・なるほど、スキルを鑑定したのか」
その手があったか。
完全に鑑定はステータスを見るものと思ってしまいその可能性を失念していた。
「鑑定できるのに気づいたのは実は昨日なんですけどね。見せ合いっこする時にしてみたら出来ちゃいました。セアくんも鑑定してみます?」
てへへと笑いながら提案をするセツナ。
その言葉に甘えて、自分のスキルについて鑑定をしてみると。
・適応:【旅人】の天職スキル。旅の中で必要な力があった場合に対応したスキルの取得を手助けする。
と書かれていた。
つまり、悪路歩行は初めて森に行った時で、隠密はイリサを襲っていた魔物から身を隠していた時にでも得たのだろう。
(なるほどな、だから知らないうちにスキルが増えていたのか。これは定期的にステータスの確認とスキルの鑑定が必要になるな)
等と考えていると件の森に着いたようだ、イリサに声をかけられる。
「セア、着いたわよ?・・・心配してる訳じゃないけど、気をつけてね?」
「ああ、二手に分かれて散策だからな。ひとまずはそれっぽい草を見つけ次第集めて、その後帰って俺とセツナで鑑定で良いんだよな?」
「うん、多分その方が効率が良さそうだしね!という訳で行こっかイリサちゃん。セアくんも何かあったら助けて下さいね?」
そう言うと、二人は先に森へと駆けていく。
・・・正確には、森へとルンルンで走って行ったセツナをイリサが追いかける形だが。不安だ。
「よし、俺も行きますかね。何気に一人でここに入るのは久しぶりだな」
ここ最近は、仮パーティとはいえイリサと一緒に散策していた分多少の寂しさを感じる。
だがまあ、久しぶりの姉妹旅と言っていたからな、野暮を言うことでは無いだろう。
気を取り直して俺も森へと入る。
「確かセイラク草の見た目はっと・・・」
セイラク草。ティルクソリア王国の東の森にてたまに見られる薬草で、様々な木の根元に生えている。
その見た目は前世で言うところのカエデの葉を小さくした様な形で、すぐに見つけられると思ったのだが。
「・・・なんだこれ、殆どの木の根元に似たようなの生えてんじゃねえか。どれがセイラク草だよ」
見渡す限りのほぼ全ての木。
その根元には、大きさの違いはあれどほぼ同じ見た目の植物が生えていたのだ。
(どうしよう。どれがどれだか全然分からねえ)
試しに近くのそれっぽい植物を鑑定。
・テノヒラ草:ティルクソリア王国全土に生える植物。
赤子の手のひらの形をしている事からその名前が付けられた。
ある程度の大きさまで育つと、すり潰せば回復薬の材料となる。
「全然セイラク草じゃねえわこれ」
なんなら聞いた事ない植物だった。
もしかしたら子供の頃に剣術の鍛錬をしていた時に飲んでいた物にもこれが使われていたりしたのだろうか。
そんな事を考えながら次々に見て回る、が。
「駄目だな。見ても全くわからん」
せめてMPがもっと潤沢にあるのならば一個一個鑑定して歩くのだが。
あいにく自分以外のステータスを見る時はMPを2も消費するため、全て鑑定なんて出来そうにもない。
暫く見て回った俺は、一つの結論に至る。
「面倒臭いな。それっぽいもの全部アイテムボックスに入れて持って帰るか。その後ゆっくり調べれば大丈夫だろ」
この考えが、後で俺とセツナに地獄を見せる事はまだ誰も知らない。
二時間ほども森の中を歩き回った頃だろうか。
「おーい、セアくん!」
「ちょっとお姉ちゃん、待ってってば・・・!」
声をかけられたので振り向くと。
そこには大きな胸を揺らしながら駆けてくるセツナと、息を切らしながらその後ろを追いかけて来るイリサがいた。
「お、そっちはどんな感じだ?」
セツナは薬草の目利きが多少は出来るらしいから大丈夫だったろう、そう思っての質問だったのだが。
ぜえはあと息を切らしているイリサが答える。
「最初はお姉ちゃん、ちゃんと見分けて取ってたんだけど・・・。
暫くしたら「あーもう面倒臭い!」って言ってそこら中のそれっぽい植物全部アイテムボックスに入れて行ったのよ!?
お陰で凄いペースで進むから追いつくのもやっとだったわよ・・・」
「お、おうそうか・・・大変だったな・・・」
そう答えながら、アイテムボックスからコップを出し生活魔法の水で満たして渡す。
何も無いところにいきなりちゃぽん、と水が現れるのはいつ見ても不思議な光景で慣れない。
「えへへ、ごめんねイリサちゃん。セアくんはどうでしたか?セイラク草、見分けられました?」
「あー・・・それなんだが。俺も同じ事をしちゃってな。下手すれば帰ったらずっと鑑定だぞ、これ」
へばっているイリサを後目に。
俺とセツナは二人分のアイテムボックスに大量に入った薬草の鑑定を想像して共に顔を青くするのだった。




